第九話 皇国の暗躍


 ジェイから話を聞いた後は各々に休息をとった。

 朝になると役人が宿を訪ねてきて、昨日のテロへの対応についての礼と謝礼金を受けた。お金に関しては別にロハでも構わなかったが、事後依頼という形にして受け取った。

 役人が帰った後に、改めてアリアとガレオン、目覚めたヴェンダー君の四人で話をする事になった。


「リノン、まず今後の任務に当たっての事ですが、次の任務が終わるまで、荒獅子をこちらで雇いませんか」


「それは私も考えてた。雇い主達はほぼほぼ全滅した訳だから、問題は無いと思う」


 今は少しでも戦力が必要だ。金で動く傭兵というのはその点に置いては腰が軽いもので、昨日の敵は今日の友ということはザラだ。

 ちなみにテロリストの尋問は、ジェイが行ってくれている。

 何かしら情報を吐き次第、こちらに伝えてくれる手筈になっていた。


「別に金さえ払ってくれりゃ、俺は構わねぇぜ。オメェらとつるむってのも、まぁまぁ面白そうだしな」


 不遜に笑いながらガレオンは昼間からビールを呷っている。

 この男からは、やはり有益な情報を得ることは無かった。どうやら、本当にあの部隊のただの護衛という立場だったようだ。


 護衛と言う割には、あのラバースーツの連中が、私にやられていくのを隠れて見ていたのは何だったのかとは思ったが、依頼は受けたもののテロ行為を行う事は聞いておらず、彼自身、テロは気に食わなかったらしく、私が部隊を全滅させた後に私を倒し、瀕死の隊員を連れ帰り、テロは失敗したが護衛は成功したという風に持っていくつもりだったらしい。


「しかし、港と駅にテロ行為とは……。交通の要所ばかり狙うというのはまるで、物や人の流れを封じたい様な、そんな印象をうけますね」


 私はヴェンダー君の言葉を聞いてハッとした。


「もしかして……。皇国は紅の黎明のアルカセト行きを止めようとしている?」


 私のつぶやきにアリアが目を見開く。


「成程……。そういう事ですか。それならヴェンダーの時の事も含め、得心がいきますね」


「あァ? 何か分かったんならオレにもわかる様に言ってくれよ」


 私は小さく頷くと、アリアが説明しだした。


「そうですね。まず、このヴェンダーは元皇国軍人で、未発表の大型オリジンドールを駆り、ライエとアルカセト間の交通網を秘密裏に破壊する任務を受けていました。

 それをリノンが打ち倒し現状に至るのですが、その後、ライエに着くなりあなた達が現れ、今度は駅と港を破壊した」


「おう」


「つまり、この一連の破壊活動の目的はおそらく、紅の黎明の部隊をアルカセトに入れない為のもの。

 要するに、この一連の黒幕はおそらく皇国です」


「ヴェンダー君にもさっき話したけど、ガレオンや鋼糸使い達は、港と駅の破壊活動にあたっていたんだ。

 そして、アルカセトとテトラークは現在、緊張状態にあり皇国は戦争の準備をしていて、一方ではアルカセト側が紅の黎明に事態への介入を依頼していた……。そこに、君の鉄道橋破壊未遂の件も含めると、全ての点が線で繋がる」


 おそらく、皇国は表立って紅の黎明と対立したくはないのだろう。

 紅の黎明と対立するのであれば、同じ最高クラスの傭兵団を雇うか、国家総出で戦争を行うしかない。

 前者であれば、黒き風くろきかぜという団がそれに該当するが、そこの団長は父様の朋友が率いており、敵対する事はほぼ考えられないし、後者を考えるのであれば、おそらく皇国軍のみでは良くて惨敗、悪ければ国ごと殲滅される。

 つまり敵対するにはリスクが高すぎるのだ。


 であれば、で紅の黎明が戦争に介入出来なくなるようにするしかない。


「私は今でも信じられない。皇国がアルカセトの民を滅ぼすというのだけは……」


「ヴェンダー君が信じられなくても、人は死ぬんだよ。私達だって依頼されれば、国同士の戦争だろうが介入する。大義があれば人も殺す。それが傭兵だからね。

 ――キミはここで我々と別れて、ジェイと共に海路が回復し次第エネイブルの団本部に行ってもらっても構わない。……敵は君の祖国だからね」


 先日まで同僚だった者に剣を向けるのは、彼には難しいだろう。

 それに、正直に言って実力不足だ。


「……いえ、私もお供させて下さい。私も皆さんと共に戦います」


「大丈夫なのですか? 貴方を守りながら戦う余裕はありません。敵はおそらく、皇国の軍になるでしょう。それでもついてくると言うなら、せめて死ぬ覚悟はしないといけません」


 アリアも私と同意見なのだろうが、しかしヴェンダー君の意見は変わらない。


「覚悟はあります。あなた達のように生きたいと思った時から、その覚悟は常に傍らにはありました」


 ヴェンダー君は多少の迷いは感じられるものの、真っ直ぐに私の目を見据えてくる。


「まぁ、いいんじゃねぇの? コイツもこう言ってんだから認めてやれよ。男の覚悟ってヤツだ」


 さらに、ガレオンがヴェンダー君を後押しする。


「それによ。後方支援なりなんなり、てめぇにやれる事やりゃ良いんだよ。無理に突っ込んで敵を殺すだけが戦いじゃねえんだ」


 コイツ……まともな事が言えたのか。ただのセクハラオヤジだと思っていたが、認識を変えた方がいいのかも知れない。


「荒獅子殿……。ありがたい」


「はぁ。分かったよ。でも、死にそうになったら、逃げても構わない。君はまだ、弱いんだから」


 アリアはまだ、納得していない表情だが、無言でタバコに火をつけると紫煙をくゆらせた。


「お、激マブネーチャン。オレにも一本くんねぇか」


「……どうぞ」


 やれやれ、激マブと来たか。


「あぁ、そういやアレだ。リヴァルの野郎。例の鋼糸使いの話だけどよ。アイツは、皇国お抱えの専属傭兵ってやつだ」


「専属傭兵……? 高額の契約金と衣食住等の供与を貰い、施主との終身契約を結ぶというアレですか」


 アリアの言葉にガレオンは首肯する。


「そう、そのアレよ。ついでにいや、ヤツの家は何代も続く鋼糸使いで代々専属傭兵として、皇国に仕えている。国への忠誠心や皇帝の信頼なんかで言や、そこらの軍人より相当につえーよ。

 そいつを考えりゃ、俺を雇ったのは陽動的な意味が強かったんだろうが……まぁ、とにかく、アイツは皇帝への忠義も厚いから、もし俺等がアルカセトに向かうのに気付けば、どっかでドンパチを仕掛けて来るかも知んねえな」


「ふむ。役に立つような立たないような情報だね。ま、襲撃に備えて戦術くらいは立てようか。

 そうだな……とりあえず、基本戦術は私とガレオンが前衛。連携はしないから、各個撃破の形で。アリアは遊撃でヴェンダー君は撃ちもらしを倒す様にして」


 コレがおそらくは現状の正解だろう。皆も納得したのか頷く。

 とはいえ、全員固まって敵と相対する事のほうが珍しいのだろうけれど。


「じゃ、尋問が終わるまで、解散。自由行動としようか。

 夜に尋問の内容を聞いて、明日の朝、車を調達して出発するから、そのつもりで」


 そう締めれば、男二人が出ていく中、アリアだけが残った。


「リノン。まだはっきりとは言えませんが、この一件の背後には、戯神が居るかもしれません」


「何か感じるの?」


「わかりません。ですが、あのアルナイルは製造に戯神が関係していると思います。皇国の技術ではあんな物はまだ作れるとは思えない」


 確かに、オリジンドールの大きさは五メテル程と聞いていたが、アルナイルは二十メテルはあった。

 あの大きさで、人間のように動くというのは確かに行き過ぎた技術のようにも思う。


「ま、警戒しておくにこしたことはないよね」


「ええ。ですが、貴方は私が必ず守ります」


 アリアは私の眼を見ながら呟くと踵を返し、部屋を出ていった。


「守る。か、いつまで守られる側なのだろうね。私も」


 なら、せめて私も……何があってもアリアを守ろう。私はそう自分に誓った。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 夕食を済ますと、ジェイに呼ばれ、私とアリアが尋問の結果を聞いていた。


「やっぱり、皇国の工作部隊だったのか」


「はい。はじめは話を聞く形で尋問していたのですが、中々口を割らない為、自白剤を使用したところ、やはりこの度の一連のテロは皇国による作戦で、紅の黎明の自治州入りを止める事が目的だったようです」


 ――これで皇国の関与は確定か。


「では私達は明日、車を使いアルカセトに入ります。ミエルには港が使用可能になり次第、応援に来るよう伝えて下さい」


「わかりました。では戦術顧問、これを」


 ジェイはアリアに、四角い板のような物を渡す。


「これは?」


「先日、補給部隊で開発された通信機です。同型の端末同士で通信が可能なもので、まだ製造に時間がかかる為、団でも幹部クラスと補給部隊の一部にしか支給されていませんが、これを使えば情報の共有が効率的に行えるでしょう。

 コレは私の使っているものですが、今はアリアさん達が持っていたほうがいいでしょう。

 あ、譲渡許可も取っていますのでご心配なく」


 全く、補給部隊もすごいものを作るものだ。


「本当に、キミには頭が下がるね……。仕事できすぎでしょ」


「ははは、ありがとうございます。お父君、スティルナ様の薫陶のおかげです。

 では、私は車の手配をして参りますので、今夜はこれにて。お疲れ様でした」


 ――翌朝、各々支度を済ませ、宿の表に集合すると、ジェイが車を宿の前まで持ってきてくれていた。


「リノン様。皆様、おはようございます。どうか、道中お気をつけて」


「おはよう、ジェイ。キミも気を付けてね。何かあったら連絡して」


「はい。私は例の賊を警察に突き出した後、本隊と合流します」


 ジェイはそう言うと、一礼し宿から去っていった。

 

「では運転は、私がしましょうか」


 アリアが運転席に座り、助手席に私、後ろにガレオンとヴェンダー君が乗り込んだ。


「では、アルカセトに向けて出発!」


 私の合図を皮切りに、車は軽快に走り出した。

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