間話 シングスウィルの独唱曲 3



「あれ?」



 いくらノブを引いても押しても、目の前の扉が開くことは無かった。

 鍵穴も見当たらないから、鍵を掛けているわけでもなさそうだけれど……。



「仕方無いな。斬っちゃおうか」



 私は愛刀の柄に指を這わせ、刃を奔らせる。



「シッ!」



 鋭く息を吐きながら、幾筋も斬撃を閃かせると、鉄で作られた扉が断ち切られ、音を立てて崩れ落ちる。

 扉の残骸に脚を掛け、その先の地下へと続く階段に脚を踏み入れる。階段の先にはもう一つドアがあり、今度の扉は普通の木製のドアだ。


 こちらは――。普通に開けられそうだ。


 ドアを開ければ、私の視界には様々な遊戯を行う設備が目に入ってくる。

 私は詳しくは知らないが、ルーレット台やカードで遊ぶ為のテーブル、他にもどうやって遊ぶかは分からないような機械の筐体等がずらりと並んでいた。

 地下だというのに、それなりに広い空間の中にそれらが並び、バーカウンターやソファ等も置かれ、客が寛げる空間が作られている。



「闇カジノなんていう割には、清潔感のある空間だな」



 なんというか、もっと汚い所を想像していたのだが……ある意味、想像を裏切られたな。


 私は賭博場の中を見回しながら、人の気配がある奥の方へと進んでいくと、



「お客様ァ〜? まだ、開店時間には至っていないのですがぁ〜。何用で御座いましょうかぁ〜?」



 奥の方から、ぞろぞろとガラの悪い男達が出ばってくる。

 いかにもマフィアといった感じの雰囲気で、金回りがいいのか身なりも良いが、口調はそこらのチンピラと変わらない。



「白々しいね? さっきのメイドから聞いているだろう?」


「ハッ、市長が雇った傭兵たぁ聞いちゃいるが、まだ毛も生えてなさそうなガキじゃねぇか。こんなのがあの『紅の黎明』な訳ねぇだろ」



 私を足先から頭まで、舐めるような視線で見てくるが、他人の実力も推し量れないような連中では、構うだけ時間の無駄のようだ。



「私はフリーの傭兵、リノン・フォルネージュ。確かに紅の黎明では無いよ」



 今は……、だけど。



「ハハハ! 市長の奴、ガキに騙されてんじゃねえの?」



 マフィア達は、口々に笑いの声を上げる。



「まぁ、オメーみてえなガキでも、そういうスジには需要は有るからよ。……俺達に逆らった事、後悔するんだな!」



 下卑た笑みを浮かべ、集団の中の男が私に殴り掛かってくる。

 力任せに振るわれた拳は、体重も乗っていない上に、重心もブレているただのチンピラの喧嘩の様なパンチだ。



「悪いけど、私は変態の手に掛かるつもりは無いよ」



 私に向け伸ばされた拳を、手首を掴み外側に捻りあげる。



「うおっ!? イテテテテッ!?」



 伸ばした男の肘に、膝蹴りを打ち、関節を砕く。そのまま右腕で太刀を逆さに抜き放ち、峰打ちで男の両脚を一閃し、両の膝をも砕いた。



「ぐああああっ!!」


「じゃあ、行ってみようか!!」



 私の凶行に、他のチンピラ達は怯えつつも各々ナイフや拳銃を取り出し、私に向け得物を向ける。

 私は向けられた銃の引鉄が弾かれるよりも速く敵の集団に踏み込む。


 ――水覇一刀流歩法、またたき


 私の姿がブレるように加速した為に、私の姿を見失った連中は、驚きの声を上げる。


 地を這う程に低い体勢で間合いを詰めた私は、手前に居た男が銃を構えていた腕目掛けて太刀を振るい、腕を砕く。一閃から一拍遅れて更にこめかみに向けて蹴りを放ち、腕を砕いた男を吹き飛ばす。



「なっ!?」



 傍らの男達が接近した私に気が付き、同時にナイフを突き出して来るが、蹴りを放った運動ベクトルのまま回転し、更に真一文字に太刀を閃かせ、左側にいた男の腰の骨を砕く。



「はああっ!!」



 力任せに太刀をそのまま振り抜き、横からナイフを突き出して来た男に向け、腰の骨を砕いた男を激突させる。


 ――命気を使う程の連中ではないけれど、数が多いぶんちょっと面倒だな。



「一気にやるか」


「舐めんなコラァッ!!」



 私の発言が勘に障ったか、太刀を振り抜いた体勢の私に向け、マフィア達は一斉に銃口を向けて来る。向けられた銃口が火を噴く刹那、私は天井に向け真上に跳び上がると、先程まで私がいた場所の床が撃ち放たれた銃弾によって砕かれる。



「消えた……?」



 私の姿を見失ったか、眼下では男達が視線を彷徨わせている。私は天井から音もなく落下しながら身体を捻り関節を撓らせる。



「上か!」



 咄嗟に気づいた男が、重力にまかせ落下する私を捉えるがもう遅い。


 ――水覇一刀流攻の太刀一の型、時雨しぐれ


 逆さになり落下しながら、捻転と関節のしなりを使い振り抜かれた太刀は、空を斬り裂いた。



「なんだ? 空振……ッッッ!!?」



 マフィア達は私が焦り、太刀の間合いを見誤ったかと思った刹那、太刀を振り抜いた軌跡に沿い衝撃波が発生し、マフィア達を真上から圧し潰す。



「ご……ぁ……」



 不完全な体勢から放った分、技の威力が抑えられ身体中の骨を砕くに留まる。……まあ、狙ってやった事ではあるのだが。



「さて……。下っ端を使って高みの見物とは、趣味が良いとは言えないな」

 

 

 男達を一気に戦闘不能にし、私は床へ降り立つと、太刀を払いながら粘着ねばつく視線を送っていた者へと口を開く。



「流石は音に聞く『銀嶺』といったところか。雑魚共では足止めにもならんとは」


「足止め……そうか。入り口は一つじゃなかったという訳だ」


「そういうこった。腕利きを五人、ダリアスの所に向かわせた。……とっとと戻んねぇと、依頼人の市長サマが死ぬぜ?」



 ……狙いがよく分からないな。市長を殺された所で、私がこいつを斬れば、お互いに共倒れだろうに。

 それとも、背後から私に襲いかかれば倒せると思っているのか、もしくは私が此処を出て行った隙にこの街から逃げる様な事を考えているのだろうか?



「貴方の狙いはよく分からないけれど、私の相棒が市長を護っている。腕利きとやらも、直ぐに全滅すると思うし、貴方も今、私が倒すよ」


「ッハ! このオレを倒すときたか。元高位傭兵団『黒曜』に所属していた、このゼクス・ハーレン様を?」



 『黒曜』……。面識は無いが、確かに聞いた事はある。だが、団長の名前も覚えていないし、他人の肩書など、私にはどうでもいい話だ。

 それに――。



「元……ね。要するに、今は落ちぶれたって事でしょ? マフィアのまとめ役なんかをやってるって事は、団を追放でもされたか、クビになったかって所かな?」


「……チッ。大口叩くんじゃねえよ。カード認証式の扉も知らねぇ様なガキが」



 ゼクスは大口径の拳銃と、刀身が途中で湾曲した肉厚の大型ナイフをそれぞれの手に構えた。

 あれは……確かククリナイフという奴か。



「あぁ、あの扉……そんな絡繰があったんだ? まぁ、カードなんて持ってなかったから、結局は壊したと思うけどね」



 普通にそんな仕組みがある事も知らなかった。私は世情への疎さを少し反省しつつも、太刀を霞に構えつつ鋒をゼクスに向け、全身に命気を纏う。



「死ね……!!」



 ゼクスは銃口をこちらに向け、次々に発砲しながらこちらへと間合いを詰めてくる。


 私は弾丸の軌跡を見切り、峰で飛来する弾丸を打ち払う。



「――は?」


「銃弾位、見切れるよ」



 私が弾丸を弾き飛ばした事に、ゼクスは間抜けな声を上げる。

 私は尚も間合いを詰めてくるゼクスに対し、肋を砕く軌道で足元から太刀を振り上げる。ゼクスは私の太刀に向け弾丸を放ち、斬撃を弾くとククリナイフの鋒をこちらへと向ける。


 ――突くにしても、間合いが遠すぎる。……何かあるな。



「死ねッ!!」



 ゼクスの罵声と共に、ククリナイフの刀身が銃弾の如きスピードで飛び出してくる。



「――!!」



 私は咄嗟に、銃弾によって弾かれた太刀を引き戻そうとするが、私が体勢を取り戻すよりもゼクスの飛ばしたククリナイフの方が速い。


 私は咄嗟に左手を掲げ、飛来するククリナイフを指で挟み、全身の筋肉を使いククリナイフの速度を減速させていく。

 上体を反らす様にしながら、更に一歩後退した所で、ククリナイフの推進力を完全に殺し切ることができた。



「な、何をしたァァァァ!!?」


「いや……。咄嗟の事で私にもよく分からなかったけど……」


 

 身体が勝手に動いた……という感覚に近いが、身体は今の防御術の感覚をはっきりと覚えている。同じ事をやれと言われれば、今度は意識して今の技を使えるだろう。



「さて、戦術はセコいとも言えるけど、太刀を狙って銃弾を撃つ等、確かに高位傭兵の技術は見せて貰った。……けれど、そろそろお終いにしようか」


 

 ――水覇一刀流歩法、またたき


 一瞬にして、ゼクスの懐まで間合いを詰めると、両肩と、両膝に太刀の反りを活かし貫通力を高めた突きを四連続で放つ。


 ――水覇一刀流四の型改式かいしき雪月・四荒八極ゆきつき・しこうはっきょく


 命気によって身体能力を強化した私の刺突は、ゼクスの手足を同時とすら言える速度で貫通する。



「んっ……が!?」



 腱を断たれ、うつ伏せに地に伏せながらも、ゼクスは口元を歪めていた。



「ッハ……。流石は『銀嶺』ってところか……。だが、最初の忠告通りに市長ン所に行かなかったのは、失敗だったな。今頃ボス達がテメェの相棒と市長を嬲り殺しに……ごッ!!?」


「コイツがボスじゃなかったのか……。確かに異能持ちの気配がしたのに、異能を使っては来なかったもんな。それに自分でボスとは言っていなかったし」



 私はゼクスの頭を蹴り飛ばし、ゼクスの意識を奪う。

 ――しかし、ボスが市長の方に向かったという事は……アリアがやらかしかねない。



「急ぐか」



 私はゼクスを床に放置して、この建物を出ると市長邸の方へと向き直る。



「なんだ……? アレ……」



 ――市長邸の方向から、巨大な氷の十字架がそびえ立っている。

 言うまでもなく、間違いなくアリアの仕業だ。



「手遅れかもしれないけれど急ごう!!」



 私は命気を脚に纏い、市長邸に向けて疾走した。








 

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