第八十六話 焔、心に焼きつけて Side Aria  



 天高くそびえ立つ皇城に、朝日が冠の様に輝いている。

 戦場と化した皇都は、朝日にも負けぬ程の鮮烈な大火を都市全域で上げていた。


 戯神を滅ぼす為に、アイザリアやシダーといった強者達と戦い、戯神の駆る起源神オリジン・ドールアウローラを目の前に、私は、自らの力の根源である起源紋を戯神に奪われるという失態を犯してしまった。


 その後、リノンやサフィリアがこの場に来てはくれたものの、私はこの戦いにおいて、何ができたというのか。

 震える身体を起こし、戯神を狙撃したものの、私の弾丸は戯神の身体を掠めただけに留まり、挙げ句の果てに、戯神によって吹き飛ばされた私を庇うために、眼前でサフィリアが大剣を振るっている。

 

 ――私は、こうまで無力だったのか。



「アリア……案ずるな。お前の身は、私の生命に換えても護ってみせる」


「サフィ……リア……」



 戯神は大破しているにも関わらずアウローラを動かし、私とサフィリアに向けて長剣を幾度と無く叩き付ける。

 サフィリアは小柄な身体に見合わぬ大剣を振るい、アウローラの巨大な剣と轟音を響かせ打ち合っている。



「ふ……。お祖母様と呼べと、いつも言っているだろうッ!」



 そんな事を言っている場合では無いだろうに、サフィリアは凄絶な笑みを浮かべながら、隻腕で大剣を振るう。



「しつこい、しつこい、しつこい、しつこいいぃ!!」


「それは……お互い様だろう……!」



 戯神も己自身の異能力を使い、アウローラの機動力とし、更に母さんレイアの豊穣の起源の力と、私とイドラの起源の力も使う為、流石に余裕の色は無いようだが、サフィリアもまた、先程の蒼黒の焔を使った反動か、普段使用している赤色の焔で、これまで戯神が使っていなかった、アウローラの膝部分に仕込まれていた機銃の弾を、焼き尽くすのが精一杯の様だ。 

 

 私は眼前で奮戦するサフィリアを、地に伏したまま、ただ見上げることしか出来ないでいた。

 

 戯神が長剣による斬撃と共に、イドラの風の力を使い鎌鼬を発生させ、それがサフィリアの身体を徐々に切り刻んでいく。風に飛ばされて鮮血が私の顔に雨粒のように付着し、サフィリアが浅くは無い傷を負っている事を背中越しに理解する。



「母様……撤退してください……!!」



 リノンが懇願する様に呟いた。



「何を言っている……。この私を、家族も守れぬ母にするつもりか……?」



 サフィリアは凛とした声でリノンに、そして私に向け口を開いた。


 ――私なんかを家族等と思わなくていい……! だから、リノンを連れて逃げてくれ……!!



「ですが……、このままでは母様が!」


 

 リノンの言葉と同時に、アウローラの長剣とサフィリアの大剣がぶつかり合うと、サフィリアの大剣が打ち合いの衝撃に負け、半ばから砕け散った。

 アウローラの長剣に込められた豊穣の力に、サフィリアの大剣も流石に耐えかねたのだろう。


 

「ぐッ……!!」



 爆ぜた大剣の破片が、サフィリアの左眼に突き刺さり、満身創痍のサフィリアを更に追い詰める。



「あ……あぁ……」



 私は言葉を発する事すらできずに、嗚咽を漏らすことしかできない。


 いくら世界最強と言われようと、限界はある。戯神に豊穣の力さえ無ければ……今頃はきっと違う結果になっていた筈だ。私とイドラの力が奪われていなければ……やはりまた違う結果になっていただろう。


 だが、無い物ねだりのたらればなんて……何の意味も無い。



 やがて、折れた大剣を尚もアウローラに向けると、サフィリアは口元から血を流しながらも、口を開いた。



「……リノン、それに……アリア、お前達は私が必ず守る。……だからそんな顔をするな。

 強く、そして、幸せに生きろ」



 サフィリアがそう言い、温かに笑った瞬間……その身体をアウローラの長大な剣が貫いた。



「あぁ……ッ! お祖母様ァァァァァァ!!!!」



 咄嗟に口から出た言葉に、サフィリア……お祖母様は嬉しそうに微笑った。



「ありがとう……アリア。リノンを……頼むぞ」



 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!! 



「――さよならだ。……滅魂焔メギド


「あああああああああああッッッッ!!!!!」



 私の絶叫と共に、サフィリアの身体から紫紺の大炎が噴出した。

 その劫火は天を衝く様に高く伸び、アウローラを包み込む。

 アウローラは瞬く間に全身が赤熱し、その劫火に焼かれ、大炎に包まれていく。凄まじい劫火の余波が私やリノンに吹き付けてくるが、その熱が私達を焦がすことは無い。

 眼前で敵を滅却している恐るべき業火とは、真逆の暖かく、そして優しい熱風が、わたしの頬を涙が伝う度に拭いさっていく。


 ――サフィリアが、泣くなとでも言っているのだろうか……。

 

 やがて、アウローラは黒き灰を散らし跡形もなく消滅すると、天に登るように炎鱗を散らし、その紫紺の大炎は消失した。



 脳が状況の処理に追いつかず、悲しみ以外の感情が消え失せている。胸は槍で突かれたかのように痛みが残っている。



「……まさか異能者の身で、これ程の力を得ているとは……」



 ――背後でこの世で一番憎しみを向けるべき相手の声がした。

 私とリノンの間に現れた戯神の姿は、半身が焼け爛れており、息も絶え絶えといった様相だった。



「何故……! 貴様が何故生きている……!!」



 リノンと私の声が重なり、憎しみと怨嗟の眼差しで戯神を射貫く。


 私は身体を起こし、なんとしてでもあの男を殺そうと気力のみで立ち上がるが、武器も既に私の手からは離れてしまっている。

 苦し紛れに氷で槍を錬成するが、それを構えることすらままならない程に、肉体が悲鳴を上げ堪らず膝をつく。



「畜……生!!」



 私は悔しさに目に涙が浮かび上がるが、滲む視界の向こうで、リノンが震えながら太刀を引き抜くと、耳朶や両眼から血を滲ませながらも戯神に向けて踏み込んだ。



「お前だけは、なんと、しても、必ず斬る!!」



 限界だったはずのリノンは、一瞬にして眼にも止まらぬ疾さで、戯神の眼前に間合いを詰めていた。


 ――しかし、振り上げた太刀は振り下ろされる事なく、リノンは戯神の眼前で力を失い崩れ落ちた。



「……『異能創造・再生リジェネレイト』」



 焼け爛れていた戯神の身体が、徐々に再生していく。


「……僕の力でも、この火傷の跡は消せなそうだね。まるで彼女サフィリアの怨念かな。

 ここまで追い詰められるなんて、レイディウムに殺されかけた時以来だ」


「チッ……」



 私は戯神を睨めつけながら氷槍を手に取るが、持たれるようにして立つのが精一杯だった。 

 そんな私を尻目に、戯神はリノンに手を伸ばした。



「リノンに触れるな!」


「嫌だよ」



 私は戯神に罵声を吐く勢いで口を開くも、戯神はおどけながら、リノンを抱きかかえた。



「貴様……リノンに、何をするつもりだ……!」


「凄んで見せても、今の君が何も出来ないのは分かっているからね?

 ……言ったろ? 彼女はピースだ。僕は全てのピースを揃えて、テラリスに行く。これで残りのピースは大地と火、そしてグラマトンの核だけだ。

 ……でも、流石に力を使い過ぎた。起源紋だけはなんとか回収出来たけど、アウローラだって消し飛ばされてしまった。

 しばらくは、身を潜めて力を蓄えるさ。

 それに、リノンちゃんがあれば、かの地への封印も解けるだろうからね……やる事は山積みだ」

 


 戯神は語りながら、私の前をリノンを抱え歩いていく。



「待て……!」


「待たないよ」


  

 ――! また、私は失うのか? また、何もできずに大切なものを……。



「あああッ!!」



 私は渾身の力を振り絞り、氷槍を戯神に向けて投擲する。

 槍が真っ直ぐに飛び、戯神の頭部に突き刺さる刹那、



「じゃあね」



 戯神の姿は消え失せ、虚空を貫いた氷槍は地を転がる。

 静寂のみが私を包み、どうにもならない感情だけが堰を切った様に溢れ出して来る。



「く……そ……!!」



 悔しさに唇を噛み、口の端から血が滴る。



「ああああああああああああッッッッッッ!!!!!」



 この日、紅の黎明は……いや、私達は、戦争には勝てど、大切なものを何もかも失った。




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