間話 シングスウィルの独唱曲 1




「ほ、本当に、申し訳ありません……」



 今日という日ほどに、眼前で私に向かい、頭を下げる相棒、アリア・アウローラに呆れた日があっただろうか。



「仕方が無いとは思わないけど、アリアにまさか、そんな一面があったとは思わなかったよ」


「ぅ……。面目もありません……」



 秀麗な美貌を情けなく崩し、眉尻を下げながらもう一度、アリアが私に頭を下げる。


 ――困った事に、いや、呆れた事に昨晩の夜、私が寝静まった後に、アリアは一人で夜街にくり出したらしい。

 いつもならば適度にお酒を嗜み、時には無謀にも一夜を誘って来る男達を適当にあしらい、何事もなかったように部屋に帰って来ていたものだが、昨夜のアリアはどうも一味違ったようだ。



「まさか、アリアがカジノで旅費を……それも私の分の旅費まで使い込んだうえに、さらに全部負けて素寒貧になって帰って来るなんてね……。はぁ〜」



 私は、人生で一番大きな溜め息を吐く。



「いや……。言い訳のしようもないのですが、現状、私を責めてもお金を得る事はできませんよ。何かしら依頼を請けて、旅費を稼ぐ事を考えましょう」


「……ホントに反省してる?」


「えっ? ……ええ、まぁ」



 結果主義と言えばそこまでだけど、もう少し反省の色を見せて欲しいものだと思いながら、アリアにじっとりとした視線を送れば、我が相棒はバツが悪そうに視線を虚空に彷徨わせた。



「はぁ。賭け事は金輪際にしてよね……。自分のお小遣いで楽しむくらいなら構わなかったんだけど、とりあえず本部に帰るまでは禁止!」



 私が両手の人差し指を重ね、バツ印を作るとアリアはか細い声で「はぃ……」と呟いた。


 旅費をスッてきた相棒を咎めるのもいいが、事態は割と深刻だ。

 私とアリアが現在滞在しているこの街は、ザルカヴァー王国に属する辺境の街『シングスウィル』という名前の街で、大陸横断鉄道という超長距離を移動する鉄道ラインの停車駅があり、我々はここで大陸横断鉄道に乗り、大陸の東端である港湾都市ライエへ向かい、ライエから傭兵団『紅の黎明』の本部があるエネイブル諸島連合国を目指す予定だったのだ。


 当然ながら世界最大の、この大陸を横断する程の交通インフラストラクチャーの利用量が安い訳は無い。

 客車は全室個室で、一部屋ごとに専属のコンシェルジュが就く。食事も適当なものでは無く、列車内のレストランにて振る舞われるし、近隣各国から選りすぐりの食材が集められ、一流シェフが腕を振るう。

 ここ、シングスウィルからライエまでの運賃は、私とアリア二人分で、五日間の移動分で百五十万ベリルもの金額になるのだ。

 これは一般的な成人男性の半年分の収入に値する金額だ。


 ――それを僅か一晩で使い込むというのは、まだ未成年の私には、全くもって理解不能な金銭感覚だ。



「鉄道に乗れないとなると、シングスウィルに滞在して、少し稼ぐしかないね」


「車でマリナリアス渓谷を越えるというのは骨が折れますからね……。仕方ありませんね」



 このシングスウィルの街から、ライエ方面に向かうとマリナリアス渓谷という、この星、アーレスにおいて最大の渓谷地帯を越えなければならない。ここを車で踏破するとなると、一応の道路はあるのだがほぼ通る者はおらず、途中に補給ができる様な町なんかも無い。つまり、一週間分の食料、水、車の燃料等、荷物を積み込める様なコンテナ車の類を調達しなければいけないのだが、そんな車を買うとなると、結局の所、鉄道に乗った方が安く上がるのだ。

 それ故に大陸横断鉄道に乗ろうとしていたのだけど……。

 


「とりあえず、旅費を稼ぐ事を先に考えようか。何かしら丁度良く仕事があればいいんだけど」


「ここも治安の良い街ではありませんからね。何かしらの依頼は有りそうですが……。情報屋にでも接触してみましょうか」


「そうだね。でもこの街シングスウィルの情報屋なんて知り合いに居ないからなぁ」


「宿のスタッフにでも、聞いてみましょうか」


 

 私とアリアは連立って宿をチェックアウトする。今日から鉄道に乗る予定だった為、この先の宿の予約は取れていなかった。

 まぁ、そもそも宿賃もロクに無いから泊まれないのだけれど。



「すみません。この街で情報屋を探しているのですが、心当たり等はありませんか」



 アリアが、フロントスタッフの男に問いかける。



「情報屋……ですか? ……因みに、どんな情報が欲しいのですか」


「何がというわけではないのですが、私達は傭兵なのです。実は、訳あって仕事を探しているのですが、心当たりはありませんか?」


「お姉さん達がですか……?」



 フロントのスタッフは訝しげに私達を見やる。まぁ、確かに女二人で傭兵と言うのも、あまり聞かないかもしれない。



「私は、フリーの傭兵でリノン・フォルネージュ。こっちは『紅の黎明』戦術顧問、アリア・アウローラ」


「リノンって……あの最近有名な『銀嶺』ですか!? それに紅の黎明って……」


「偽物などではありませんよ」



 アリアが胸元から、団員証代わりのドッグタグを見せ、更に名刺を渡す。



「マジか……! 本物かよ……」


「情報屋の居所、聞かせてもらえるかな?」



 私が男の顔を覗き込みながら言えば、男は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。



「分かった……! 情報屋ではないけれど、仕事をさがしているなら、アンタ達みたいな強い傭兵に依頼をしたい人物は知ってる……!」


「ほう。有り難いですね。その者の名前を教えていただいても?」



 アリアが微笑みながら聞けば、男は緊張した面持ちで口を開いた。



「……市長の、ダリアス・エグドリリスさんの家を訪ねてくれ。話はこちらから通しておくから」



 男は人気ロクに無い宿のホールで、小声で私達に話しかけた。

 それ程に、警戒しなければいけない様な仕事の内容……ということだろうか?



「分かった。今から行ってもいいかな? 生憎と暇を潰すのに慣れてなくてね」


「多分、大丈夫だと思う。ダリアスさんの家はこの宿を出て左側の坂を登って行くと、坂の途中に大きいポプラの樹がある家だから、すぐに分かる筈だ」


「分かりました。手数を掛けましたね。ありがとう」



 男は頬を赤らめつつ「あぁ……」と返事をする。


 ――また一人、堕ちたか。



「リノン? 行きますよ」


「うん。……全く、罪な女だね」



 アリアは私の呟きの意味を、よく分かっていないような顔をしているが、その辺がまた殊更に罪深い。

 ともあれ、降って湧いたような仕事だけど、市長相手なら報酬も少しは期待ができるかな? 行政絡みの堅苦しい様な内容なら断りたい所だけれど、怪物の掃討とか半グレや盗賊の殲滅とかならありがたいけどな。


 ――などと考えながら、アリアの後をついて行っていたら、市長の家についたようだ。



「案外、近かったですね」


「そうだね。ポプラの樹ってこれかな? 確かにでっかいね〜」



 平屋造りの邸宅はそれ程大きくは無いものの、庭も丁寧に整備されていて、敷地の中はどことなく上品さを感じさせる。その中でもこのポプラの樹が、かなりの存在感を放っている。もしかすると、この樹を引き立たせたくて家を平屋にしているのかもしれない。


 私達は門のところに付けられた呼び鈴を鳴らすと、邸宅の中からメイドが小走りに出てきた。



「なにか、御用件でしょうか?」


「私達は傭兵をしている者で、私はアリア・アウローラ、こちらはリノン・フォルネージュと申します。

 宿のスタッフから連絡が入っているかと思いますが……」



 アリアが、我々の身分を明かせばメイドの女性は一瞬顔を真顔にすると、微笑みながら門を開けた。

 

 今の表情……なんだろうか? まぁ、傭兵は野蛮なヤツも多い職業だから、少し構えたのかもしれないな。



「伺っております。ご案内致しますね」


「ありがとう」



 私とアリアはメイドに引き連れられ、邸宅に上がる。調度品なども少なく、あまり華美な家では無い。質素では無いが、金のある匂いはしないような内装だ。



「こちらです。……ダリアス様。お客様をお連れしました」



 メイドはノックをすると、ドアの向こうから「どうぞ」と声が掛かり、私とアリアは部屋に入った。



「どうも、私がシングスウィルの市長。ダリアス・エグドリリスと申します。よくぞ来ていただきました」


「初めまして。私はフリーの傭兵、リノン・フォルネージュと言います」


「私は、アリア・アウローラ。『紅の黎明』にて戦術顧問の役を拝しています。宜しくお願いします」



 挨拶が済むと、ダリアス市長はメイドを退室させ、ソファに座る様に促してきた。



「……最近噂に名高い『銀嶺』と『流麗』の傭兵コンビが、此処で現れてくれるとは……神の思し召しです」


「それで……。私達に紹介していただける仕事の内容を伺いたいのですが」



 ダリアス市長は開口一番祈りだすと、アリアが話を進め出した。



「おぉ、申し訳ありません。……実は、近年このシングスウィルに、流れのマフィアが巣食いましてな」


「マフィアか……」



 私は内心でほくそ笑んだ。小難しい仕事よりも敵の殲滅みたいなののほうが、シンプルでいい。



「彼等は商業認可などを得ずに、夜街で違法なレートの闇カジノを開いていまして……」


「闇……カジノだと……!?」



 ダリアス市長が嘆くように語っていた途中で、アリアが激しく反応を見せた。


 

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