第九十二話 レイアとの邂逅
――――暗い。
闇がどこまでも続いていて、重力も感じない……あぁ、そうか。私は死んだのかな。
今、意識を覚醒させているのが自己の肉体では無く精神体の様なものであるのは、自覚できている。
「そうだ。戯神……!」
皇都での戦いの中、私とアリアは、戯神にやられそうになって――母様が助けに来てくれた。
そして、母様は私達を庇って……。
「うわああああああああああ!!!!」
あの時の情景が鮮明に思い出され、私はその恐ろしさに絶叫する。
巨大なオリジンドールの剣が母様を貫き、微かに笑う母様が焔と化した、あの情景を。
「あぁっ……ああああああああああ!!!!」
胸が痛い。苦しい。怒りと切なさと、自身が何もできなかったもどかしさが、ただただ思考を絶望の黒に染め上げる。
あの時、アリアと全力で逃げれていれば……母様だけでなく、他の部隊長達とも合流できていれば……母様が犠牲にならずにあの男を、戯神を倒す事ができたかもしれない。
「っく……母様……ごめんなさい……」
ただただ『闇』としか言えない空間で、私は一人嗚咽を上げ、涙を流す。
――――私は、自分は強い……いや、強くなったと思っていた。子供の頃から、伝説とまで呼ばれた両親と同じ傭兵の道を進むと決めてからは、親や紅の黎明の名に恥じぬように、強くあろうと鍛錬を積み続けてきた。私は強く
実際、私の容姿は父様によく似ている。髪の色、顔つき、声……。父様の若い頃を知る者に言わせれば、父様本人が若返ったようだとまで言われるほどだ。だが、母様に似ていない訳でもない。母様と同じ翠色の瞳と、フォルネージュの身体体質は私にも受け継がれている。強靭さは母様やイーリス叔母さん程は無いが。
だから、父様に水覇の剣技や歩法を師事を乞い、母様には体捌きや探知術等を教えてもらった。そうした恵まれた環境によって、私は一般からは並外れた力を得た。……それだけではない。子供の頃から、自らの内より湧き出す力もあった。纏えば、身体能力が向上し、生命が漲るようなこの力は『命気』と名付け、私の切り札になっていた。
それ程の力を持ち得ながら、私は母様を……。
「なにが
膝を抱え、目からは涙を落としながら呟く。
「――あまり、自分を卑下するものではありませんよ」
「え――」
誰も居なかった暗い闇から、黄金の光が生まれ、闇を一気に照らしていく。やがて光の中から現れたのは、人間離れした美貌を持った女だ。
女はブロンドの長髪を大きく三つ編みにし、背中に流していて、装飾の施された軽鎧を身に付け、見るからに業物と分かる長剣を佩いている。
一瞬、物語に出てきた、名のある戦士の魂を新たなる戦場へと誘う戦の女神かと思ったが――。私はこの女性が何者なのか、なんとなく直感で理解した。
「レイア・アウグストゥス・アウローラ……」
「貴女と相見えるのは、初めて筈ですが、流石に分かりましたか」
やはり。とは思いはしたものの、レイアは故人だとアリア達は言っていた。……となるとやはり此処は死後の……。
「貴女は死んではいませんよ」
「え――?」
「そのままの意味です。……あ、かと言って、これが夢という訳でもありませんよ? そうですね……言うなれば、貴女の魂と私を繋ぎ、お話をする時間を設けた。という感じでしょうか」
私の心を読んだかのようにレイアは私に告げるが、話の後半はまったく要領を得ない。私が馬鹿だからとかではなく、何故死者が私の存在を認識し、魂に語り掛けて来るというのか。
死んでいないというのは、単純にほっとした部分もあるが。
「流石に理解に苦しみますよね」
「そうだね……それに、あなたには色々と聞きたいこともあるしね」
「なんでも言って下さい。その為の、この時間なのですから」
レイアの言葉に、私は多少感情的になってしまう。憤っている訳ではないが、今まで気にせんとしてきたものが、堰を切ったように溢れ出てきた。
「あなたが何をして、どれ程の存在なのかは分からないけれど……私は色んな奴にレイアの生まれ変わりだなんて言われてきた! こんなに容姿も違うし、今初めて会った様な人と重ねられて……私は、私なんだ! あなたとは違うのに!!」
自分でも整理がつかず、湧き上がってくることをただただ言葉にして、吐き出す。会話にもならない、言いたいこともよく伝わらないだろうが、とにかく衝動が言葉になって吐き出され続けていく。
「戯神やイドラからは、魂の同位体なんて言われて! 私が死ねばあなたが生き返るなんて言われて! なんで私がそんな事を言われなければならない!? 私は私を認めてほしいんだ! ずっと……ずっと、誰も関係ない只のリノンとして受け入れて欲しかった! 傭兵として名も売れて、やっと私は、自分だけの力で、私というものを受け入れてもらえると思っていたのに! なんだよレイアって! 私はリノンだ! レイアなんかじゃないのに!」
私の言葉をただ黙ってレイアは聞いていた。私は呼吸が荒くなり、肩で息をするほどに声を荒らげレイアにどうしようもない感情をぶつけた。
「ごめんなさい。その苦しみを与えたのは、確かに私でしょう。どう詫ても、貴女の苦しみを全て取り除く事はできないかもしれません。
ですが……一つ、間違った認識があるようです」
「間違い……?」
「ええ。貴女という存在のきっかけを作ったのは、確かに私ですが……
「え?」
いや、だって……イドラも、あの戯神だってそう言っていたのに……!
「私はあの時、サフィリアにスティルナの遺伝情報を、私に残っていた豊穣の力の残渣と共に、生命の種子という形で宿したのです。
確かに、親和性という意味では貴女は私に縁がある者ですが、言い切ってしまえば、アリアンロードらと同じ、私の眷属体に近しい存在ですが、
「じ……じゃあ、豊穣の力ってのは……」
「貴女の使う、命気と呼んでいるものが、豊穣の力の一部です。私の本来の力は、このアーレスの環境改変と、異能の封印結界にその大半を使い切ってしまっていました。
貴女に命気が備わっているのは、私が多少なり力を分け無ければ、新たな生命を作り出せなかったから。……そして、これについては貴女に、もう一度謝らなければなりません」
レイアは目を伏せ、謝意を顕にする。
私としては、まだ話があまり呑み込めていない……が、母様と父様の子だと言い切ってもらった事が嬉しかった。
だが、安心している場合でも無いのも分かる。レイアはなにか、重大な事を私に話そうとしている。
「……なにかな?」
「実は、私が肉体としての生命を失った際……戯神に対し、罠を仕掛けていました。それが、もうすぐ完全に形を成します」
「どういうことなの?」
「戯神が私から奪ったのは、真の豊穣の起源紋では無いのです。
豊穣の起源紋は、このアーレスに入植した際、このアーレスという惑星の中に移していますので――」
だが、戯神は豊穣の力と言い、オリジンドールで凄まじい力を発揮させていた……それなら、戯神があのオリジンドールに埋め込んで使っていたのは――?
「戯神が私から奪ったのは『生命の起源紋』……。つまり、本来貴女が持つ筈だった力の根源です。そして……戯神は、私を傀儡として復活させ、テラリスへと帰還する計画を成し遂げようと、貴女にそれを豊穣の起源紋だと思い込み、それを埋め込む。
その時、貴女は完全な『生命の起源者』となるでしょう」
「生命の……起源者……」
「新たなる戦禍に貴女を巻き込む事。許して欲しい」
レイアは私に深く頭を垂れ、謝罪した。
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