間話 荒獅子の流儀



「先程は、ありがとうございました」


「おん?」


「アリア殿とリノン殿に、皇国と敵対する事になるからと、この作戦から外れジェイ殿とエネイブルに向かっても構わないと言われた際、荒獅子殿が間に入っていただいた話です」


 私の礼に皇国の有名人である『荒獅子』こと、ガレオン・デイドは、朗らかに笑った。


「あぁ、いいって。男が覚悟決めてんのに、それを汲まねぇってのは、やっぱりアイツラ女だな! 女ってのぁ事あるごとに女心が分からねぇ奴は〜とか言ってるが、テメェらには男の気持ちが分かんのかよ? ってな!!」


「は、はぁ……」


 こんな大声で、リノン殿達に聞こえてないだろうかと少し肝を冷やしたが、それよりも荒獅子殿が私の事を考えてくれていた事や、覚悟も見抜いていてくれた事が嬉しかった。


「まぁ、なんだ。こんな所でムセェ男が二人でべしゃってても仕方ねぇ。えーと、お前名前なんだっけ?」


「ヴェンダーです。ヴェンダー・ジーン」


「おう、ヴェンダーな! 俺の事は、まぁ適当に呼べや。それより今から飲みに行くぞ。今日は、オレが奢ってやる」


「は? あ、いや自分は流石にそこまでは……」


 流石に有名人とはいえ、初めてあった方に奢ってもらうわけにはいかない……。それに、この御仁には恩があるのだ。これ以上甘える訳には……。


「いいんだよ。オレがオメェと飲みてぇんだ。ホラ、行くぞ。

 ライエには行きつけの店があってよ。そこで食える肴は絶品なんだぜ? オメェらに出くわさなくても、そこで飲んでから帰るつもりだったしな!」


「あ、はぁ」


 押し切られてしまったが……。この人、テロリストと一緒に街を破壊しようとしていたよなぁ。

 そんなのに関与していたのに、この街で飲んで帰るなんて……。まともな精神じゃない。


「っと、着いたぜ。ここだ」


「創作バル、クラン・ブラン……ですか。中々良い雰囲気ですね」


 マスターに「ガレオンさんか、適当に座ってくれ」と促され、ガレオン殿と空いているテーブルに着いた。

 店内はそこまで広くは無いものの、落ち着いた調度品で飾られており、木の温もりが感じられる大人な店といった感じだった。


「オイ、とりあえずビールでいいか?」


「あ、ハイ」


「キルミ! ビール二つだ!」


「はーい」


 ガレオン殿は顔馴染みなのか、接客係の女性の名前を呼び注文していた。


「はい、ビールおまちどお!」


「早!?」


 注文してから、凡そ数秒でジョッキに注がれ、冷えたビールが出された。


「キルミは、ある程度客の動きを予想してるからな。このスピードでビールを出すのは、あの目にも止まらねぇ程に速え銀嶺のネーチャンにも出来ねえだろうさ」


 がはは。と笑いながらジョッキをこちらに向けるガレオン殿とジョッキをカツンと合わせる。


「スランジ!」


 喉を鳴らしてビールを嚥下すると、苦味とキレのある味わい、喉を通った時の爽快感……。成人してまだ何年も経たないが、一仕事終えたあとのこのビールの旨さだけは、大人にしかわからない贅沢な感覚と言える。


「お、中々イケる口じゃねぇか。どんどん飲めよ? 遠慮したらブッ殺すからな!」


「相変わらずだねぇガレオンさん。お食事は? お酒だけのんでたら、お腹痛くなるよ?」


「おぉ、そうだな! なんか食いてぇモンあるかヴェンダー?」


 キルミ殿からメニューを渡され、それに目を通す。やはり、港町だからか海産物を使ったメニューが多い。


「今日、港の方でテロがあったみたいだから、しばらく美味しい魚が仕入れられなくなると思うから、まだ素材がある今日来てくれて良かったよ〜」


「あぁ……。早く復旧するといいな」


「今日の売り上げが、店の存続に関わるから、いっぱい食べてね! なぁんて! じゃ、決まったら呼んでね!」


 キルミ殿は他のテーブルの応対に行ってしまった。


「ガレオン殿……」


「は。テメェで破壊活動に参加しといて、ってか?」


 顔に出ていただろうか? 今、私はなんとも言えない気持ちになっている。この街が好きそうに見えるガレオン殿は、港の破壊に一助していた。

 しかし一方、こうして店に来て酒や会話を楽しんだりもしている。

 罪悪感というものは、無いのだろうか。


「何も思わねぇ訳じゃねぇよ。それなりに罪の意識もある。でもな、コレが傭兵の仕事なんだよ。

 依頼されれば、きたねぇ仕事でも引き受ける。まぁ、今回のは失敗したうえに、オメェらに寝返ってるから、前金だけしかもらってねぇがな。

 ……まぁ、流石に港だけじゃなく、街を焼くとか言い出したら、オレがアイツ等を殺る気ではいたけどよ」


「傭兵の矜持。ですか」


「この業界はな。一緒に働いた奴が次の日には自分を殺しに来るなんてのは、割とよくある話だ。だから、その場に流されて決断するって事も割と重要なのよ。生きる為にはな」


「……」


 自分にその様な考え方ができるだろうか。割り切れと言って、自分を誤魔化すような事が?

 いや、任務と言われれば何も疑問を持たずにやっていたのか。全ての責任も罪の意識も任務という二文字に背負わせて、目を背けていた。

 ──少しずつでも変わらなければいけない。リノン殿の様な強さを得るためにも。


「それより、注文決まったのか? さっきからキルミがチラチラとオメェを気にしてんだがよ」


「えっ? あ、すみません!! えーと、じゃあ、ライエルプシュリンプのテルミドールと、カジキマゲロの尾の身のテリヤキ? とやらを下さい」


「はーい!」


 私が注文すると、キルミ殿のよく通る声が店に響いた。


「頼んではみたものの、テリヤキとは何でしょうか?」


「あぁ、エネイブルの調理法でな。焼いた素材に、せうゆとかいう塩味のあるソースに砂糖を加えて、甘辛く味付ける調理法だ。ソイツに目ぇつけるのは、中々いい勘してるぜ」


「ハイ、照り焼きおまちどお〜!」


「早!?」


「アハハ、ガレオンさん毎回コレ頼むから、実はもう焼いてたんだよね」


「流石だなキルミ。あとボーバンをくれ。ジョッキでいいからよ」


「はーい!」


 ボーバンをジョッキとは……。火がつくような度数だというのに。

 いやそれよりも、目の前で湯気を立ち上げている例のテリヤキの存在感たるや……。芳しい香気と香ばしく焼かれた筋肉質なマグロの身。


 ──ごくり。


「オラ、熱いうちに食え食え」


「はい。…………う、ウマい……!!」


 焦がされたせうゆというソースの香気が食欲を刺激し、砂糖でまろやかにされた味わいが、上質な魚の脂と混ざり合い、噛みごたえのある尾の身は、噛めば噛むほどに旨味を噴き出してくる。


「ウメェだろ? この店は酒もウメェが、マスターの腕もいい。あと看板娘も可愛いしな!」


「ありがとね!」


 カウンターで酒を作りながら、キルミ殿がウインクしてきた。

 奥ではマスターもサムズアップしている。なんとも、温かみがある店だ。


 そうこうしているうちに、ライエルプシュリンプのテルミドールも提供され、こちらもバターと香草の香りが海鮮の風味と混じり合い、絶妙なハーモニーを醸す一品だった。

 ガレオン殿は顔が広いのか、私がテルミドールを食べている間に、店中の客と乾杯をしにいっていた。

 見た目は『荒獅子』の名の如く、近寄りがたい風貌ではあるが、ああして笑っていれば人好きのする御仁という感じにも見える。

 実際、そうなのだろう。ガレオン殿と話した人達は皆笑顔になっている。

 

「よっしゃ! 今日はオレの奢りだ!! 皆飲みまくれ!! 金ならあるから心配すんな! 店の酒全部飲み干せオラァァァァ!!」


 ガレオン殿が、店の中央で立ち上がりジョッキを頭上に掲げ叫ぶと、店中から鬨の声が上がる。


「ちょ、ガレオン殿……大丈夫なのですか? 自分もそれ程お金は持っていませんよ?」


「あん? さっき紅の黎明から五百万貰ってるし、皇国の依頼で受け取った前金も二百万あんだよ。

 ソレ、全部この店で使うぞ」


「え……」


 ガレオン殿はにやりと笑い、私はその言葉に絶句した。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


あとがき


突然の間話、酒飲み回となりました。


ガレオン・デイドというキャラクターはこういう感じです。豪放磊落。そして、意外と真面目で優しい一面があり、周囲の人間の心情をよく見ています。

間話は、もう一話続きますのでお付き合い下さい。


ちなみに、この物語の通貨であるベリルは1ベリルあたり、1.5円程度の感覚です。なのでガレオンは一千万円弱を一晩で使おうとしてるわけですね。

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