間話 灰氷大戦 4

 


 ――激しい剣戟の音が平原に鳴り響く中、レイアさんが僕とジュリアスに語り掛ける。



「貴方達は、どうしてあの二人の下で戦うのですか?」



 レイアさんの質問の意味も意図も、僕にはよく分からなかったが、ジュリアスはその言葉に対し、すぐに言葉を紡いだ。



「俺とスティ姉さんは、腹違いの姉弟だ。だが、スティ姉さんは豪商、ウェスティン家の一人娘で、俺は……娼婦の息子だ。

 ――本来なら、俺なんかが弟なんて名乗れる立場でもねぇし、ぶっちゃけ俺等が本当に血を分けた姉弟なのかもわからねぇ。ただ……姉さんは……姉さんだけは、俺を家族として扱ってくれる。それだけで、俺が姉さんと共に戦う理由には……十分なんスよ」


「思慕の情では無く、親愛の情ですか……。成程、尊いものですね。

 では、シオンさん、貴方は?」


「僕は……」



 そう言われてパッと思いつく事は……。



「……僕は六年前……昔住んでいた街が『グノーシス』と呼ばれるカルト集団のテロ行為によって住民の半数が殺され、親を失い孤児になりました。

 その際、依頼を受け『グノーシス』を殲滅しに現れた『紅の翼』の団長達と出会いました。僕は、グノーシスの狂った連中から街を解放してくれた団長に、強く惹かれました。

 その時は団長の強さ、高潔さ、美しさ……その全てが、僕の知る人間という生き物とは違う、神様の様に思えました。この人の様になりたい。この人の隣で戦いたい。そんな気持ちを抱き、必死に頼み込んで紅の翼に入団しました」


「貴方は、その時まだ八歳でしょう?」


「はい。でも、団長や団の皆さんは僕を、子供では無く戦士として鍛えてくれました。幸い異能も発現し、僕はそれなりに強くなれました。

 ――今は、団長と肩を並べて戦えるようにはなりましたが、団長は常に強くなり続ける為に修練を欠かしていません。僕は自分が強くなる程、団長との力の差を実感してしまいますけどね」


「では、サフィリアと共に戦う理由は共に戦う事自体だと?」


「……初めはそうだったかもしれません。憧憬の念が強かったのもそうでしょう。でも、今は……」


「今は?」


「僕は……団長を愛しています。

 団長が僕を男として見ていないのは分かってはいますし、多分そう言った意味で僕が団長の隣に立つ日は、もしかしたら来ないのかもしれない。

 でも、僕はいつか必ず団長を……サフィリア・フォルネージュを倒して、シオン・オルランドという男を認めさせてみせる。

 ……それが、僕が団長と共に戦う理由です」



 何故だろうか。団長やジュリアスには素直に言えなかった事が、レイアさんにはすんなりと言えてしまった。



「……貴方の気持ちは、とても美しいですね。安心しました。……貴方達が居れば、きっとサフィリアもスティルナも道を踏み外す事は無いでしょう」



 道を踏み外す……? どういうことだ?



「強すぎる力は人を傲慢にし、やがて理性を飲み込む。それが人に架せられた業。かつて、神を僭称する者達が居たように、人の力の理から逸脱すれば、民衆は恐怖し、孤独になる。ヒトは孤独には耐えられない。孤独というのは、緩慢に進む虚無への道。ですから貴方達は、彼女達を信じてあげて下さい。……いつまでも」



 僕はレイアさんの伝えたい事が、よく分からずに、ジュリアスの方へと視線を送るが、ジュリアスもまた、困った様に眉尻を下げていた。



「あ……すみません。私が言いたいのは、単純にサフィリアとスティルナを信じてあげて欲しいという事です。……変な事を言ってしまいましたね」


「いえ……。でもそれなら、僕もジュリアスも言われるまでもありませんよ」



 ジュリアスも僕も、軽く笑みを浮かべレイアさんを見れば、レイアさんもまた嬉しそうに微笑みを浮かべた。



 ゆるりと会話をしている僕達をよそに、団長とスティルナさんは激しく剣を、その身を打ち付け合う。


 ――刹那、視界を埋め尽くす程に、大量の爆炎と氷の剣山が一瞬にして発生した。

 剣戟に加え、遂には異能までも使い始めた二人の戦いは、もはや個人戦闘の領域を逸脱している。



「氷天に軋れ!! 『蛍華嵐雪』!!」



 スティルナさんの言霊と共に太刀が、真っ白に染まり、スティルナさんが太刀を振るう度に団長の焔が凍結する。



「焔が……凍った?」


「異能への干渉……あの太刀の力でしょうね」



 焔の形をした氷など、この世に存在するのはこの戦場だけだろう。



「チッ……! 相も変わらず、奇妙な刀だな!」



 団長が舌打ちをしつつも、凄絶に嗤いながら担ぐ様に構えた大剣に、金色に輝く焔を纏わせる。



「輝煌焔」



 団長が金色に輝く焔を大剣に纏わせ、スティルナさんに向け袈裟懸けに渾身の一振りを打ち付ける。



輝煌破断きこうはだん……!! 果てよ!!」



 超高熱の焔を放つ全てを断ち斬る一閃は、大地を融解させながらスティルナさんに迫る。



「死ぬような一撃は禁止じゃなかったのかよ!」



 ジュリアスがツッコミをいれるが、レイアさんは涼しい顔で金色の閃光と、太刀を構えるスティルナさん眺めている。



「スティルナが、あの焔で死ぬとは私には思えませんね」



 受ければ消し炭になるであろう絶息の一撃に対し、スティルナさんは太刀をを納刀し、腰溜めに構える。


 絶死の閃光が眼前に迫った時、輝く銀髪を揺らし、超超速度を以て抜刀し、金色の閃光を縦に裂く。



「水覇一刀流攻の太刀二の型、驟雨しゅうう



 鍔元を親指で弾くと、次の瞬間には閃光を断ち割り、残心の体勢に変わっていた。

 スティルナさんは、残心の体勢からその姿がぶれて消える程の速度で、団長に向け白銀の疾風しろがねのしっぷうとなって踏み込んで行く。僕の眼にも辛うじてしか映らぬほどの神速から、団長の眼前に瞬く間に躍り出ると、腰溜めに構え、柔軟に撓らせた体勢から太刀を一気に振り抜いた。



「く……!」



 団長は大剣を盾にし、音速の一閃から見を守る。団長の大剣がただの鋼の剣であったならば、おそらく団長はその剣ごと身体を両断されているであろう程の一閃だった。



「……水覇一刀流攻の太刀一の型、時雨しぐれ



 スティルナさんの太刀が振りぬかれた軌跡に沿って、巨大な衝撃波が発生し、団長は猛烈な勢いで吹き飛んで行く。

 盾にした大剣に霜が張り付き、吹き飛びつつも団長の半身が氷に覆われていく。



「――灼華焔・鬼灯しゃっかえん・ほおずき



 団長を真紅の焔華が包み込み、身体を凍らせていた氷を一気に解氷する。

 土埃を巻き上げながら大剣を地に突き刺し、制動を取ると、今度は団長の姿が瞬く間に消え、スティルナさんの眼前で大剣を振りかぶった姿が僕の目に映った。



「ちょっ……! それ……私の歩法だよ……!!」


「お前の猿真似だが……成程、便利な術理じゃないか。水覇一刀流とやらも」



 団長はどうやら、先程のスティルナさんの歩法を模倣した様だ。

 ……実戦でいきなり相手の技を模倣するなど、自身にも相当な身体制御技術と度胸が無ければ出来ることではない。流石はサフィリア・フォルネージュと言ったところだろうが……。



「真似しようとして、簡単に出来るほど甘い技じゃねぇぞ……姉さんの技は……!」



 ジュリアスも団長の技術に戦慄し、冷や汗を流しながら歯を食いしばっている。

 団長とスティルナさんは姿勢こそ鍔迫り合いの様になっているが、強烈な異能の力の波動がここまで届いている。

 目にこそ見えないが、周囲に展開した異能力場の制御の奪い合いが行われている筈だ。



「フフ……ハハ……」


「ククク……」



 ――突如、二人の笑い声がこの平原一帯に響いた様な錯覚に陥る。

 


「笑っている……?」


「フフッ……まるで、恋人同士の愛撫のようですね……」


「は……?」



 僕が疑問の声を上げ、レイアさんが慈しむ様に二人を眺め、ジュリアスもまた僕と同じ様に理解を超えた様に口を開ける。



「私の後ろに下がってください。が来ますよ」


「「え?」」



 僕とジュリアスが茫然としていると、僕達の前にレイアさんが立ち、レイアさんと僕達を包むように金色の粒子による結界が発生した。



「やっぱり……やっぱりだ! 私と並び立つのは、君しか居ないんだサフィリア……!!」


「気が合うな。私も全く同じ想いに焦がれていたところだッッ……!!」


「「私は……!」」


「キミを……!」


「お前を……!」


「「愛しているッッッッ!!!!」」


「「――――!!!!」」



 僕とジュリアスが、二人の愛の叫びに息を呑んだのも束の間、ムルドゥールズ平原一帯を呑み込む様に、炎と氷が一気に拡がった。



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