間話 灰氷大戦 3



「よお、シオン」


「ジュリアスか、随分と遅いお目覚めだな」



 ――カーメリアの町の郊外に広がるムルドゥールズ平原……そこを一望出来る崖の上に僕達は立っている。

 まだ眠気が取れないのか、ジュリアスは欠伸をしながら、眼下に映る二人の女性傭兵を眺めた。



「……昨日あれだけべろんべろんに酔ってたのに、二人とも、とんでもねぇ闘気出してやがんな。町まで余波みてーなのが届いてたぜ」



 団長もスティルナさんも、未だに武器には手も掛けていないものの、百メテルは離れているここまで、肌を刺すような闘気が熱波の様に感じさせられる。

 これから始まる恐るべき戦いを予感させられたのか、付近の鳥や動物達も、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していく。

 そんな闘気の激流の中でレイアさんは、にこやかに二人と雑談している。



「レイアさんか……。あの人がある意味一番謎だよな」


「確かにな。ある程度実力を読んだだけでも、少なくともスティ姉さんや、お前んとこの団長クラスの力は感じる。……つーことは、世界最強クラスの人間て事だろ? その気になりゃ、あそこの三人だけで、この星を滅ぼせんじゃねーの?」


「……怖い事言うなよ」



 ジュリアスの言う通り、そうなればこのアーレスは炎と氷の星となってしまうのは、想像に容易い。

 団長を敵と想定した場合、僕とジュリアスが束になろうが、超々広範囲に高熱の焔を展開されればその時点で負けだ。――スティルナさんを相手にしたとしても、結果は燃やされるか凍らせられるかの差でしか無いだろう。


 それに肩を並べる程の存在感を持つ、レイア・アウローラという人は何者なんだろうか?

 あれだけの美貌であの存在感。この広い傭兵界隈で話を聞かないというほうがおかしいのだ。

 


「力を隠すのが上手いやつってのは、ある意味一番怖えもんだよな」


「本当だな」



 今日は、昨夜とは違いサークレットの様な髪飾りと胸部と腰部に軽鎧を身に着け、腰に長剣を佩いているが、ああして武装した姿を見ても、強い存在感はあれど、強さを推し量る事は難しい。


 これから団長とスティルナさんが戦うというのに、僕とジュリアスの視線はレイアさんに向いてしまう。

 その視線に気が付いたのか、レイアさんはこちらを向いてにこりと笑った。



「おい、バレたぞ。お前があんま見るからだ」


「ジュリアスだって見てたじゃないか!」



 ジュリアスは僕に視線を向け、呆れたような顔をするが、そこは反論させてもらう。



「貴方達は、すごく仲が良いんですね」



 ――途端、背後から声が掛かり、反射的に武器を向け振り向く。

 ジュリアスも僕と同じ様に振り向き様に、腰の刀を抜いていた。



「わわっ。私ですよ! ちょっと脅かそうと思っただけなのに……」


「「え……?」」


 

 僕とジュリアスは揃って間の抜けた声を上げてしまった。先程まで視線の先に居たレイアさんがいつの間にか、至近距離に居たのだ。

 ――それも、恐るべき速度で移動し、僕等に全く気付かせずに。



「何やら、私の力を探ろうとしていたみたいだったので」



 それだけ言うと、レイアさんは再度にこりと人好きのする笑みを向けてくる。



「ぁ……。すいません。団長やスティルナさん並の存在なんて、初めて見たもので……」


「どこまでも力を求める彼女達には、敵いませんよ。私は戦いや争いごとは、本来好きではないので」



 レイアさんは、憂いの様なものを瞳に浮かべ、視線を団長達の方へと送った。

 彼女が何を思い浮かべ、戦いが嫌いだと言ったのかは分からないが、そこに踏み込んではいけないような、そんな気がした。



「――始まるようですね」



 レイアさんの言葉に、僕とジュリアスも視線を団長達の方へと向ける。


 二人は十メテル程の距離を取って正対している。


 団長は代々フォルネージュ家に受け継がれている宝剣『ジーランディア』を両手で肩口に担ぐ様に構える。団長は基本的には、踏み込みと同時に渾身の打ち込みを放つあの構えか、剣術で言う正眼の構え、もしくは鋒を斜め下に向けた霞の構えに似た、突撃に秀でた構えを取ることが多い。

 対してスティルナさんは、腰を落とし太刀を霞に構えている。確か、スティルナさんの持つ太刀『蛍華嵐雪けいからんせつ』は、妖刀といわれる類の刀で、持ち主の力を認めると持ち主の異能力を吸い、その形を変え、特殊な力を発揮するとも言われているが――。



「武器の重量や、体捌きから言えば団長だが……」


「剣技や歩法なら、スティ姉さんだろうな」



 対峙した二人から、それなりに距離のあるこの場所まで刺すような剣気が迸ってくる。

 二人共、笑みを浮かべたまま名乗りをあげている。


「傭兵団、紅の翼団長。サフィリア・フォルネージュ」


「傭兵団、蒼の黎明団長。スティルナ・ウェスティン」


「「参る!!」」



 ――刹那、一瞬にして間合いを詰め、利き手を狙った刺突を放ったのはスティルナさんだった。

 倒れ込む様に膝を抜き、自重を完全にコントロールした強烈な踏み込みで、瞬く間に団長に肉薄すると、その速度で以て放たれた銀光の如き刺突に対し、団長は背骨を軸に身体を回転扉の様に回転させる事で回避し、スティルナさんの腹へ向けて回し蹴りを放った。

 零に近い密着した距離にも関わらず、腹部を打ち抜く様に放たれた蹴りを、スティルナさんは、捻りを利かせた特殊な歩法で回避し、またしても消える様に加速すると、弧を描く軌道で団長の背後に回り込んだ。

 

 しかし、背後に回られたというよりは、そうするように誘導したのか、団長は回し蹴りを放った蹴り足を戻すと共に、地を滑る様に下方から切り上げる斬撃を、背後のスティルナさんに向け一閃する。

 スティルナさんは、足下から自分目掛けて浮き上がる一閃に、焦る事なくそっと太刀を添えると、斬撃に込められた力をいなし、真横に一気に弾いた。

 

 突如強烈に大剣を弾かれ、団長が重心を崩した所にスティルナさんが返す刀で、団長の腹を狙い太刀を閃かせる。

 咄嗟に身を捩りスティルナさんの一閃に衣服を裂かれながらも皮一枚で躱すと、団長はバックステップで間合いを取った。



「とんでもねぇ動きしやがるな。お前んとこの団長……。スティ姉さんの剣技に、マトモについていってやがる……」


「団長の体捌きには、接近戦なら武器を当てる事も難しいんだが、それを追い込む程の剣の冴えは、流石に『銀氷の剣聖』と呼ばれるだけの事はあるな……」



 僕とジュリアスは互いに、お互いの団長に賛辞を送る。僕は団長から、これまでスティルナさんと幾度か戦った話しは聞いてはいたが、まさかこれ程までとは思っていなかった。

 単純な剣技であれば、団長を上回ってすらいるように思える。

 正直、今の数合だけでも目で追うのがやっとの速度だ。


 だが――。



「さて、弟分達も見ている事だ。準備運動はこのくらいにするとしようか」


「そうだね。身体も温まってきたし、いいトコ見せちゃおうかな!」



 次の瞬間、二人から発せられる剣気が一気に膨れ上がった。

 お互いに叩き付け合うように発された剣気は、無色の波動の様に周囲に迸る。

 ここにもし、一般の人間が居たらこの剣気にあてられ失神するであろう程の威圧感が、肌を刺してくる。



「く……なんつー圧だよ……!!」



 ジュリアスが冷や汗を流し、無意識に一歩後退した。

 


「どの世……傑物は、在る……ね……。これ……結界……味を……為さ……」


 

 ぼそりとレイアさんが団長達を見据え、何かを呟いたが、僕にはよく聞こえなかった。

 この凄まじい威圧感にも、レイアさんは全く怯む様子は無い。


 やがて、強烈な剣気が収まると、団長とスティルナさんは凄まじい速度で攻防を繰り広げ出した。



「お、おいシオン……お前、アレ見えるか?」


「辛うじて……だけど」



 厳密に言えば、二つの影が凄まじい速度で剣を振るい合い、踏み込み、または間合いを取り、それを詰め、剣を激しく撃ち合っているというのが見える程度だ。

 ――おそらくは『疾風』を使った僕と同等か、それよりも速い……。異能も使わずしてあれだけの速度で剣戟を繰り広げられるなんて……。



「ありゃ遠すぎんだろ……」



 僕の心を読んだ様に、ジュリアスが僕の思っていた事を口に出していた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る