第六話 手合わせ
私達は大通り沿いを少し歩くと、緩い下り坂の中ほどに建った宿に入った。
造りはそこまで豪華というほどでは無いが小綺麗な宿で、ライエに来た紅の黎明の団員は、ここに宿泊する事が多いらしい。
連絡員がすでに予約を取ってくれていたのだが、ヴェンダー君の分は当然取られていなかったので、アリアと私が相部屋となり、ヴェンダー君は個室となった。
「さーて、着替えないとね」
連絡員が、部屋に替えの着替えや、装備の一部を用意しておいてくれていたので、わざわざ調達に出向かずに済んだのはありがたい。
私は自分の身なりを再確認する。
白を基調としたロングコート──コレは愛用の品で、品質も良い為に続投。
中に着ていた白のブラウスと黒のスカート、黒のレギンスは新しい物に着替える。因みに下着以外は、全て防弾防刃仕様だ。
「おっと、またブーツが駄目になったか」
足元に目をやれば、編み上げブーツの一部が裂けていた。命気を使って戦闘をすると結構な頻度で駄目になるので、私の装備で一番消耗するのはブーツだった。
トランクを見れば、私の替えのブーツも入っていたので、ありがたく交換する。
「ウチの連絡員は、本当に優秀ですね。頭が下がります」
振り返ると、アリアも装備を新たにしているとこだった。
襟元にファーの付いた漆黒のコートと、その下に着ていた喪服のような黒スーツは上下共に続投し、白のシャツとネクタイ、グローブを新しい物に変えるようだ。
「へぇ、新しいネクタイ、ライエカラーで良いじゃん」
アリアが身につけていたネクタイは、今までのえんじ色の物から、長い上の部分が水色で下の短い方が白の、なんだか小洒落た身につける者を選ぶ様なものだったが、アリアは見事に着こなしていた。
「似合っているようなら結構です。私も、ブーツは──まだ大丈夫そうですね」
アリアのブーツはダークブラウンのショートブーツで、先端に合金が入った物だ。
すらりとした脚に目がいくが、アリアの打法で蹴られれば、よほどの手練出ない限りは、骨は砕け、はらわたは爆発する恐ろしい凶器だ。
着替えが終わり、装備の入っていたトランクの中から、アリアの使う弾丸や、爆弾を作るための道具等を出して渡すと、私は立ち上がって連絡員と会う旨を話す。
「じゃあ、私はちょっと駅まで行って来るから、彼の件頼むね」
「わかりました。場所は、街の外れの森林公園にしますので、話が終わったら来て下さい」
「ほいほーい」
私は返事をすると、コートは羽織らずに太刀だけ佩き、部屋を出て駅に向かった。
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──駅に到着すると、すでに連絡員は到着しており、アルナイルとヴェンダー君の件を伝えると、連絡員達は明日の便でアルナイルのコンテナを積み込んで、団の拠点があるエネイブル諸島連合王国に向かう手筈となった。
「装備や宿の手配に伝達諸々、お願いするね。……本当に、君たちの働きには助かっているよ。ありがとう。帰りの便も気を付けてね」
私は簡単にではあるが連絡員を労う。本当であれば、イカ焼きくらいは食べさせてあげたいところだけど。
「いえ、我等はこれが仕事ですので。ではリノン様がたも道中お気を付けて。帰国の際の皆伝の儀、部隊一同、期待しております」
「ありがとね。期待してて。そうだ、君の名前は?」
「はっ、補給伝達部隊所属、ジェイ・P・エスカーであります」
「ジェイだね。覚えておくよ」
私はジェイに軽く頭を下げると、街外れにある森林公園に向かった。
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そこは、公園とは名ばかりと言って良い様な、整備を放棄したような森だった。
ゲートの脇には怪物に注意と書いてある看板があったので、この鬱蒼とした状態にも納得がいった。
怪物――。ここ十年ほど前から、野生の獣が謎の巨大化、凶暴化し、特殊な力を使う個体が結構な数で発生しており、発見された個体には懸賞金が掛けられたりもする。
不思議なのは、いずれの怪物も人型をしている事だが、その理由は不明。
大抵は、傭兵団や軍が中隊規模で出向き、打倒しているのだが、近年発生件数が増加しており、人的被害が拡大している。
私も巨大な火を吹くワニ人間の様な怪物と戦った事があるが、その時はそれ程苦戦しなかったな……。等と思い出しながら歩いていれば、金属同士をぶつけ合う戦闘音が聞こえてきた。
「お、いたいた」
木々が少し開け、草の生えていない平らな空間で、それは行われていた。
「へぇ、皇国の軍刀術ってやつか」
ヴェンダー君は、右手で得物の長剣を持ち、軽い前傾姿勢の状態から顔の前に構えており、左手は後ろに下げている。そこに、本来は左手に銃か柄の無い短剣を持つのが現在の皇国式軍刀術のスタイルだ。
それに対し、アリアはランスライフルの柄を握り、一見、自然体にただ立っているように見えるが、隙は全くと言っていいほど無い。
「おおおおおっ!」
ヴェンダー君が裂帛の気合とともに踏み込み、アリアの胸から腰の間を狙い、射程の短い突きを連撃で繰り出した。
アリアは半身になって何度か躱すと、次いで繰り出された太腿を狙った突きに対し、あえて柄の部分で受けたと思ったら、そのまま槍を滑らせ受け流す。
「先程も言いましたが、狙っている場所に意識が行き過ぎていて、攻撃を繰り出す前に何処を狙っているか分かってしまいますね」
ヴェンダー君は剣の制御を失い、体勢を崩された所に、アリアが体重を乗せた崩拳を打ち込み、更に流れる様な動きで回し蹴りを叩き込むと、ヴェンダー君は車に轢かれたかのような勢いで吹き飛んだ。
「だいぶ、優しくしているねぇ」
「リノン、来たのですか。……まぁ見ての通りです」
今の一合を見れば、お世辞にもヴェンダー君の実力は強いとは言えない。おそらくは紅の黎明の団員の中で、彼より弱い者は居ないだろう。
アリアの言うとおり攻撃箇所に意識が飛び過ぎていて、今からそこを突きます。と言っているようなものだ。
高位傭兵や達人と呼ばれる者達は、殺意の線にも虚実を入り交え、相手に狙いを読ませないようにする事は基本的な技術だ。
まして、アリアはわざと一見隙の在るように見せ、その位置に攻撃を誘導している。それにすら気付いていない時点で、ウチの団内評価で言えば、最低のD⧿って所かな。
「ゲッホッ……!! くっ、流石は高位の傭兵ですね……」
おぉ、あの蹴りをまともに受けて、もう立てるのか。根性と体力はあるみたいだ。
「次で最後とします。まだ、出していないものがあればそれも含め、全力で来なさい」
アリアはまた武器をだらりと下ろし、自然体に構えている。
おそらく、また意識を誘導される様な結果になれば、腕の骨くらいは折るつもりだろう。
アリアの視線に今までと違うものを感じたのか、ヴェンダー君は軽く息をのむと、剣を鞘に納め、上体を剣をさげた側に軽く捻った。
「あの構えは……?」
少し、私の
「参ります。はあああっ!」
気合十分に突進すると、アリアの眼前で膝を一瞬抜き、勢い良く踏み込んだ。
――アリアはまだ動かない。
ヴェンダー君は踏み込みの後、鞘を持つ方の腕を一瞬下げ、中途半端に抜刀したような妙な体勢になると、途中まで引き下げた鞘で剣の鍔を弾き、一気に抜刀速度を引き上げ、横薙ぎの一閃を放った。
――やはり私の驟雨の術理を応用したものか。
「その意気は良いですが」
アリアは真顔のまま左脚を一歩引くと、ヴェンダー君の一閃に対し、槍の穂先で刃筋を正確に捉え、体のしなりをもって勢いを殺していく。
あれは、私がアルナイルの巨大な弾丸を止めた時に見せた技だ。アリアは遠目に見ていながら、それを模倣したのか。
私とアリア、二度も同じ技で一撃を止められたショックか、ヴェンダー君は目を見開いたまま動きを止めてしまった。
「技術はまだまだですね。──破ッ!」
剣を止めた態勢から、ヴェンダー君の顎に向けて掌底を撃ち、そのまま地面が揺れるかという程に踏み込むと、肩から身体をぶつけ、一気に吹き飛ばす。
二十メテルくらい吹き飛んで木にぶつかって止まったけど、生きてるかな? アレ。
「ぐっ……。が……」
おぉ、生きてた。けれどもどうやら失神したようだ。
「総評D⧿という所でしょう。ですが、最後に放った拙い驟雨もどき等、発想力もありますし、鍛えれば団員レベルにはなりそうですね」
「まあ、水覇の技は男には向かないからねぇ。とりあえず連れて行って……。そうだなぁ、ゴルさんあたりに頼んでみようか?」
「第五部隊長ですか。いい人選だと思います」
さて、テストも終わったし、今夜は宿で美味しいご飯いっぱい食べるぞ〜。なんて考えながら振り返ると、突然、大きな地鳴りのような音が響き、次の瞬間には街の方角の空が赤く染まりだした。
「火事? いや、爆弾の様な音からして、テロ?」
「急ごう! っと、アリアはヴェンダー君を連れてきて! 私は先に行って状況を確認して、必要であれば対応に入る!」
「分かりました。私もアレを安全な場所に置いたら、対処に向かいます」
私は頷くと、命気を脚に纏い街に向けて疾走した。
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