第八十ニ話 皇都、赫く赫く燃ゆる


「リノンは、下がっていて下さい。巻き込まれれば危険ですので」


「アリ……ア……通信、端末を……」



 今の私は、確かに足手まといでしか無い……。だが、此処に紅の黎明の誰かに援軍に来てもらえれば……!

 震える手で端末を受け取り、ほうぼうの体で戯神とアリアから距離を取る。

 私が十分に離れたところで、アリアが手に持った槍に水流を纏った。


 やはり地下で戦ったイドラと同じく、元のアリアの行使していた力とは比較できない程弱い力だ。

 アリアが戯神の駆る、アウローラと呼ばれるオリジンドールに向けて跳躍し、その槍を突き出すが、アウローラの装甲はかつてヴェンダー君の乗っていた、アルナイルと同質の装甲の様だ――。たしか、フォーリア鋼とか言っていたか。

 あの白磁の様な質感を持つ金属は、かなりの硬度を持っていた。

 命気を使わなければ、いくら刃筋を立てて刃を入れようが、私にも断ち切る事は難しかったと思う。



「いそ……がないと」



 私は使い慣れない端末を起動させる。

 (なんだ? ミエルさんから連絡が来ていたみたいだけど……地下で応答ができなかったのか)


 私はミエルさんに通信を試みるが……応答しない。あのミエルさんが簡単にやられるとは思えないから、おそらくは戦闘中なのかもしれない。



「く……」



 他の連絡先は……イーリスおば様と、ヨハンさん、ルーファスさんと、ユマさん……部隊長、副部隊長クラスは全員居る……。

 そして最後に出てきたのは――。



「母……様……!」



 母様ならば、戯神相手にも遅れをとるとは思えない。

 私は端末を操作し、母様に通信を試みる。甲高い呼び出し音が鳴り続け、程なくすると凛とした母様の声が私の耳に届いた。



「私だ」


「母様……ごめん。ちょっと、下手を打っちゃった」


「リノンか? 無事か? 簡単でいい。状況を教えてくれないか」


「私は、大丈夫……。ちょっと、力を使い過ぎただけ。でも……アリアは……」


「アリアは無事なのか?」


「二人共生きてる。……けど、アリアは力の源を、戯神という奴に、奪われてしまって……」



 端末越しにも、母様が息を呑んだのが分かった。



「戯神か……分かった。私の担当していた方面は状況終了している。今から、そちらに向かう。座標を送信してくれ」


「これ、かな?」



 私は通信端末の自座標の共有という項目を操作し、母様に座標を送信する。



「よし、先程バイクを調達した。もう数分でそちらに着く――」



 突如、通信端末越しに大きな爆発音が轟く。



「母様?」


「く……こちらは無事だ……。突然、都市のあちこちで爆発が起きた様だ。お前達は気にするな。この通信を終えたら、私から各部隊長に連絡し対応させる」


 

 ――更に端末越しに爆発音が響き、遂にはここからでも皇都のあちらこちらで火の手が上がるのが見えた。



「少しの間……なんとか保たせてくれ。私が行くまで、必ず生き延びろ!」


「分かった……。ありがとう……母様」


「いいさ。親には頼るものだ。……ではな」



 母様からの通信が途絶えると、遂には私達の居る工業地帯でも爆発が起こり、火の手が上がる。



「なんなんだ……一体」



 私は端末をコートにしまい、周囲を見渡すと、黒煙と赫き炎が皇都を焼いている。

 まるで大気が震える様な音を出し、家が、町が、城が、大火に包まれ燃えていく。


 ――彷徨う様に視線をアリアと戯神の戦いに戻す。


 アリアは跳びまわりながら、槍に氷の刃を錬成し、大剣の様にしてアウローラへと攻撃を仕掛けている。

 しかし、例の装甲を切り裂けず、逆にアリアの氷の刃が砕け散った。



「惨めなものだねぇ〜……アリアンロード。起源紋が無ければキミと云えど、ここまで無力になるなんてね」


「黙れ……!!」



 アリアが一際大きな氷の刃を錬成する。その大きさは家一軒分ほどの長さにもなるだろうが、かつてアルカセトの戦争で見た百メテルを優に越す氷の大剣からは、見る影もなかった。


 氷の刃を大きく振りかぶりアリアが跳躍し、横薙ぎに一閃すると、アウローラもまた、背中に装備されていた翼の様な形の鍔が付いた長剣を一気に抜くと、アリアを空中で薙ぎ払い、積み上げられていた廃タイヤの山へと吹き飛ばした。



「アリア……!!」


「今の君じゃ、このアウローラには、傷一つつけられないよ。……いい加減無駄だということに気づいたらどうだい?」



 廃棄物の山から、よろめきながらもアリアは立ち上がる。

 美しいプラチナブロンドの髪は、ばさばさに乱れ、人形の様に整った顔も、鮮血で朱に染められている。漆黒のコートや喪服の様なスーツもところどころで破け、そこから覗いた肌も血に濡れていた。



「はぁ……はぁ……」



 満身創痍の体で荒く息を吐きながらも、闘志と殺意が強く込められた双眸は、爛々と輝き、諦めるという事は、一切考えていない事が見て取れた。



「その眼……嫌いだなぁ。僕の邪魔をする奴はいつもそういう眼をする。レイディウムも、レイアも、そしてキミも……!!」



 戯神は、アリアに向けてアウローラの両手を前ならえの様に構える。

 機体の胸の部分が蒼く発光すると、そこから大量の水流が発生し、瓦礫ごとアリアを飲み込んだ。



「自分の力を味わうのなんて、初めてだろう?」



 さらにアウローラが蒼く輝くと、アリアを押し流した水の全てが、瞬く間に凍結した。


 あれは、アリアが得意としていた起源術だ……。 


 赫く燃える皇都を他所に、この一帯だけが静寂と冷気に包まれる。



「アリア……!! アリア!!!!」



 やがて冷気の靄の中から、氷漬けのアリアが表れた。

 アリアは身動きを封じられていながらも、爛々と意志の輝きを持った瞳で前を見据えていた。



「だから……その眼を止めろって言ってるだろ!!」



 戯神が高く長剣を振り上げる。


 アリアを氷ごと砕くつもりか――!!



「止め……ろ!!」



 太刀を杖の様にして、無理矢理身体を起こす。 

 動け、動け、動け――!

 なにが、豊穣の力だ。こんな時にすら役に立たない力なんて……。

 動け、動け、動け――!!

 レイアだかなんだか知らないけれど、自分の娘がやられそうになってるんだぞ……!

 力を……貸せよ――!!!


 胸が、突然強く脈動したかと思った瞬間、私の身体を白銀の命気が包み込んだ。



「なっ――!?」



 もはや枯渇し、まともに動く事すらできなかった身体が、再度活力を取り戻す。

 これが、鼬の最後っ屁なのか、火事場の馬鹿力なのか……それとも、私の中のレイアの魂が力を貸してくれたのかは分からない……。

 ――だが、これが一瞬の力なのは分かっている。


 理解と同時にアウローラへと、一足で間合いを詰める。


 ――水覇一刀流歩法、瞬・孤月またたき・こげつ


 捻りを加えた踏み込みで、アウローラの股下を一気に潜り抜けながら、アリアを背後にしてアウローラと対峙する。



「何――」



 戯神は長剣を振り下ろしながらも、私に気が付いたようだが、もはや遅い。


 太刀を腰溜めに構え身体を捻り、両脚を広げ、真上から振り下ろされる長剣に向け跳躍する。

 

 ――水覇一刀流攻の太刀三の型、水天すいてん


 捻転を解放し、遠心力を利用しながら真上へと斬り上げる。


 長大な長剣と私の太刀がぶつかり合い、強烈な手応えを感じた後、刃を一気に真横に引く。

 大量の火花を散らしながら振りぬかれた太刀は、アウローラの長剣を半ばから叩き斬った。


 更に太刀を振りぬいた慣性を利用し、そのまま空中で回転しながら、太刀に白銀の命気を纏わせる。


 ――我流、風花かざはな


 白銀の命気の斬撃をアウローラに向けて飛ばすと、戯神は風花による斬撃をアウローラの左腕で防御したが、風花による斬撃はアウローラの腕を深く斬り裂き、前腕の半ば程で腕を切断した。


 私は更に追撃するべく、もう一度太刀に命気を纏わせようとするが――突然、身体を覆っていた白銀の命気が嘘の様に消え去った。


 (く……ここまでか……)


 受け身も取れずに、私はそのまま地面に落下した。

 うつ伏せに地面に伏した私は、先程までと違い、今度は全身が完全に力を失い、起き上がることすら容易ではない。

 がくがくと震えながら顔を上げると、アウローラが再度、私とアリアの前に佇んでいた。



「全く……びっくりさせてくれるね。豊穣の力の残りカスと侮っていたけど……やっぱり油断はできないな」

 

「ぐ……」


 

 戯神は、アウローラの右手で私を掴もうとその手を伸ばして来た。


 ――ここまでか。



「どうやら、間に合ったようだな」



 母様の声が聞こえたかと思うと、私の目前に迫っていたアウローラの手が大きく弾かれ、アリアを凍らせていた氷が一気に焔に包まれた。








 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る