第八十三話 灰燼の羅刹
「母様……!」
母様は大剣を振りぬいた体勢で、私の前に立ちアウローラと対峙する。
「待たせたな、リノン。無事……のようだな。どうにか間に合ったようだ」
母様は私に視線を向け、薄っすらと微笑う。
「二年ぶりだが……大きく、そして逞しくなったな。成長したお前の姿を見れて、私は嬉しいよ」
母様は大剣を払うと、私の背後で氷を炙っていた焔が火の粉を散らして消え去った。
「う――」
アリアを覆っていた巨大な氷塊が融解し、アリアの呻く声が聞こえた。私は太刀を杖代わりになんとか身体を起こし、未だアリアに薄く貼り付いていた氷を割ると、アリアをまだ残る氷の中から引き摺り出した。
二人共、余力が全くと言っていいほどに無く、アリアを引っ張るとそのまま地面に倒れ込んでしまった。
「アリア……」
「すみません……私では、勝てませんでした……」
「大丈夫。母様が、来てくれたから」
「あ……」
アリアは顔を上げると、そこには巨大な天使の様なオリジンドールと、大剣を担ぐ母様が対峙しているのが目に入ったようだ。
母様は、アリアを横目で一瞥すると、
「アリア、生きていたか。ホッとしたよ。……私は、孫よりは早く死にたいからな」
「サフィリア……」
「お祖母様と呼べと言っているだろう。全く……まぁ、良い」
母様は担いだ大剣に蒼い焔を纏わせる。
「……積もる話や、家族との感動の再会は、まずは、コイツを殺してからにするとしよう……ヴェンダー!!」
「はい」
「アリアとリノンを少し離れた場所まで連れて行ってやってくれ。その後は……お前も加勢しても構わない」
「了解です。……
母様がヴェンダー君の名前を呼ぶと、積み上げられていた鉄クズの上からヴェンダー君が降りてきた。
――聞き間違いで無ければ、団長って……。
「リノン殿、アリア殿。オレに捉まってください」
ヴェンダー君は両腕を私とアリアに差し出してきた。
「ヴェンダー君……キミ、今団長って……」
「先程サフィリア団長と遭遇した際、略式ですが入団させていただきました。
……動きますよ」
私とアリアを少しずつ引っ張りながら、このスクラップ工場の奥の方へ向けて歩き出す。
視線の先では鋼の打ち合う音と、母様の怒声が聞こえて来ており、母様と戯神が問答をしながら切り結んでいるようだ。
「ヴェンダー、貴方も無事で良かったです……」
「……オレは、どうにか無事です。……ですが、ガレオン殿が……、ガレオン殿が、亡くなりました」
「え……」
ガレオンが……死んだ?
「……誰に、やられたのですか」
アリアが冷たさを含んだ声でヴェンダー君に問う。
「ガレオン殿は、天使と言っていました。おそらくは、あれかと」
ヴェンダー君はアウローラを一瞥すると、音を立てて歯を軋らせた。
――ガレオンとヴェンダー君は、私から見ても気が合っていた。それ故……いや、仲間を失うのはいつだろうと辛いものだ。付き合いは短ろうが、ガレオンは確かに私達の仲間だ。
だから、私も辛いし、仇も討ってやりたい。そう思う気持ちはある。
「ヴェンダー君……私と、アリアのぶんも、
「勿論です」
……なにか、変わったな。戦士になったとでも言えばいいのか分からないが、復讐に駆られてはいるのだろうけど、それよりヴェンダー君自身の意思を強く感じるようになった。
瓦礫に背を預けさせるようにして、私とアリアを下ろすと、ヴェンダー君は対物ライフル以外の装備を私の横に置き、私達の前でそのスコープを覗き射撃態勢に入る。
間近で見るのは初めてだが、なるほど技量の高さが窺える。
――戯神と母様の戦いは、苛烈を極めていた。戯神はアリアから奪った水の起源の力を使いながら、私が半ばから断ち切った長剣を振るっている。しかし母様が大剣を地面に突き刺すと、幾筋もの蒼き焔の柱が地を割り、天を衝く勢いでアウローラから発せられた水流や氷塊を一瞬で蒸発させている。
母様が大剣を引き抜こうとした時、アウローラの背部が稼働し、合計六門の機銃がその銃口を母様に向けた。
母様は、地を掠める様に大剣を振るうと、蒼き焔の壁が母様の前に発生し、アウローラから放たれた大量の弾丸を防ぎ焼き尽くしていく。
「爆ぜろ」
ヴェンダー君がアウローラに向けて、対物ライフルの引鉄を引く。
ヴェンダー君が放った弾丸は、恐るべき事にアウローラの機銃の銃口に吸い込まれて行き、アウローラの弾丸と銃口付近で激突し、その銃口を破壊した。
間髪入れずに、ヴェンダー君は再度弾丸を放つ。先程撃ち抜いた機銃の隣の銃口に、その弾丸は吸い込まれて行き、先程と同じ結果をアウローラに突き付けた。
「凄いね……ファルドさん並かも」
「そうですね。アルカセトの時も、相当なものを感じましたが、今の彼からは凄みのようなものを感じます」
戯神は遠間から機体を破壊されるのを嫌ったか、こちらに向けて大量の水流を発生させる。
まるで津波の様な水量の水は激しく渦を巻きながらヴェンダー君に向けて押し寄せる。
「
刹那、母様がアウローラから放たれた激流に蒼き焔の鎖を絡み付かせる。
「余所見をするなよ。妬けるだろうが」
母様の言葉と共に、アウローラの放った激流は幻の様に一瞬にして蒸発した。
「――脆弱ッ!!」
大量の水が蒸発し、蒼き焔の鎖がまるでアウローラへ向けた砲身の様になると、そこを通すようにヴェンダー君が対物ライフルを放った。
放たれた弾丸はアウローラの眉間の部分を撃ち貫き、貫通した箇所から亀裂が入り、アウローラの頭部が半ば砕け散った。
私とアリアは、その銃撃の結果も驚いたが、ヴェンダー君がガレオンの異能を使った事に、目と口を丸くした。
「ヴェンダー君が『脆弱』……?」
「――!? ヴェンダー!!」
銃弾を放ったヴェンダー君が、顔を青くし荒い息を吐きながら胸を抑えている。
「異能制御が……できていないようですね」
アリアは今にも気を失いそうなヴェンダー君を見つめながら、口を開いた。
「おそらく……何らかの形で、ガレオンより異能を受け継いだと見ましたが、ヴェンダー自身がまだ異能を行使する事に、慣れていないのでしょう」
アリアの分析に私も無言で首肯する。
やがて、ヴェンダー君はよろめきながらも立ち上がると、私の隣に歩いてきて……途中で失神した。
「くそ……。失敗作の分際で、僕に仇なすなんて……」
「貴様が見下した異能者に、足を掬われた気分はどうだ? 少しでも慚愧の念を感じながら、死ぬがいい」
――母様と戯神が剣戟を始めだした。母様が大剣に纏わせた蒼き焔は、相当な熱量の筈だが、それと激しく打ち合うアウローラの剣は、一向に赤熱も変形もしていない。
なにか特別な素材を使用しているのかは分からないが、通常の武器であれば、とうに形を失っていておかしくは無いというのに。
剣を振るう合間に時折、無事な機銃から銃弾が発せられるが、大剣の腹を使い受け流したり、水覇の歩法を使いながら的を絞らせないように、母様は回避する。
「ヴェンダー……大丈夫ですか?」
「……」
傍らでは、アリアがヴェンダー君を抱き起こしているが、ヴェンダー君は完全に意識を失っているようだ。
私が命気を使い過ぎて強い疲弊をしているのも、ヴェンダー君の様に失神する一歩手前の状態なのだろう。
やはり、母様に戯神を討ってもらう他ない……。
アウローラからは時折、高圧水流と鎌鼬の様な真空の刃も発せられ、母様はそれを蒼き焔と大剣を使い捌き続けながらも、蒼き火球を繰り出し、確実にアウローラを損傷させている。
「
母様はアウローラの剣を弾き飛ばすと、自らの大剣に蒼く輝く焔を纏わせた。
「
母様は蒼く輝く大剣を渾身の力で振り抜くと、巨大な蒼き焔の刃が、アウローラの肩から剣を持っていた腕部を一気に切り飛ばした。
これでアウローラは両腕が使えなくなった……!
「勝てる……! 流石は母様……」
「……」
母様の攻勢に、私は喜色を出したがアリアは心配そうな面持ちで母様に視線を送っていた。
その時――。
「大したものだね……キミ、ホントに異能者? 実は火の起源者とか言わないよね?」
「そんな大層なものではないさ。……私は、ただ貴様を滅ぼすだけの者だ」
「まるで、鬼か羅刹か……。でも確かに、このままだとやられちゃいそうだね」
「……なにか、まだ手があるとでも言いたげだな」
「まぁ、ね。使うと、少しでも弱体化するから、使いたくはなかったんだけど……ね」
アウローラから聞こえる戯神の声に、アリアが目を見開く。
「ま……さか」
次の瞬間、白銀の輝きがアウローラを包み込んだ。
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