第八話 銀と獅子


「オイオイ、なんだよそれぁ? オメェ異能持ちか? さっき一瞬、妙に力強くなったかと思えばオメェ。いきなり人が変わったみてぇな……」


「答える義理はないね」


 命気を纏った私を見て、ガレオンはそれまでの私とは、何かしら違う事を感じ取ったようだ。

 眼の前で太刀を真横に構え、見せつけるように納刀する。


「貴方は、この件に関してあまり情報を持ってないかもしれないけど、取り敢えず殺しはしないから、早めに降参してほしいな」


 ――歩法、瞬。


 先程よりも疾く眼前現れた私に反応できず、ガレオンはただただ立ち尽くしていた。


 私は軽く跳びながら、居合の要領で太刀を奔らせ、柄尻の部分で思いきりガレオンの額を強打する。


「――ッが!!?」


 ガレオンは額から血を噴き出しながら、後ろにゴロゴロと転がると、受け身を取りながら私の姿を探すが、すでに私は背後に回っている。

 殺気に反応したのか、後ろを振り返りつつ、私から間合いを取ろうとするが、私の薙いだ剣筋は、ヤツの鼻の中ほどのところを頬ごと横一文字に切り裂いた。


「クッソ。恐ろしく疾ええなオメェ……」


 鼻筋に横一文字に受けた傷を抑えながら、ガレオンは焦燥感を滲ませた。


「三つだ。三つ数える内に投降するなら、命まではとらない。勿論、依頼主の情報なんかは、全て吐いてもらうけどね」


「チッ……」


 ガレオンは額に脂汗を大量に流しており、かなり動揺しているようだ。

 おそらくこの場をどう切り抜けるか目まぐるしく思考しているのだろう。


「三……」


「わかった。参った。俺の負けだ……。ったく、おっかねーネーチャンだぜ」


「三で降参なんて、男気が無いね。こういうのは一までは粘るものでしょ?」


「二秒待って、何が変わるってんだ。救世主メシア様なんざ俺の所には来ねえよ」


 大きく息を吐き出し、武器を放ると両手を挙げて膝を付いた。


「あぁ、そうだ。他に工作部隊の連中は居ねーから安心していいぜ」


「一応言っておくけど、嘘をついたり、不意討ちで何か仕掛けてきたら、その瞬間に殺すから」


 威嚇の意味も込めて、鋒をガレオンの眉間に当て殺気を叩きつけると、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。


「ガキかと思ったら、トンデモねー女だな。わぁってるよ! 俺だってまだ死にたかねぇし、別にさっきのも嘘じゃねえ」


 私は命気を納めると、ガレオンを一瞥し、さっき身動きを取れなくしたテロリストを指差す。


「んじゃ、アイツをおんぶして私についてきて」


 よっし、荷物持ち一号確保である。


「へいへい。って、うへぇ。エゲツねぇ事しやがるなぁ、オイ……」


「自害止めだから、しょうがないでしょ」


 ガレオンが、ブツブツと文句を言いながら歩き出した所で、大通りからアリアが駆けて来るのが見えた。


「アリア! なかなか来ないから心配したよ」


「すみません。高所からスコープで全景を観察した所、リノンの居た港以外にも、駅にテロリストが居たのでそちらの対応に当たっていました。

 ……それより、その男はもしや皇国の荒獅子ですか? やはりそちらにも腕の立つ者をつけていたようですね」


 どうやら、駅と港、交通の要所を破壊する作戦だったようだが……。それよりも。


「ねぇ、オジサン。嘘ついたら殺すって言ったよね? 別働隊が居るなんて聞いてないよ?」


「あぁ? 嘘じゃねえよ。俺ァこのに雇われたんだ。他に部隊が居たのなんざ知らねぇよ」


 ガレオンは、背中の賊を親指で指すと不機嫌そうに言った。


「確かめる術はありませんが、おそらく事実でしょう。駅側にいた賊の数は六人、そこに傭兵が一人という編成でした。

 賊は練度はまあまあでしたが、個々の戦闘力は低かったので問題なかったのですが、随伴していた傭兵がかなりの手練でした」


 人数は、私が相手にした数と同じだ。


 しかし、よく見れば、所々に手傷を負っている。……あのアリアが?


 アリアに負傷をもたらすような傭兵となれば、最低でもこのガレオン・デイド並みか、それ以上だろう。

 

「私が着いた頃には、もう駅は手遅れでした。例の買収されていた列車の乗員は全員が殺されていましたし、列車の機関部も破壊されていました。あれでは、しばらくの運行は無理でしょうね」


「そっか。それで、駅側の賊はどうしたの?」


「工作部隊らしき者達は、全員殺しましたが、傭兵の方には不覚にも逃げられました。

 鋼の糸の様なモノを武器にしていたのですが、中々対応が難しい相手でした。

 一般人も居たので、大規模に起源術を使う事もできませんでしたし」


 ──鋼の糸。母様が以前話していた、鋼糸こうしと言うやつかもしれない。変則的な軌道故、初見だと無傷で倒すのは難しいと言っていた気がする。


「あ〜。鋼の糸っつうと、リヴァルの野郎かもしんねぇな。

 ネーチャン。ソイツ陰気くせぇ黒髪のロン毛野郎じゃなかったか?」


 どうやら、ガレオンはアリアに手傷を負わせた相手を知っているようだ。


「陰気くさいかはわかりませんが、口数の少ない黒の長髪の男でしたね」


「じゃ、おそらくビンゴだ。ま、そもそも鋼糸使いなんざ、そうそういるもんじゃねえが。なぁ銀嶺のネーチャン。ソイツの情報教えてやるから、取引しねぇか」


「取引? まだそんな事言える立場だと思っていたんだ? それも含めて白状して、有り金もすべて私に渡して、初めて私達は対等になるんだよ?

 多少興味のある事を君が握ってたとしても、それは私達にとって、絶対に必要なことではないし。あまり調子に乗らないでくれるかな」


 私が睨みつけると、ガレオンは喉を詰まらせたようにえずき、引き下がる。


「とりあえず、宿に行こうか。お腹も減ったし」


 私はにこりと笑うと、足取り軽く宿へ向かう。


 後ろで深いため息と、「なんだあれ、マジに同一人物かよ」等とぼやきが聞こえたが、無視して歩を進めた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



「リノン様。ご無事でしたか」


 宿に着くと、ジェイがヴェンダー君の手当をしてくれていた。


「ジェイ! 君も無事だったんだね。良かった」


 私はジェイの無事を喜ぶと、ジェイも微笑みを見せ、すっと居住まいを正した。


「――先程本部より、リノン様宛に伝令が伝えられました」


 本部から? 現状、アリアはともかく私は一時退団しているのになんだろうか。


「明日の便にてエネイブルより寄港し、紅の黎明本部から第一部隊長、ミエル・クーヴェル様含むチームが、アルカセト自治州における任務に着任する予定でしたが、現状のライエの状態によって、予定通りの着任が難しくなりました。

 そこで、フリーの傭兵であるリノン・フォルネージュ様及び、戦術顧問アリア・アウローラ様への依頼及び、指令という事になりました」


「ちょっと待って。確かに今は、船も入港出来る状態ではないだろうけど……。団の飛行艇は? あれなら海路は関係ないでしょ?」


 本部から来れなくなったからといって、わざわざ現状フリーの傭兵としての私に依頼、となると相当な重要度だ。

 まして第一部隊長のミエルさんが請けていた仕事となると、相当危険な任務だろう。


「飛行艇は現在、団長が大陸北部に遠征中につき、使用中です。そちらの任務も重要度が高く、今すぐ帰還するのも難しいとの事です」


「サフィリアも出ているのですか? となると戦争介入等でしょうか? いえ、今は其方は置いておくとしましょう。

 ……それで、依頼は請けるとして、その内容というのは何でしょうか」


「はい。まず、アルカセト自治州は現在、テトラーク皇国管理下にありますが、元々はこのライエ近郊にあった交易都市を皇国が戦争を仕掛け、占領した地域です。

 御存知の通り、ライエはザルカヴァー王国の街ではありますが、アルカセトは交易都市だった頃もザルカヴァーの領地では無く、独立した都市だったのです」


 なんだか、長くなりそうだなぁ。まあ、必要な情報だから仕方がないけど。


「そして近年、アルカセトは皇国に対しての独立運動が活発に起こり、ついにはアルカセトの評議会も抑えの効かない状態となり、皇国からの駐留執政官が先日殺害されました。

 そこで、皇国は一度アルカセトを武力鎮圧し、自国の領民を相当数移住させる事でこの反乱を収めようとしています」


 反乱勢力がどれだけいるのか分からないが、これは鎮圧というより粛清……いや蹂躙だろう。とんでもない話だ。


「この情報をアルカセト側が入手したのですが、アルカセトには自衛戦力と呼べるものは殆ど無く、紅の黎明に皇国との戦争介入という事で依頼が来ました」


「で、それを請けたと。はぁ、サフィリアも請ける依頼を選べないのでしょうか……」


「母様は、生粋の傭兵だもんね。頼まれれば神でも殺すって言ってるし」


 苦笑いしか出てこない。


「要するに、私とアリアの二人で、ミエルさん達の部隊の代わりに、二国間の戦争に介入しろって事ね」


「そうなりますね」


 これは中々、大変な事になりそうだなぁ、と私とアリアは共に肩を落とすのだった。

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