間話 シングスウィルの独唱曲 4



「――アリア!!」


「おや、リノン。早かったですね」



 私が市長邸に辿り着いた頃には、賊は全員、氷の十字架に磔にされていた。

 その中には、先程のメイド……ミリハイムの姿も見受けられた。

 墓標というよりは芸術的なオブジェの様なそれは、陽光を反射し、宝石の様に輝きを放っている。その中でも一際巨大な――先程街から見えた塔の様にそびえ立つ十字架にも、確かに人が磔にされている。



「アレが、この害虫共の頭目ボスの様です。今からあのボスを狙った射的でもやろうかと思っていたところですが……どうです? リノンも良かったら」


「やるかぁぁ!! 全く、殺すなって言ったよね」


「……冗談ですよ」


「ホントかな……? まぁ、クライアントも無事な様だから良いけど」



 ダリアス市長は邸宅の窓から、外の様子を伺っているようだ。



「ちょっとボスに聞きたい事があるから、下ろしてもらってもいいかな?」


「構いませんが、あの男、一応異能持ちの端くれの様でしたので、気に留めておいてください」


「ちなみにどんな?」


「液体を操る異能のようでしたが……制御が拙く、バケツ一杯分程の水を操るのが、関の山のようでしたね」



 アリアの劣化版みたいな感じだな……。修練を積めば、強くはなれそうだけど、そんな人間ならこんなところで落ちぶれてはいないか。それにしても、相手が悪かったのはあるだろうなぁ……。 

 ――私は哀れみの眼差しを、頭上にそびえ立つ十字架に磔にされた男に向けて送った。


 アリアは巨大な十字架に手をかざすと、十字架が粉々に砕け散り、周囲に銀氷が舞い散る。



「うおおおおおっっっ!?」 



 支えを失い、空中からおっさんが降ってくる。あのまま落ちれば、骨折は確実だろうが、そこはアリアがなんとかする筈だ。


 男は重力に引かれ、叫びを上げながら地面に向かって落下し続け……地面に激突した。



「ちょ、ちょっとアリア!?」


「死んではいませんよ」



 アリアは徹頭徹尾、この賊達を人間的に扱ってはいない……。

 ――それ程に、昨晩の恨みが強いということか。



「ぐううっ……。とんでもねぇ女だ……」



 ボスと思わしき男は、両脚をあらぬ方向に曲げており、苦悶の表情でアリアに恨めしい視線を向ける。



「貴方が、このマフィア……でいいのかな? それのボスって事でいいんだよね?」


「あ? あぁ……。それより、早く治療してくれ! こんなん死んじまうだろうが!!」



 確かに、折れた骨が脚の中をずたずたに引き裂き、一部は肉を突き破り、血に濡れた骨が露出している。



「……ちょっと痛いだろうけど、我慢してね」


「は? ぐあああああっっっっ!?」



 私は、ボスの折れた骨を無理矢理、整復すると命気を送り込む。

 次第に骨が繋がり、外傷も癒えていく。



「すげぇな……アンタ。治癒の異能か」


「……まぁ、そんなところかな」


「すまねえ」



 やがて完全に傷が塞がると、私は拳で一本拳を作り、ボスの足首に打突を打ち、腓骨筋腱を外す。



「ぐあああああっっっっ!!? テメェなにしやがる!!?」


「一応、抵抗されない様にね」


「て、テメェも、碌でもねぇ女だな!!」


「マフィアの君達にそんなこと言われたくないけどね」



 ふとアリアの方を見やれば、笑みを浮かべながらサムズアップしている。


 ――私に、嗜虐趣味は無いのだけれど、そうとられても仕方が無いかもしれないな。



「折れたのを治してあげただけ感謝して欲しいものだけれどね。

 ……それより、この先も生きて居たければ、この街から出ていってくれるかな? 出て行かないと言うのなら、殺すし。出て行くと言うのなら君達の財産の九割を譲渡してもらった上でなら、見逃してもいい。勿論この街にもう一度現れる事があれば、今度こそ紅の黎明が君達を皆殺しにする」



 私は全力で殺気を叩き付け、凄みを効かせながらボスを脅す。



「あ、あぁ……。分かった。出て行くよ……!! だから、後ろの女に銃を下ろさせてくれ!!」


「は?」



 後ろを見やれば、アリアが凄絶に嗤いながらライフルの銃口をボスの眉間に向けていた。

 私はアリアを目で制すると、ライフルを下ろし髪をかき上げた。



「冗談です」


「……」



 全く……。私が脅してる時に私より殺気出すなってば……。



「それともう一つ、これは個人的な興味なんだけど君達がこの街でしたかった事ってなんなの? 行動から考えると、メリットの薄い事ばかりしているうえに、先見性も何も無い様に感じるんだよね」



 私が、問えばボスは苦虫を噛み潰したような表情をし、市長邸の中のダリアス市長を睨みつけた。



「……アンタ等なら分かると思うが、カタギの連中が思う程、裏の世界ってのは壮大じゃねぇ。表でもそうだが、デケェ組織にでも属してねぇような、泡沫組織なんてのはただ食っていくだけにも苦労する。……それに関しちゃ俺達だってそうだ。俺もゼクスもそれなりの元傭兵だっつっても、個人じゃそれ程のレベルじゃねぇ。そんな俺等が裏で生きてくとなりゃ、繋がりが必要だろ。だから、俺達の組織は定期的に市長に賄賂を渡して、街と共生を図ってきた。ダリアスの野郎もこの間までは喜んで金を受け取っていたさ。

 だがな。ここにはザルカヴァー王国で運営している大陸横断鉄道の停車駅があるだろう? ……ついこの間、ザルカヴァーから監察官が現れてな。俺達のカジノが暗黙の了解となっている現状が、街の風紀的に良くないと言う事で、俺達の追放を街に依頼したらしい。……まぁ、監察官は市長と俺達の関係を把握した上で、このシングスウィルに来たんだから、ダリアスが言い訳した所で聞く耳持たなかったらしい。

 そんなこんなで王国から圧力がかかっちまえば、ダリアスの野郎も、いきなり被害者ヅラだ。自分の手を汚さねぇ様に傭兵なんかを探していたんだろうが、俺達はそれでもなんとかこの街に居たかった。それで、そうこうしているウチにアンタ等が現れちまったって訳だ。

 ダリアスの野郎を狙ったのも、傭兵アンタらを雇うっていう決定的な裏切りを働いたからさ。まぁ、浅慮だったのは自覚はしているがな」


「なるほどね」



 長々と語られて、少し面倒に感じてしまったが、要は、市長とグルだったのが、裏切られたという事か。

 まぁ、この組織にとっては不幸な事だろうけど、普通に街全体の治安の事なんかを考えれば、彼等の存在自体がアウトだ。

 個人的には、コウモリ野郎のダリアス市長も気には食わないが、私達は傭兵だ。私は金さえ貰えば犯罪以外の事は請け負う。今回の騒動についても、私のポリシーには反していない。

 

 ――となると、市長のしたい。という依頼は、彼なりのせめてもの温情なのかもしれないな。



「……分かった。気には食わないけれど、この先、ダリアス市長に手を出す事も許さない。定期的にこの街にも、紅の黎明の連絡員が来る。その時に存命か確認させるからね? 君達への譲歩はこの街を出るまでの生命を保証する事だけだ。

 ……それで構わないかな?」


「ああ」



 私とボスの話し合いが終わると、アリアが私の横に並んで来た。



「私も一つ、聞きたい事があります。昨晩、私は貴方方のカジノで大金を失いました。私はルーレットで遊戯をさせていただきましたが……その際、イカサマを行ったのですか?」



 アリアは口調こそ丁寧だが、背筋も凍る程の殺気が言葉に込められている。

 返答次第では、私とボスの取り決めを反故にして殺しかねない雰囲気すら感じさせる。



「アンタ……。酔ってたのもあったのかもしれんが、とんでもねぇ殺気振り撒きながら賭けてただろう……? アレだけで、カタギじゃねぇのは分かったから、アンタの周りは全部サマはやってねぇよ! 何かしたら、暴れられそうな匂いがプンプンしやがったからな」


「え……? それでは……」


「フツーに、アリアに博才が無いって事だろうね。……逆恨みはここまでだね」


「いや……まさか、そんな……」



 視点が定まらないのか、瞳を揺らしながら、アリアは頭を抑え、ぶつぶつと何かを小声で話し続けている。



「……ま、一件落着ってとこかな」



 ――――その後、私達はマフィアの連中を全員拘束し、私達と一緒に大陸横断鉄道に乗り、次の停車駅で彼等を自由にする流れとなった。

 報酬を貰う際に、少し市長には物を言わせてもらったが、彼がそれで納得したかは分からない。

 なんだかんだで、金と女を充てがわれ、共に甘い汁を吸っていた癖に、彼に何の咎めも無いのは理不尽な気もするが、この世の中というものは、金や権力があれば、割とそういった事がまかり通るものなのだ。

 権利者や政治家、役人なんかは、清濁併せ呑みながら、自らの私腹を肥やしていくのだろう。



「……世の中って、結構汚いよねぇ」



 列車の車窓から、広大なマリナリアス渓谷の景色を眺め、少し感傷的な気持ちに浸る。



「リノンもイカサマは悪だと思いますか」


「いや、その話はもういいでしょ」


「冗談ですよ」


「……全く」



 美貌の相棒の似合わない冗談に、笑いよりもため息が出てしまう。


 

「ライエまで、五日か……長いなぁ」


「ライエからエネイブルの本部に戻れば、水覇一刀流の正式伝承者を決める錬成の儀も待っています。

 それにミエルやスティルナも、リノンの紅の黎明復帰を、首を長くして待っているみたいですよ」


「……そうだね。それに、この二年の修行の成果を試す為にも、母様にも挑みたいしね。

 まぁ、勝てはしないだろうけど」



 そうだ。この五日間の束の間を過ごしたら、暫く忙しくなる。

 なら……身体と心を休ませて、それに備えよう。

 となれば……。



「すいませーん! 本日のケーキをもう一つ下さーい!!」


「二個目ですか……太りますよ」


「太らない!!」






  ――シングスウィルの独唱曲 End――

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る