間話 シングスウィルの独唱曲 2
冷や汗が流れ、瞳が揺れるほどにアリアは動揺している。……まさかとは思うけど……。
「もしかしてアリアがボロ負けしたのって……」
「い、いや、闇カジノでは無い正規のカジノかもしれません」
「……このシングスウィルの街には、正規の賭博場は運営しておりません。もしやとは思いますが……お行きになられたのですか?」
「…………」
ダリアス市長の問い掛けに、アリアは目を伏せると、短く首肯した。
「左様ですか……。どうにも噂では旅の
「イカ……サマ……」
アリアの方を見やれば、今度は小刻みに身体が震え出した。顔色も先程まで真っ青だったものが真っ赤に変わっている。
「そ、それで市長さんは、そのマフィア達を我々にどうして欲しいのですか?」
私はアリアから漂う不穏な空気を感じ、市長に依頼の内容を伺う。……なんとなくだが、危険な予感がするのだ。勿論、マフィアからではなく、アリアから。
「可能であれば、このシングスウィルから追い払いたいのです。このままでは違法な賭博場だけでは無く、麻薬なども流通させられかねませんし、彼等のせいで街の治安も徐々に悪くなってきていますので……」
「……つまり、皆殺しで良い訳ですね?」
「はっ!? いや、そこまでは……」
「いいえ、皆殺しにしましょう。一時的に追い払った所で、私達がこの街を発てば、また戻ってくる可能性もあります。やはり皆殺しが一番です。皆殺しは全てを解決す……」
「アリア! ちょっと静かにしてくれるかな」
ダリアス市長の言葉に、アリアが勝手に自分の解決策を提示する。
これは完全に私怨が混じっている……というか、私怨しかないな。これは。
「分かりました。依頼を引き受けます。報酬は三百万ベリルで、前金が五十万、残りは成功報酬で構いません。決行は本日の夜に行います。……それでいいですか?」
「紅の黎明の方に依頼するのに、その金額で宜しいのであれば、是非、宜しくお願いします……!」
私がアリアを黙らせ金額を提示すると、ダリアス市長がそれをのみ、商談は成立となった。
「――誰だ!!」
誰かに監視されているような気配を感じ、声を立てればドアの向こうで足音を消しながら走る気配がした。私は一気に加速しドアを開くと、何者かが廊下の角を駆けていった。
中々の身体能力を感じさせる動きだ。一般の人間の動きでは無い……おそらくは隠密行動に特化した仕事を生業にした者だろう。
「どうも、聞かれていたみたいだね」
「件のマフィアの手先でしょうか」
「……かもね」
私は目を閉じ、感覚の眼と呼ばれる母様に教わった探知術を行使する。
――これは五感のいくつかを任意的に閉じ、聴覚と第六感に全てを集中する事で、人や殺意等を広域的に探知する事ができる技術だ。
「屋敷を出て……歓楽街の方へ向かってるな。走り方からして、女か。体格的には……あぁ、そういう事か」
「リノン、賊はどこに行きましたか?」
私が感覚の眼を拡げながら情報を得ていると、アリアが落ち着かない様子で私に話し掛けて来た。
アリアに今観た情報を伝えれば、きっと賊のアジトに乗り込んで皆殺しにしてしまうだろう。
ともあれ今探った感じだと、敵の本拠地に二人で乗り込む訳には行かなくなってしまった様だ。
「どこに行ったかも大事だけど、今の逃亡者、どうやら先程のメイドみたいだよ」
「ふむ、市長殿は監視されていた。ということですか」
「……だね。そして私達を……自分で言うのもなんだけど、腕利きの傭兵を雇い入れた事もこれで伝わってしまった訳だ。
つまり……」
「市長殿の身柄も護らなければいけない。と言う訳ですか」
「そうなるね。……アリアは此処で市長さんを護っててくれる? 私は連中を拘束してくるから」
「……まぁ、仕方が無いですね。本当は私が出向きたいところでしたが」
私達が話を進めていくのを、動揺した面持ちで見ていたダリアス市長が、口を開いた。
「ちょ、ちょっと待って下さい……! ミリハイムが……、先程のメイドがマフィアの手先ですって?」
「まず、間違いないと思います。感じ取った体格や姿勢は、先程のメイドと同じ感覚だったし、何より彼女は今、この屋敷に居ない」
私の言葉に、ダリアス市長は鋭く息を呑んだ。
「まさか……。ミリハイム! 居ないのか!? ミリハイム!!」
ダリアス市長は彼女の名前を大声で呼ぶが、返事は一向に無かった。
「そんな……」
「悪いけど、彼女の身のこなしは、かたぎの人間じゃ無かった。多分、初めから市長さんを監視する目的で此処に送り込まれた間者だったんだと思います」
「彼女との関係を詮索するつもりなどは毛頭ありませんが、もしかしたら、彼女が貴方の命を狙ってくる可能性もあります。
ですから、割り切る事も必要かと」
ダリアス市長の様子から、先程のメイド……ミリハイムとは、親子ほども年が離れているようだが。なにやらただならぬ関係を持っていたのかもしれない。
アリアの言う通り、そんな事はどうでもいいことなのだが、そういった情が働いてこちらの護衛の隙間を突かれることがあれば面倒だ。
「ホントは夜になってから潰しに行こうかと思っていたけど、これなら今から攻め込んだ方がいいかもしれないね」
「ええ。それでは、マフィア抹殺作戦を始めるとしましょう」
「抹殺はしないってば……。アリアは市長さんの護衛、しっかりね? 抜け出して付いてきちゃダメだよ?」
「私は子供ですか……。 分かりましたよ。此の度は、リノンに華を譲るとしましょう」
華を譲ると言っても、私達傭兵界隈では『華』は血の華という意味を持つ。この場合、暗に代わりにぶっ殺してこいと言っているようなものだ。
――相当にアリアに張った恨みの根は深いという事かな。
「まず、行ってくるよ。残りの契約手続きは宜しくね」
「了解です」
アリアは鷹揚に肯くと、自らの得物であるランスライフルをケースから取り出した。
「では市長さん。私が戻るまで不用意な行動は起こさずに、アリアの側を離れないようにして下さい」
「は、はい」
ダリアス市長の返事に私は短く首肯すると、先程のメイド――ミリハイムという女が走り去ったルートをなぞり、シングスウィルの街の中を小走りに駆ける。
ミリハイムの向かった先は、歓楽街の中でも比較的新しい建物で、何件かのバルや娼館が一つの建物の中に軒を連ねている。
所謂、大人の空間というやつだろうか。酒を提供する店舗は昼間だからか営業している気配は無いが、娼館の方からは、まだ真っ昼間だというのに、店の前まで艶めかしい嬌声が聴こえてくる。
敢えて防音をしない事で、付近を通った男を興奮させ呼び込む様な、下衆な事を考えているのだろうか。
――――なんだか、あまり長く此処に居たくは無いな。
私は耳の感覚を少し閉じ、ミリハイムの向かった建物の奥――。看板も何も無いドアの前に移動する。
「此処だな」
一応、確認の為にもう一度感覚の眼を拡げる。
――ドアの中は、地下への階段となっている様だった。
更に、地下へと感覚野を広げていくと、広大な空間が広がり、何か機械のようなものが点在している様な感覚がある。その更に先に、先程のミリハイムと同じ感覚と共に、二十人近い人間の感覚を捉える。
半数程は、身のこなし等からそれなりの手練である事が伺える。
だがその中でも――。
「高位の傭兵かな……? 一人、明らかに只者では無い人間がいるな」
おそらくは異能持ち。気をつけるにこした事はなさそうだ。
「よし……。じゃあ、行ってみようか」
私は眼前の鉄扉に手をのばした。
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