間話 灰氷大戦 2




 ――団長と僕は『蒼の黎明』の二人の宿を訪ねると、時間を決め待ち合わせをし、四人で団長の行きつけのバルへと足を運んだ。

 入店し、四人で一つのテーブルにつくと、僕達が今日こなした依頼の話をし、辺境伯の所で二人の話になった経緯を団長が話した。



「――それで、オレ等が呼ばれたって訳ね……たりぃな」


「いいじゃないか、ジュリアス。折角、宿命の好敵手ライバルからのお誘いなんだ。楽しく食卓を共にしようじゃないか」


「久しいな、スティルナ。ジュリアスも大きくなったな。シオン、お前ももっと筋肉をつけないとジュリアスに負けるぞ?」


「別に負けませんよ……。僕に勝てるのは団長とスティルナさんくらいです」


「あ? テメェ、最近『血旋騎』とか呼ばれて調子乗ってんじゃねぇのか?」


「君じゃあるまいし、調子になんか乗らないよ。……僕はもう大人なんだ」


「ンだと、コラ。やるか? イイとこのお坊ちゃんがよ」


「僕は別に構わないよ」


「そこまでだ。給仕が怯えて料理を運べんだろう……全く。まだまだ子供だな」



 くそ……ジュリアスの奴のせいで、僕まで怒られたじゃないか……。

 ジュリアスとは同い年ということもあって、よく団長やヨハンさんに比較される事がある。戦闘スタイルについては、僕は対個人戦闘に秀でているが、ジュリアスは一対多を苦にしない広範囲戦闘を得意としている。

 だが、ジュリアスと戦えば、僕は十回に九回は勝てる自信がある。……残りの一回は、ジュリアスは希にとんでもない戦術を取ることがあり、それにしてやられる事もあるだろうという予測だ。



「チッ……」



 ジュリアスは舌打ちをすると、テーブルに置かれたローストビーフを、音立てながら咀嚼する。



「ごめんね、シオン。ウチのジュリアスは、口は悪いけれど、そんなに悪い奴じゃないんだ。許してやってくれないか」


「かの『銀氷の剣聖』にそう言われれば、引き下がるほかありませんね」



 僕は苦笑しながら、スティルナさんに軽く頭を下げる。



「いやぁ、その大仰な名前で呼ばれると、どうにも気恥ずかしいモノだね」



 スティルナさんは、普段は穏やかで気さくな人だが、いざ戦闘となれば、水覇一刀流という古流刀術による圧倒的な剣の冴えと、異能『氷刹ひょうせつ』を用いた殲滅力は、団長に決して引けを取るものでは無い。

 

 ――団長とスティルナさん。この二人が本気で戦ったら、一体どうなってしまうのかは、僕にも想像がつかない。



「下らねぇ事考えてんじゃねえよ。……顔に出てんぜ、お坊ちゃん」


「なんだよ……。別にやましい事考えてる訳じゃないさ」



 時折、このチンピラの様な男ジュリアスは心の中を見透かした様な事を言う。なんとなくだが、隠し事はできないと思わせるような、そんな感覚が、こいつと話していると感じさせられる事がある。



「しかし先程、ルートヴィヒにも言ったことだが、自分より強い人間でなければ、伴侶にしないというのも、この世の中の現状を鑑みれば、難しいのかもしれんな」



 結構酔っているのか、顔を赤くしながら団長がスティルナさんにくどくどと話しかけている。



「確かにそうだね。今の時代、おそらく私とサフィリアに比肩するものは居ない……。あぁいや、レイアならば、私達と同じか、それ以上の領域に居る気はするけれど……」


「レイアか。確かに、彼女からは底知れぬ力を感じる事もあるが……。なにぶん、レイアは闘いを好まないからな。それに、結局の所は女だ」



 二人の話に、否応無しに耳を立ててしまう。ジュリアスも珍しく僕と同じ様子で、悪態をつく事も無くただ不機嫌そうに肉を噛み続けている。



「我等より強き者の現出を待っていては、老婆になりかねんな……ハハ」


「私も、いつかは子供が欲しいとは思っているけど、自分より弱い者に抱かれ、子を孕むというのも御免だしね」


「全くだ」



 団長とスティルナさんは、自分達が強い事への自虐なのかなんなのか分からないが、酒が入っていることもあり、大声で笑っている。


 

「チッ……気に食わねぇな」


「その点は同意だな」


「あん? ……お前……」


「な、なんだよ」



 ジュリアスが僕の思考を見透かすような視線を向けてきて、身じろぎしてしまう。



「なるほどな。お前とオレは案外似た者同士って訳かよ……チッ」


「だから何なんだよ!」



 こいつのこういう所は、本当に訳が分からない……。



「おや、随分盛り上がっている席があると思っていたら、貴方達でしたか」



 僕の真後ろから突然、優しく鈴を鳴らしたような声が掛けられた。



「ん? レイアじゃないか。奇遇だな」


「久しぶりだね。こうして三人で顔を合わせるのは、半年ぶりかな?」



 団長とスティルナさんは、どうやら声の主の知り合いらしい。

 僕は、声の主の方へと振り返ると、そこには――女神とすら言えるほどの神秘的な女性が立っていた。


 腰の辺りまで伸ばされ大きく三つ編みにされたブロンドの髪は、一本一本が金の糸のように輝き、端正な顔立ちはまるで自然のものでは無いというほどに整っている。

 団長は凛とした美人だし、スティルナさんも年上に言うのも失礼だが、可愛らしい顔立ちだ。

 ――だが、このレイアという人はそう言った俗な言葉では、形容し難い程に整い過ぎている。

 そして、その圧倒的な美貌よりも強く感じられるのが、その存在感だ。穏やかだが雄大で深い海の様な、それでいて暖かく優しげな雰囲気を纏っている様な。なんとも言えぬ神秘性を感じさせられる。

 

 僕は、一瞬にしてレイアという人の存在感に飲み込まれていたが、それはジュリアスも同じだったようで、呆然と僕の後ろに立つレイアさんを見上げている。



「良かったら、レイアも一緒に食事をしないか? なんなら奢るぞ? 今日はたんまり稼いだからな」

 

「いいね。座りなよレイア」


「ふふ……それじゃ、お邪魔しましょうか」



 レイアさんは、団長とスティルナさんの間に座ると、僕とジュリアスの顔を見やり、形の良い唇を開いた。



「はじめまして。レイア・アウローラと申します。お二人と会うのは、はじめてですね。よろしくお願いしますね」



 レイアさんは、微笑みながら軽く頭を下げ、自己紹介をしてくれた。



「あ……。シオン・オルランドです……よろしく、お願いします」


「ジュ、ジュリアス……シーザリオだ。よよよろしくおねがい……します」



 僕とジュリアスは、緊張からしどろもどろになりながらも、なんとか名前を名乗ると、それを見ていた団長とスティルナさんが、腹を抱えて笑いだした。



「ははははは!! なにを緊張しているんだ。まさかレイアがあんまり美人で、頭が惚けたのか?」


「プッ……クク……。よよよろしくおねがいしますだってさ……!」



 団長は僕の頭を叩き、スティルナさんはジュリアスの肩に手を掛けながら、僕達をからかった。



「……クッ。オイ、お坊ちゃんよ。あっちのカウンターに行くぞ」


「え? 二人でか?」


「たりめーだろ。オラ、行くぞ」



 ジュリアスが立ち上がり、僕の腕を引く。



「ごめんなさい。気を使わせてしまいましたね……」



 レイアさんが、僕とジュリアスに申し訳無さそうに言うと、僕が気にしないで下さいと言う前に、ジュリアスが口を開いた。



「い、いや……そんなんじゃねッス……! ちょっとコイツと男同士の話があるっつーか……とにかく! 気にしなくていいッスから!!」


「ク……ックク」


「スティ姉さん……勘弁してくれよ……」


 このガラの悪いチンピラみたいな男にしては珍しく、スティルナさんとレイアさんには従順だな。などと思っていると、ジュリアスが僕の顔を見てじろりと睨みつけた。



「ケッ。オラ座れよ」


「あ、あぁ」



 僕とジュリアスはカウンターに座り、飲み物を頼むと、元いたテーブルからは楽しげに笑う団長達の声が聞こえた。

 頼んでいたライムジュースが僕の前に置かれると、ジュリアスが話し掛けてきた。



「オイ、オルランド」


「シオンでいいよ。なんだい?」


「オメェ……サフィリアさんの事、狙ってんだろ?」



 僕は、ジュリアスの言葉と同時に、ライムジュースを盛大に噴き出した。



「うおっ!? きったねーな!!」


「き、君が変なこと言うからだろ!?」



 ――団長達は、何事もなかったかの様に会話をしている。幸いにして、どうやら団長達の方には聞こえていなかったようだ。

  


「で、どうなんだよ?」


「どうって…………あぁ、そうだよ。僕は団長の事を女性として好意を抱いているよ。……でも」


「男として見てもらえねぇどころか、ガキ扱いされてる……だろ?」



 僕はジュリアスの言葉に目を見開く。



「なんで……って面してやがんな。……分かるんだよ。オレも一緒だからな」



 一緒……というのは、ジュリアスも僕のように相手にされない相手を好きだということだろう。

 ……相手は多分、スティルナさんか。


 あれ? でもさっき、辺境伯の所で、スティルナさんとジュリアスは腹違いの姉弟みたいな話を聞いたような……。



「テメェの言いてぇ事は分かる。だがな。想いに嘘はつけねぇんだよ」


「……」



 血の繋がりよりも、想いが強いという事か。確かに僕も、団長と姉弟だったら、諦めるだろうか? いや……きっと、ジュリアスと同じ様に……。あぁ、それでさっき、似た者同士とか言っていたのか。



「僕は、いつか必ず団長やスティルナさんの領域にたどり着く。……そして、必ず本懐を果たしてみせる」


「ハン……。俺だってそのつもりだぜ。……テメェにゃ、負けねぇからな」



 僕達は、軽く笑みを浮かべるとお互いの拳をぶつけ合った。

 ――その後は、二人で色々な事を話した。お互いの戦果の事、生まれの事や団長と初めて会った時の事などを話しているうちに、割とジュリアスとはウマが合うなと、思っていた頃に――。



「もうさ、サフィリアと私が結婚すれば良いとおもうんだよね!」



 べろべろになったスティルナさんの声に、僕とジュリアスが同時に首を回した。



「もはやそれでいいかもしれんな! 良し、スティルナ。お前が私の夫となれ」



 二人はかなり酔っているのか、勢いだけで話しているようにも見えるが……。



「何言ってるんだよ。君が私の旦那になるの! 口調とかサフィリアの方が男っぽいでしょ!?」


「何を言っている。私は一般的に巨乳というべきほどに胸があるが、お前のそれはなんだ? 随分と寂しい丘陵だな」


「クッ……胸の事は言わないでよ!!」



 なんてグダグダな会話だ……。だがしかし、そこにレイアさんが間に入った。

 良かった……。止めてくれる人がいて。



「二人共、そんなに言うなら戦って決めたらどうですか? 勝ったほうが、相手を夫として娶る。という事で。……確か貴方達、決着もついてなかったでしょう?」



 いや……止めるどころか乗っかってるし……。



「私は構わないよ。サフィリアとは、いい加減決着をつけたいなと思っていた所だしね」


「私も依存は無い。良い機会だ。どちらが最強の傭兵か……雌雄を決してやろうじゃないか」



 なんだか、とんでもない事になって来たな……。



「じゃ、決まりですね。私が立会人になってあげますよ。場所はカーメリアの郊外、ムルドゥールズ平原に十三時から。相手を殺す様な技は禁止という事で構いませんか?」



 レイアさんが決めごとを執り成すと、団長とスティルナさんは、お互いに無言で頷く。

 

 そんな様子をただ眺めていると、隣でジュリアスがカクテルに入っていた木の実を噛みながら口を開いた。


「アホくせェ。女同士で結婚なんて、マジで言ってんのかね」


「同性婚も別にポピュラーだからな。愛があればいいんじゃないか」


「愛ねぇ……。でも、お前はそれでいいわけ?」


「……」



 団長とスティルナさんが結婚したら、僕の恋慕は終わる……。だが、団長がスティルナさんと結婚したいというのなら、仕方がないんじゃないかとも思う。

 愛は一方通行では無いのだ。確かにまだ子供の僕だが、それ位は弁えている。

 それなら――。



「二人の決闘……この目に焼き付けさせてもらおうか」


「ハン。ま、酒の席のおフザケみてぇなもんだろうしな。『銀氷の剣聖』と『灰燼』どちらが強えのか、高みの見物させてもらうとするかね」



 そうして、史上最大の決闘が取り決められ、この酒席は解散となった。

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