間話 灰氷大戦 1



「早いな。そっちは片付いたのか? シオン」


「はい。所詮は知恵の無い化物ですし。団長の方へ加勢します」


「助かるよ」



 自分の得物であるダブルセイバーを回転させながら加速させ、両腕に炎を纏った巨大な猿人の群れへと飛び込む。



「――疾風はやて



 異能を解放し、文字通り目にも留まらぬ速度で駆け抜けながら、猿人の大木ほどの太さがある腹に遠心力を活かした一閃を振りぬく。

 圧倒的な速度で振りぬかれた横薙ぎの一閃は、相手に斬られた事を気づかせず、猿人は僕が移動した風圧を感じるに留まったが、猿人自らが動いた瞬間に、胴体から真っ二つになり、知性の低い顔に疑念を浮かべながら鮮血を噴き出し、やがて絶命した。


 踵を返せば、団長が担ぐ様に両腕で大剣を構えていた。



輝煌焔きこうえん



 団長の大剣に黄金色の焔が収束し、それが振るわれると、高熱の閃光が迸り猿人達が瞬く間に灰と化していく。

 ――団長の異名である『灰燼』の名に相応しい、圧倒的な攻撃力だ。


 僕は団長の方へ向けて再度加速し、跳躍すると、団長の背後で燃え盛る両腕を広げていた猿人の心臓に鋒を突き込み、そのまま跳び上がり顔面を縦に切り裂く。

 一瞬にして絶命した炎の猿人は、臓物を散らしながら糸が切れた人形の様に崩れ落ちる。



「流石だな。シオン」


「ありがとうございます」



 勢いを殺しながら着地すると、団長は大剣を背に納めた。



「しかし、何処からこれだけの数の怪物共が湧いて出てきたものか……」


「最近、多いですよね。怪物の討伐依頼。しかも、炎を使う猿人なんて……まるで異能持ちの様だ」


「ざっと、二十四匹か。人里に現れる前に殲滅出来て良かったと思うべきだろうな」



 ここ数年の間、怪物と呼ばれる化け物が以前より多く発生している。

 理由は分からないが、最近の怪物は異形の人型の身に何らかの異能を持ったような個体が多い。これまで、異能を持っているのは一部の人間だけだったのだが、この様な人に仇なす化け物が超常の力を持っているなんて、質の悪い話だ。



「よし、街に帰投するぞ。領主から謝礼を貰ったら、いつもの所にでも行って食事を摂るとしよう」


「了解です。討伐の証拠に、首でも斬っていきますか?」



 僕の問いに団長は「ふむ……」と、いかにも何かを考えているような仕草を取ると、



「いや、要らんだろう。領主……ルートヴィヒとはそれなりの信頼は有るつもりだからな」


「そうですか」


「……なんだ、シオン。お前、最近妙に淡白だが、なにかあったのか?」


「いや……僕は普通ですよ」


「そうか? まぁ、お前もそういう時期だろうからな。私もお前と同じ、十四の頃あたりは親に反発したりしたものだ」


「……」



 別に不満という訳ではないが、団長のこの子供扱いの様な感じは、正直好きでは無い。

 団長とは、たしかに八つも歳は離れている……けれど、僕は戦士だ。戦士に年齢は関係ない。

 戦士に必要なのは、奪い奪われる覚悟。そして敵対者を屠った数だけ称賛を受けるのがこの世界だ。僕はこの世界の男の中では、相当に強い部類に入る自信はある。それ故に、団長の子供扱いは、少し……ほんの少しだけ、こたえる。



「行くぞ?」


「あ、はい!」



 ――――今、僕達が来ているのはザルカヴァー王国の辺境、シルヴェストル地方にあるカーメリアという町だ。

 シルヴェストルの地を治める領主は、ルートヴィヒ・フォン・マルクグラーフ・シルヴェストル・ヴァイルバッハという、いかにも貴族といった名前を持つが、団長はルートヴィヒと呼び捨てで呼んでいる。

 僕は彼の事はあまり好きではないので、辺境伯としか呼んでいないが。



 ――――僕達は町に戻り、辺境伯の屋敷を訪ねると、執務室に通された。

 こんな日も暮れた頃にまで、執務室に篭っているとは、流石に辺境伯程の地位ともなれば、そこらの爵位持ちとは比較にならない程に忙しいのだろう。


 団長は僕を連立って執務室のドアをノックする。



「ルートヴィヒ。私だ」


「サフィ。どうぞ、入ってくれ」



 辺境伯に促され、僕達は執務室に足を踏み入れる。

 華美な装飾などは無く、執務に必要最低限の物だけを置かれたこの部屋は、貴族の邸宅の一室と言うよりは、まるで職人の作業場のような雰囲気を感じさせる。



くだんの怪物の事で報告に来た」


「腕が燃え盛る猿人……仮称、スピキュリラ討伐の件だね?」


「スピ……? まぁ名前は何でもいいが。カーメリア郊外の山間部に群れを成していた個体、合計二十四体。確かに全滅させて来た。帰路につく際、感覚の眼で周囲三十キロン程を探ったが、周辺に他の怪物らしき個体は居ない。……依頼は完了だ」



 団長が依頼についての報告を行なうと、辺境伯は軽く目を見開いた。



「まさか、昨日の今日であの化け物達を殲滅するとは、流石は高名な『紅の翼』と言ったところかな……。この領内の傭兵達では全く歯が立たなかったんだけどね。……シオン君もまだ若いのに大したものだよ」


「……いえ、僕は」



 不意に話を振られ、僕はつい顔を背けてしまう。



「しかし、サフィ。君は本当にすごいよ……その驚異的な強さに加えて、その美しさ……。やはりどうだい? 私に嫁ぐ件、考え直してはくれないかい?」



 この人はまた……。以前も断られたというのに、同じ話をするなんて。



「気持ちはありがたいが、前にも言った通り、私は自分より強いか、同等の強さを持った相手しか、伴侶として認めるつもりは無いよ」


「ふぅ……。私には、武力は無いからね……。今から修行した所で君に勝てる気はしないしな。仕方ない……諦めるとしようか」


「賢明ですね」


「「ん?」」



 つい自分の口から漏れた言葉に、辺境伯も団長も僕の顔を見やる。

 団長はあまり気にしてない様子だが、辺境伯の方はにやにやと笑っている……。辺境伯の……あの人の、こういう所が僕は好きではないのだ。



「まぁ、サフィに勝てそうな人間なんて、世界広しと言えども『銀氷の剣聖』位のものじゃないかな?」


「『銀氷の剣聖』……か。そういえば、スティルナも今、この町に来ているんだったか?」


「みたいだね。彼女達も作戦行動を行っているらしくてね。腹違いの弟で副団長の……確か、ジュリアス君だったかな? 彼との合流地点がこのカーメリアと言っていたかな」



 ――『蒼の黎明』……か。

 確かに、団長のスティルナ・ウェスティンはウチの団長も認める好敵手で、現在の世界最強の傭兵は『灰燼』サフィリア・フォルネージュと『銀氷の剣聖』スティルナ・ウェスティンの二人であると、もっぱらの噂だ。

 僕や、ヨハンさん、蒼の黎明のジュリアスはそこから一枚も二枚も落ちるというのが世評だ。


 だけど、僕はそうは思っていない。もう少し肉体が成長して、異能の制御力が増せば、僕はきっとその二人に割って入れる……自信がある。

 だから、その実力さえつけられればきっと――。



「ふむ、ならば本日の晩餐はスティルナとジュリアスも誘ってみるとするか! シオン。構わんだろう?」


「え……? あ、はい……」


「なんだ。そんなに私と二人で夕食がしたかったのか?」


「い、いや……そんな事は……」


「無いのか。それはそれで傷が付くというものだが……。

 さて、ルートヴィヒ。お前に構っているのも飽きてきた所だし……残りの報酬を貰いたいんだが」



 そんなに僕は顔に出やすいタイプなのだろうか……と思っていたところで、団長は辺境伯に報酬の話を始めた。

 


「その発言に私も傷付いたよ……。依頼料なら、もう振り込んであるよ。君達が仕損じるとは毛ほども思っていなかったからね」


「それなら、全部前金にすれば良かっただろうに……。

 ではな、ルートヴィヒ。お前も私の様な女など追ってないで、良い嫁を探す事だ。お前に嫁ぎたいものなど山程居るだろうからな。……さて、行くぞシオン」



 団長は辺境伯にとどめを刺すと、踵を返し執務室を出て行った。



「辺境伯……では。今後もよろしくお願いします」


「ハハ……。勿論『紅の翼』は今後も贔屓にさせてもらうよ。

 ……私の戦いは敗北に終わったけど、君も頑張るといい。……敵は強大だろうけどね」


「……失礼します」



 辺境伯は、微笑ましいものを見るような目で僕を見ながらそう言ったが、その点に関しては余計なお世話だ。

 僕は、一礼すると執務室を後にする。玄関口で団長が待っていて、僕が隣に並ぶと口を開いた。



「遅かったな。何を話していたんだ?」


「いえ……少し、挨拶をしていただけですよ」


「ふぅん? そうか」


「ええ。行きましょう団長」


「お、おい。シオン?」



 そうして、僕達は領主の館を後にし、カーメリアの町中へと歩を進めていった。



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