第七話 波は嗤う、炎を映して


「港が……」


 私が街に着くと、波止場が爆破され、港の施設に火災が発生していた。

 他の民間施設は全くと言っていいほど被害が無く、賊の狙いがピンポイントで港である事が判る。


 港にはまだ無事な船着き場や市場もある。そちらに視線を送った瞬間に、船着き場で大きな爆発と共に火の手が上がった。


「まごついていても、拙いか」


 私は火の手の上がった先に全力で疾走する。街外れの方だからか、逃げる人々はまばらで、駆け抜けるにも問題はなかった。

 港に近くになるにつれ、火が燃え移った民家が何軒かあり、地元の消防が対応に当たっている。

 こちらの対応は彼等に任せて、私はまだ港に居るであろう賊に当たるとしよう。


 やがて港に到着すると、闇夜の中で炎に照らさられる様に黒い人影が蠢いていた。


 ──人数は六、いや七か。


 おそらく……というか、この惨事はこいつらの仕業だろう。

 向こうはまだ、こちらに気づいていないようで、何かを船着き場に設置しているように見える。十中八九、爆弾だろうが。


 頑丈に作られた船着き場とはいえ、あれだけの量の爆薬があれば、流石に跡形も無くなるだろう。

 これは、タダ働きになるだろうが、私達の乗る船にも影響が出る事を考えるとそんな事を言っている場合でも無いか。


「止めろ!」


 私は敢えて大声で叫び、連中の注意を引くと、腰の愛刀・蛍火嵐雪を抜き、一直線に賊の集団に飛び込んだ。


 一番手前に居たヤツへ向けて、突進の勢いそのままに、ラバースーツの様な服の上から心臓を狙い太刀を突き込む。

 背中から血が噴き出すよりも速く抉り、腹を蹴りとばし、太刀を引き抜く。

 一瞬で絶命した賊は、そのまま海に落ちていった。


 仲間がやられたにも関わらず、奴らは狼狽えることもなく、独特な形状の短剣や銃などを取り出し、私を囲むように警戒している。


「なるほど、良い練度だ」


 おそらくはこういった特殊な破壊工作や、集団での暗殺等に特化した連中なのだろう。足捌きが独特で、衣擦れや足音が殆ど消えている。


 ──私の背後に居たヤツが、銃を撃つと同時に、左右から短剣を持ったヤツらが飛び掛かって来た。

 後ろを向いて銃弾と短剣のヤツらに対応すれば、現在、前面の二人が背後から奇襲してくるのだろう。なるほど、分かっていても対応が制限されるよくできた戦術だ。


 私は虎が獲物に襲いかかる時のように、地面スレスレまで身体を落とし、振り返らずに銃弾を躱すと前面の二人へとめがけ、低い態勢のまま跳び、間合いを詰める。

 交差しながら、胴体めがけて横薙ぎに一閃し、二人まとめて切り払う。

 私の速度に対応出来ずに、二人は私の太刀をまともに受けた。

 一人目は胴体から二つに裂け、盛大に臓腑をぶち撒け崩れ落ちたが、二人目は腹を半ばまで切り裂くにとどまる。

 致命傷は致命傷だろうが、すぐに息の根を止めるまでには至っていない。

 二人目が膝をついて倒れた所に、背後から血払いをするように太刀を振り、首を刎ねた。


 それでも奴らは、味方がやられても声も出さず、淡々としており、その表情は覆面のようなマスクに隠れていて伺うことができなかった。


 ――さて、残りは短剣が二人と銃が一人。


 ヤツらに向き直る前に、背後で銃を構え直す気配がし、私はブラウスの左袖に付けていたカフスボタンを手首を廻しもぎ取ると、銃を持ったやつに向けて、振り向きざまにカフスを指弾で撃ち出す。

 カフスは額の部分に命中し、半ばまで額に突き刺さり、その衝撃に脳を揺らされたのか賊は銃を取り落としていた。


 太刀を霞に構え、摺り足のまま流れる様な動きで、短剣持ちの片方に間合いを詰めていくと、短剣を構えた二人は左右から得物を突き出してくる。


 私は軸足のつま先だけをぐっと踏み込むと、一瞬の内に二歩分後ろに後退する。

 先程まで居た場所に私の残影が残り、その残影にヤツらの短剣が突き刺さっていく。


 ――歩法、水鏡。みずかがみ


 一瞬遅れて、私がそこに居ない事に気がつき二人が顔をこちらに向けるが、その刹那、私は纏めてその頸を刎ね飛ばした。


「さて、残りは君だけになっちゃったねえ」


 残ったヤツは、先程の指弾によって脳震盪を起こしているのか、ふらふらとしてまだ銃を取れずにいた。

 こいつは殺さずに、尋問して情報を吐かせなければいけない。

 私は歩いて賊に近寄ると、一言ごめんね。と断り、両手首と両足首の関節を捻り、順番に外す。


「あああ、ああっっ!?」


 これには流石に悲鳴を上げたが、この手の輩は任務に失敗すると自害したりするので念の為だ。

 更に、舌を噛まないように、ブラウスの袖を引き裂き、猿ぐつわを作りそれを噛ませると、更に念を入れ頸を締め、意識を落としておく。


 ──さて、と。


「待っててくれたのか、それとも可憐な乙女を覗き見るのが趣味の変質者なのかは知らないが、いつまで隠れているつもりかな?」


 私が港の事務所がある方に太刀の鋒を向ければ、にんまりと笑みを浮かべ、髭と髪の毛を獅子のように生やした大柄で筋肉質な男が、揺れる炎に照らされて現れた。


 茶色のレザージャケットに紺のデニムを身に着け、首元には趣味の悪い金のネックレスを何本も下げている。年の頃は四十くらいだろうが、見た目はチンピラそのものだ。


「オレぁ、ちんちくりんには興味ねーよ。だがまぁ、もう四、五年経ったらイイ女になりそうだし、そんときゃ相手してヤってもいいけどよ。……あぁ、今のは夜の話な。

 しかしまぁ、コッチの方は今やろうか」


 男は、身の丈程の大きさもあるギザギザの溝が刃に刻まれた奇妙な大剣を担ぐようにし、脚を開いて構えると、殺気が一気に膨れ上がった。


「品性の欠片もない人だなぁ。貴方みたいな、ゴリゴリにごっついのは、あんまり好きじゃ無いんだけどね。

 でもまぁ、私もコッチは嫌いじゃないかな」


 太刀を霞に構え、此方も剣気を叩きつける。


「一応、名乗っておくぜぇ。ガレオン・デイドだ。フリーの傭兵をやってる。まぁ、雇い主はもうほぼ全滅しちまったみてえだがな」


「──!! 皇国を中心に活動している『荒獅子』あらじしか」


 『荒獅子』ガレオン・デイド。歴戦の偉丈夫で皇国を拠点とし、特殊な大剣で敵の武器を破壊する戦闘スタイルを得意とするが、連携は全くと言っていいほどできないらしく、ソロで活動する傭兵だ。

 因みに単独戦闘での場合、紅の黎明の脅威度評価スレットレベルにおける脅威度はAで、紅の黎明の部隊長補佐と同等の脅威度となる。


「ほぉ、ネーチャン物知りじゃねえか。で、そっちは名乗んねえのか」


「私はフリーの傭兵で、リノン・フォルネージュ」


 私が名乗れば、ガレオンはあんぐりと口を開いた後、楽しげに嗤う。


「かはははっ! 最近噂に名高いあの『銀嶺』が、こんな小娘だったなんてなぁ! だが、この剣気に今の戦いを見りゃあ、ネーチャンがホンモンだってのは、理解るぜ」


「そいつはどーも」


 これクラスが相手なら、油断してもらっといたほうが良かったかな。


「じゃあ、おっ始めるとしようぜ」


 音を立てて家屋が焼け、肌が炙られる様な熱の中、ガレオンは両手で大剣を突き出し、一直線に間合いを詰めてくる。何の小細工もない、質量を活かした突撃。しかし、その速度、そして彼自身の質量を活かした重突進の威圧感は列車を彷彿とさせるほどに苛烈だ。


 ――こんなの、マトモに打ち合えば、こちらが吹き飛ぶか。


 ガレオンの大剣が私に当たる刹那、太刀を大剣に擦らせるように滑らせ、突撃の威力を利用して身体を回し、やつの大剣の腹に回し蹴りを放つと、突進のベクトルを変え、ヤツは私の後ろにあった家屋に突っ込んで行く。


 盛大に焼けていた家屋が、突撃の衝撃で倒壊し、そこに突っ込んだガレオンも下敷きになった。


「獅子というより、まるで猪だね。まさかとは思うけど今ので死んでくれてたらありがた」


「……かったけど、まぁそんな訳ないよね」


 瓦礫の下で殺気が膨れ上がると、瓦礫が轟音を伴って爆発するように弾け、口元を歪めたガレオンがこちらを睥睨する。


「イイ体捌きじゃねえか。オレに少女趣味は無かったが、新たな世界に目覚めちまいそうだぜ」


 ガレオンは首をコキコキと鳴らしながら獰猛な笑みを見せた。


「口が減らない人だね。次は軽口も叩けないように、その喉切り裂いてあげるよ」


 ――歩法、瞬。またたき


 膝を抜き強烈に地面を踏み込み、一瞬でトップスピードに乗ると、間合いを瞬く間に詰め、右上段から斬り下ろす。

 ガレオンは一瞬で目の前に現れた私にギリギリで反応すると、大剣を盾のように使い、私の斬撃を防ぐ。


「流石に疾ええな! 今のはしんどかったぜ!」


 受け流される前に一歩後退し、数合打ちつけるが、何れも大剣に阻まれた。

 私は舌打ちしつつ、ガレオンの爪先へと刺突を狙うが、ガレオンは盾にしていた大剣の内側から拳を打ち付け、足元から大剣の腹を打ち上げて来た。

 私は予想外の攻撃に刺突を中断し、大剣の腹に咄嗟に脚を乗せ、大剣に押し上げられるようにして宙を舞った。

 

 ガレオンは薄く笑いながら大剣を肩に担ぐように構えると、空中の私が着地するタイミングを狙い、大剣を振り下ろして来る。


 ヤツの狙いは着地の衝撃を殺した瞬間の隙──。


 私は衝撃を殺し、しゃがみこんだ体勢から、咄嗟に太刀を押し上げるが、そこを狙って振り下ろされたガレオンの大剣と鍔迫り合いの形になり、押し込まれる前に前蹴りを放とうとしたが、ヤツの膂力が凄まじく、体術を使おうとすれば体勢を崩され、逆に斬られるであろう事を悟る。


 火花が出る勢いでお互いの刃が競り合うが、単純な膂力ではガレオンの方が私より強く、少しずつ押し込まれていく。


「……っく!」


 更に、奇妙な形の大剣の溝に蛍火嵐雪を嵌められると、刃を斜めにして力を掛けてきた。


「その刀ごと、叩き斬ってやるぜええ!」


「悪いけどっ、そういう訳にも……! いかないんだよねっ!」


 私は一瞬、命気を纏うと、ガレオンを一気に押し返し、脇腹に向けて斬りつける。

 ガレオンは咄嗟に半身になり、私の一閃はレザージャケットを浅く斬り裂くに留まったが、ガレオンは不可解な顔をしながらも口元を笑みに歪めていた。


 ――団の脅威度評価より、明らかに強いじゃないか。

 相性の問題もあるけど、普通に戦っていたのでは、時間が掛かるかもな。


「なんだ、まだ本気じゃなかったのかよ?」


「ごめんね。侮っていたわけではないんだけど、ここからは本気で往かせてもらうよ」


 私は太刀を一払いすると、太刀を霞に構え、命気を全身に纏った。

  



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