第八十八話 幕開け


「お……オイ、ルナ! ちょっと待て! 勝手にきめるんじゃねぇ! お前さん達三人で暴れられたら飛空艇が墜ちちまうって!」



 ヨハンが慌てて三人を止めに入る。確かにこの空間は広いが、かつてサフィリアと同等と言われたスティルナと、第二部隊長、第三部隊長のタッグが戦闘行動を取れば、ヨハンの言う通り墜落しかねない。



「む……それもそうか……。じゃあ、近くに降りれる所に降ろしてもらってもいいかな」


「――そこまですんのかよ……」


「こういうのは、信頼が大事だからね。十六年ぶりに前線に立とうという脚の無いオバさんを、信用できないという気持ちになるのは分かるからね」


「そこまで言ってるやつぁ居ねぇだろうけどよ……ったく。わぁったよ! 艦橋行って指示出してくるから待ってろ!!」



 スティルナの言いたい事は、分かる。――実際、私もスティルナが十全に戦える状態にあるとは思えない。

 異能の力も、常に使わなければ衰えていくものだ。その期間が十六年ともなれば、普通であれば幾度も制御を行う事すら難しいだろう。

 

 ――だが、スティルナの表情はその様な身であるとは思えない程に自信に溢れている。

 部隊長クラスを二人同時に相手取るとなると、起源紋を奪われる前の私でも厳しい……というか敗北は必死だ。それでも尚、勝算があり、皆の前でその力を示そうとしている。

 あの脚甲が高性能なものだとしても、多少の身体補助を行う程度では、あの二人には勝てない。


 イーリスは言わずと知れたサフィリアの妹で、体術や斬法はサフィリアと同種の技を修めている。異能こそ持たないが、それでも部隊長の座に就いているという事は、異能無しでも異能者を圧倒できる程の力を持っているという事に他ならない。

 ルーファスは、全距離戦闘に長けており、自分一人で前衛も後衛もできる優れた戦士だ。刀身が長く装弾数に優れたブレードライフルを武器とし、彼の異能『雷』は優れた攻撃力を齎す。


 ――そんな強者達を、二人同時に……。これがもしサフィリアならば、確かに微笑を浮かべながら斬り伏せて見せるだろうが。


 団員達はざわめき、イーリスとルーファスは静かにスティルナを見つめ、スティルナもまた、自信を瞳に浮かべ二人に挑戦的な視線をぶつけている。


 ――少し待てば、ヨハンが戻って来た。



「今、降下中だ。……ったく。なんの因果か知らねぇが、降下地点はムルドゥールズ平原。……灰氷大戦の戦場だ」


「……へぇ、これも因果かな」



 眼を閉じ、スティルナは一人呟いた。



「ちょっと……顧問。止めなくて良いんですか? 絶対ヤバイことになりますって」


「止めたくても、今の私には彼女達を止める事はできませんよ」



 第一部隊副隊長のユマが、コソコソと寄ってきて私の脇腹を肘で小突く。

 ユマは気さくで、協調的な性格を持つ。それ故にこのピリピリとした雰囲気が嫌なのだろう。



「……ところで、ミエルはどうしていますか?」



 私の問いにユマは眉尻を下げ首を横に振る。



「隊長。ジュリアス・シーザリオと交戦した際に異能の使い過ぎオーバードーズしちゃったらしくて気を失ってたんですが、気が付いてから団長の訃報を聞くなり、自室に閉じ篭っちゃって……」


「……そうですか」



 ミエルは、サフィリアの事を尊敬していたし、憧れてもいた。それこそ、家族の様に大切に思っていたのが私にも見て取れていた。

 この場に現れていない事もあり、心配ではあるが、心に敏感で繊細なミエルの事だ。直ぐにスティルナが代わりに団長となると言っても、簡単には受け入れられなかっただろう。



「後で、私も訪ねてみますよ。……貴方も苦労しますね。ユマ」


「私は別に構わないんですけどね。ただ、クーヴェル隊長、なんでも一人で背負い込んじゃいますから、やっぱり心配ですよ」



 ユマは癖なのか、サイドテールに結われた黒髪を指で弄りながら呟いた。



「ミエルも気に掛かりますが、弟子の貴方から見て、今のスティルナをどう見ますか?」



 私の問いに、ユマは無意識に腰に佩いた太刀の柄に触れながら、視線をスティルナへと動かした。



「大きい声では言えませんけど……多分、イーリスさんとルーファスさん。数分位で師匠に負けちゃうと思いますよ」


「……それほどですか?」



 流石にそれは贔屓目な気もする。イーリスは、接近戦であればおそらくは現在の紅の黎明では、最も強い筈だ。異能の使われ方次第では後れを取ることもあるかもしれないが、近接戦闘においては命気を使ったリノンでも勝てるかは分からない。それに加えて間合いを選ばないルーファスまで居るのだ。

 ――普通であれば考えづらいが……。



「師匠の脚……エインヘリヤルの性能は、別にそれ程のものではないです。むしろ生身の頃の方が、師匠も戦いやすいと思います。……けど、師匠は別に後方支援に回ったからといって、修練を怠っていたわけじゃないんです。実戦こそ、私やシグレとの模擬戦位しかやってませんけど、それでも、車椅子に座ったまま動かずに、私達を打ちのめす程度は容易いですし、異能に関して言えば、かえって現役時代より制御技術なんかは上だと思います」


「つまり、現状の自分にできる事は、ひたむきにやり続けていたと言う訳ですか」



 ユマはこくりと首肯する。


 そう言われれば、かつてサフィリアと同等と言われた程の者が、剣を振るえるの状態ではあるのに、一切剣を振らなくなるという事は考えづらいか。



「よし、もう地上に降りようか。イーリス、ルーファス。近くに飛空艇があったら本気も出せないから、飛空艇には飛んでいて貰うとしようよ」


「え? ええ……」



 イーリスはやれやれといった感じで微笑みながら、後部ハッチを開けようとするスティルナに続く。ルーファスは、微妙に引いたような表情を浮かべながら数歩遅れて後を追っていった。


 ハッチが開かれ、外の空気が突風のように中に入ってきて、スティルナ達の髪や衣服を乱す。

 地上までは、約二十メテル程。普通の人間なら命を落としかねない高さだが、彼女達であれば降下装備無しで飛び降りても衝撃を殺し、無傷で降りれるだろう。



「よし。じゃあみんな! 私の力、ちゃんと刮目して見てね!」



 そう言うとスティルナは宙に身を踊らせる。無言でイーリスとルーファスもそれに続き、地表へと降りていく。



「ふむ、ここは人も多いですし、甲板の方へ行きましょうか」


「あ、そうですね」



 私はユマを連れ、甲板へ移動すると、甲板の方には既に、ヨハンが第三部隊副隊長のシグレ・ユズリハと、第四部隊副隊長のクルト・テルミドールを連れて眼下を眺めていた。



「お、オメェらもこっち来たか」



 ヨハンが手招きをし、私達もヨハンの方へと足を進める。

 真下のスティルナを見やれば、遠目にはまるでリノンのように見える。


 ――そういえば、口調や性格、容姿等、リノンはかなりスティルナに似ているものがある。口調はともかく容姿は遺伝している……としか思えないが、母さんレイアはどのようにしてスティルナの遺伝子をサフィリアへと受け継がせたのか……。



「お、始まるみてぇだな」


「師匠……! がんばれ……!」



 シグレが柵から身を乗り出し、スティルナに静かなエールを送っている。



 スティルナが太刀を霞に構え、正対したイーリスが、身の丈程もある肉厚の大太刀を担ぐように構える。ルーファスは、イーリスから少し下がった位置で、ブレードライフルの銃口をスティルナに向けた。



「ま、あの二人ならその陣形が一番だわな」



 ヨハンの言うとおり、近接戦闘に優れたイーリスが前衛、支援もこなすルーファスが後衛というのは個々の能力を最大限に活かせる陣形だ。



「では……。スティルナ・フォルネージュ。往かせて貰うよ!!」


 

 スティルナの姿が瞬く間に消え、次瞬、イーリスの大太刀と激しくぶつかり合うと、激しく火花を散らした。

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