第八十九話 水天一碧


「同じ『またたき』でも、あの距離を一足で踏み込むのは反則ですよ」



 傍らのユマが、呆れ混じりの溜息を吐きながら唇を尖らせる。

 瞬……確か、リノンも得意としている瞬動に類する歩法だったか。


 私はユマから眼下の戦いへと視線を戻せば、火花すら散らす鍔迫り合いの体勢から、イーリスが利き腕の肘を突然抜き、イーリスの大太刀の腹を滑るようにしてスティルナの太刀が振りぬかれていく。

 しかし、スティルナの太刀がイーリスの肩口に刃を突き立てる前に、イーリスは抜いた肘を起点にして、大太刀を自分の身体に密着させ、身体をその場で回転扉のように回すと、半回転し、零の間合いから無理矢理大太刀を薙ぐ。



「イーリスも、やはり流石の技量ですね」 


「フォルネージュ流大剣術『泰山たいざん』……イーリスのあねさん、本気だな」



 第四部隊副隊長のクルトが、イーリスの今の斬術の名を教えてくれた。

 クルトは確か、サフィリアの弟子……と言っても、サフィリアは常に世界各地を飛び回っていた為、とても師弟とは呼べない程の指導期間だったらしいが。

 それ故、イーリスから師事を受ける事も少なくなかったようで、姐さん呼びはそのあたりの親しさから来るものだろうか。



 イーリスの放った零距離からの斬撃に対し、スティルナは太刀を引き戻せる体勢には無い。

 ――が、スティルナは横一文字の軌跡で一閃される大太刀の刃を、片手の親指と人差し指、中指で挟み込むとそのまま斬撃の振り抜かれる方向に合わせて跳んだ。

 一歩間違えれば、手が切り裂かれるであろう相当にリスクが高い防御術であろうが、それを平然とやってのける恐るべき技量と胆力は、長いブランクがあるとは思えない程に高い。



「――ッッ!?」



 突然急速に間合いを詰めるスティルナを見てルーファスは鋭く息を呑む。

 斬撃の運動エネルギーと自らの跳躍を重ね、先程の瞬よりも疾く跳んだスティルナの先には、ライフルを構えるルーファスの姿があった。

 狙って立ち回ったのかは分からないが、スティルナは虚を突いてルーファスに接近する事に成功した。

 

 ルーファスは驚きを見せこそすれど、対処は冷静だ。飛ぶようにして接近するスティルナに向け、単射ではあるが、両膝を狙い二発の銃弾を発射する。腹部や胸部を狙った方が命中率や致死性は高いが、これは殺し合いでは無いし、下方への銃撃は対処が難しい。咄嗟とはいえ、ルーファスの取った行動は最善に近い。

 しかしスティルナは鋭く息を吐き、いとも簡単に両膝を狙った弾丸を切り払う――否、切り払ったかに見えた弾丸はイーリスに向けて弾かれる。



「防の太刀、偃月えんげつ……でも、銃弾を数発同時に対象にするなんて……」


「まぁ……そこは師匠だから」



 ユマが驚愕し、シグレが呆れたようにスティルナの技を見てそれぞれ違った反応を見せた。


 ルーファスは、銃撃が決め手になるとは初めから思ってなかったようで、振動ブレードを起動させ、迫るスティルナに向け警戒する。

 スティルナは、構えるルーファスに向け鋒を突き出す体勢のまま、突如急速に反転し、先程太刀で弾いた弾丸を大太刀を盾にして防いでいるイーリスに向け高速で踏み込む。



「瞬・海嘯かいしょう……! さっきの移動速度の反動もあるんだろうけど……疾い……!!」



 こうして俯瞰的に見ていなかったら、とっくに姿を見失う程の速度でスティルナはイーリスに向け踏み込んでいく、イーリスも弾かれた銃弾を大太刀で受け止めている為、視界からスティルナの姿を見失っている。


 スティルナは、脇構えのままイーリスの眼前で地を割る程に踏み込み、白銀の長髪を揺らす。

 イーリスは眼前に迫ったスティルナに気が付いたが、もはやスティルナはイーリスに向け、鋭い一閃を振り抜いている。


 一見空振ったかのように見えるが、あの一閃はおそらく――。


 一拍遅れて、強力な衝撃波が発生しイーリスを大太刀ごと吹き飛ばした。



「――攻の太刀一の型、時雨しぐれ


「あれだけ速度が乗った状態からの一閃……受けたのがイーリスさんじゃなかったら……五体が無事とは思えないよ……」



 それが分かる程に、イーリスは砲弾の様な勢いで吹き飛んでいった。

 インパクトの刹那、イーリスの大太刀が砕けるのが見えたが、イーリス自身は衝撃に合わせ後方に全力で跳び衝撃を多少なり緩和させていた為、無事だろうが……。相手の強さを信頼していなければ、絶命しておかしくない一撃だった。



「ルナの奴……場所が場所だけに、昂ってやがんのか、サフィーがやられた事で八つ当たりしてんのか知らねぇが……かなり本気だな」


「手合わせとはいえ、部隊長が二人。誰でも本気にはなるでしょう。……でも、使んですよ?」



 ヨハンが沈黙して、スティルナを瞳に映し、ユマ達は息を呑んだ。

 おそらくは――イーリスは異能を持たない為、純粋に剣技で圧倒する所を見せたつもりなのだろう。例えルーファスが、異能を用いながら全力で援護したとしてもイーリスには異能を使うつもりは無かったのではないだろうか。

 ――そうなれば、ルーファスは『雷』という強力な異能を持つ。おそらくスティルナも『氷』……いや『氷刹』の異能を見せてくるだろう。


 途端、ちらりとスティルナが私に視線を送り、片目を瞑りウインクを送ってきた。



「はあ……」



 サフィリアといい、スティルナといい……。そんなに孫に良い所を見せたいのだろうか。

 私の呆れるような気持ちを他所に、スティルナは鈴の音の様な声でルーファスに太刀を向ける。



「ルーファス。別にイーリスに手加減した訳ではないけれど、君には異能も使わせてもらうよ。……君は男の子だから、手心を加えられるのも嫌だろう?」



 霞に構えた太刀と、重心を落として構えるスティルナ自身から強烈な冷気が迸った。



「私は、そんなに勝負にガツガツするタイプでは無いのですが……。それでも、貴女が本当に、私達の敬愛したサフィリア団長の代わりとなるか、この眼で、この剣で、確かめさせてもらいましょうか!」



 そう言うとルーファスは、ブレードライフルのストックを延伸させた。形状としては槍に近いが、扱い方からするとあれは斬馬刀と言える代物だ。刀身が長かったのもこういった扱い方をする為だったのだろう。

 更に、ブレードライフルの刀身部分から、弾けるような甲高い音が連続して発生しだした。



「仮にこれで、剣を打ち合えば、貴方は即座に感電しますよ」



 ルーファスは帯電させた鋒をスティルナに向ける。



「それは、君が私の剣を見切れればの話だけどね」



 スティルナは、太刀を地面に突き刺すと、地面から大量の巨大な氷柱が辺り一面から突き出した。一本一本が家屋程の太さすらある氷柱に彩られた平原は、一気に終末世界のような様相へと変化した。



八寒地獄はっかんじごく



 

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