第九十一話 ヴェンダーの想い
スティルナの戦いぶりを見た団員達は、彼女の団長就任に異議を唱える者は存在しなかった。『蒼の黎明』時代の彼女を知る歴戦の団員達は、スティルナの力を分かっていた事を古参の様に自慢気に振る舞い、彼女の力を若い世代の団員達に誇らしく話していた。
彼女と実際に戦ったルーファスは、まだ余力が有るようだったが、イーリスの方はスティルナの剣技の奥伝を受けた際に骨盤にヒビが入っており、しばらくは医務室通いとなった様だ。
……あれほど盛大に叩き伏せられてその程度の怪我で済んだのは、彼女の体質がなせる技なのか、スティルナが威力を殺したのかは分からないが。
尤も、ルーファスとイーリスがもっと連携を取っていれば結果は違ったものになった可能性もあった。もしくはスティルナが連携させなかったとも取れるのかもしれない。
――あの手合わせの際、姿を見せなかったミエルも気になる所だが、私は他に顔を出していなかった存在が気に掛かっていた。
「ヴェンダー。……ここにいましたか」
ヴェンダーは飛空艇の中に設置された射撃訓練場で、黙々と弾丸を撃ち続けていた。
――ガレオンを喪ってから、彼の雰囲気は以前とは違うものに変わっている。どことなく危うくも見える為、心配ではあるのだが……。
「アリア殿。すみません。新団長の戦いだというのに、見ることもせず……」
「いえ、それは別に良いんですが……おや、あなたまで一緒だったのですか」
ヴェンダーの隣でライフルを構えていた第二部隊副隊長のファルド・ウィンスレットが私へと視線を向けた。
「お〜、お久しぶりです。麗しの戦術顧問殿。いやね、サフィリア団長の略式葬儀が終わった後、この新入りがヒデェ顔して射撃場に入っていくモンだから、ついついちょっかい出しちゃったんですよ。そしたら、コイツの腕前がスゲーのなんのって」
ヴェンダーの肩を叩き、ファルドは調子良く舌を回す。
ファルドは基本的には軽薄な男だが、割と他人をよく見ている。観察力が良いとも言えるが、それは狙撃手としての天性のものかもしれない。
「ここだとほら、長距離射撃はできないでしょ? だから、ターゲットの大きさをニセントまで小さくしてやってんだけど、今んトコ五百発くらい撃ってお互いノーミス。中々決着が着かないのよね」
「別にオレは勝負をしているつもりはありませんが……」
「何〜? 俺が勝手に張り合ってるって言いたい訳〜? 腕は良いけどノリは悪いのね。お前」
ファルドが手を銃の形にすると、ヴェンダーのこめかみに指先をあて「バーン」と撃つ真似をする。
それを半ば無視し、ヴェンダーは濁った目を伏せたままだ。
「……ヴェンダー。貴方が今抱えている思いは、ある程度想像はつきます。ですが、心の視野を狭めるような事を自らしていては、ガレオンの仇……戯神と再び鉾を交えようという時に、全力を出しきれませんよ。
酷なようですが、整理はつけるべきです」
私の言葉にヴェンダーは一瞬表情を凍らせた後に歯を軋らせ、眉を絞り私を見据えた。
「貴方は……アリア殿は……悔しく無いのですか……!? 悲しくないのですか……!! ガレオン殿も、サフィリア団長も亡くなり、リノン殿まで敵に拐かされ……! オレや貴方がもっと強ければ、こんな事にはならなかったのではないのですかッッ!!」
――そんな想いなど、抱かないわけが無い。仮に私が眷属体では無く、本体であれば……もしくは、本来の武装である神器があれば、状況は違っていた筈だ。……だが、それは絶対では無いし、
「ヴェン……」
「馬鹿か? お前」
これまで話を黙って聞いていたファルドが、私を遮りヴェンダーの頬を平手打ちした。
「何を……!!」
「うるせぇよ。テメェの弱さを棚にあげて悲劇に酔ってんじゃねぇ。この三流役者が」
ファルドはヴェンダーの胸倉を掴み上げて、睨みつける。
「ぐ……」
「はぁ……呆れるぜ。バカかテメェ……!! 誰だって悔しいし、悲しいに決まってんだろ! 俺らを家族みてぇに大切にしてくれてた団長だぞ! 何だったら、今からでも俺が代わりに死んでやりてぇ……だがな! クソみたいに暗くなって落ち込んだり、ゲロみたいに追い詰められて余裕無くなっても、やるべき事の為に前を見る。世界を戦争の火に包ませねぇ為に、心を燃やす! それが俺達が団長から受け継いだ一番大事なモンなんだよクソ野郎が!!」
「ファルド……」
「テメェだって、荒獅子から受け継いだモンがあるんだろうが……! だったら下ばっか向いてねぇで、前を向け……!! テメェの
ファルドの檄に次第にヴェンダーの瞳が潤んでいく。
「く……う……。でも……誰かが悲しまなければ、ガレオン殿もサフィリア団長も浮かばれない気がして……」
――あぁ、そうだった。この男は、優しいのだ。先に居なくなった者達の想いは、決して背負うものでは無いという事を知らないのだ。
想いは、ただ、共にある。
「皆、見えねぇ所でバカみてぇに泣いてんだよ。俺だってそうだ。だがな、俺達はまだ生きてる。リノンちゃんだって助けなくちゃならねぇ……。だったら、紅の黎明全員が雁首揃えて自分を見失ってる暇なんかねぇんだ」
口調は荒いが、言わんとしていることは分かるし、その通りだ。
「ヴェンダー。貴方の気持ちは確かに死者を安らかにするものでしょう。ですが、ファルドの言う通り、私達にはまだやるべき事がある。リノンを救う事と、戯神ローズルの企みを潰す事。それには、貴方の力も必要なのです。だから、直ぐにとは言いません。……ですが、必ず前を向けるようになっておいて下さい」
「貴方がたは……強いのですね」
「別に強かねぇよ。ただ、テメェより我慢ができるってだけだ。……それを忘れんな」
ファルドはヴェンダーの肩を軽く叩くと、ライフルを持って射撃場から出て行った。
「アリア殿……申し訳ない……。八つ当たりのような事をしてしまって」
ヴェンダーは目を伏せ、肩を落としながら私に謝辞を述べる。
「別に構いません。貴方は我々の仲間なのですから」
「ありがとうございます……」
「別に辛い時は、胸を貸す事もやぶさかではありませんよ」
「む……むねっ!?」
ヴェンダーは私と目を合わさず、視線を泳がせ始めた。
「? 何か?」
「い……いえ。ご、ご迷惑をお掛けしました! ししし失礼します!」
突如様子がおかしくなったヴェンダーは、小走りに射撃場から出て行った。
「よく分かりませんが……まぁ、ヴェンダーの方はこれで大丈夫でしょうか。……あとは、ミエルですか」
私は一人取り残された射撃場から出て行くと、ヨハンとイーリスに小突かれながらも、笑顔を見せているミエルが目に入ってきた。
やがて、じゃれ合うミエル達の後ろに居たユマが私に気付き、駆け寄って来る。
「お疲れ様です! いや〜、顧問が行く前に、ヨハンさんとイーリスさんが隊長の部屋に突入して、喝を入れてくれました。
大変だったんですよ〜。イーリスさんが、貴様それでも私のライバルか〜! なんて怒っちゃって、ヨハンさんがそれを止めてくれるかと思いきや、一緒になって説教しだして……」
ユマがモノマネをしながら、事の顛末を教えてくれる。
「ふふ、ユマ。その話、一杯やりながら酒の肴にしましょうか。こちらも、似たようなネタを仕入れてますから」
「え? 顧問と一緒に呑んでいいんですか!」
「ええ。バーの方に行きましょうか」
ユマはまるで餌を見せた犬のように喜びだした。
私にだって、いまだやりきれない思いはある。だから、そんな時は酒でそれを薄め、どうにかこうにかそれを流してしまおう。
――それも必要な事なのだ。大人にとっては。
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