第八十一話 起源者と異能者


「あーあ、首を斬り落とすなんて、ホントに酷いもんだよね」


 戯神は苦々しく口元を歪め、自らと同じ顔の首を拾い上げ眺めた。

 かと思えば、私とアリアに向けてその首をこちらに見せつける。


「よくできてるでしょ? 四大起源テトラ・オリジンならぬ、二大戯神デュアルローズル!! なんてね〜」


 戯神は何が楽しいのか、へらへらと笑っている。


「地下で殺した貴様の眷属体にせものも、もう一体いたということか……!」


 アリアは事情が分かっているようだが、つまり先程、私が首を刎ねた戯神はニセモノだった。と言う事か。


「そういう事だね。流石にもう居ないから警戒はしなくていいよ?

 今ここに居るのは正真正銘の僕さ」


 この男の口ぶり……。全く持って信用は出来ない。


「ま、それはともかく僕の実験体達も、呆気なかったな〜。

 やっぱり、起源者を創るとなると、アーレスの人間じゃ駄目なのかもね」


 戯神は私が頭を蹴り殺した男の死体を眺め、呟いた。


起源者オリジンを……創る?」


「ん? そうそう。でもね〜……なんか、力が馴染まないんだよねぇ。無理矢理パスを繋ぐと、何故か人格に影響が出ちゃったりしてねぇ。

 そこのアリアンロードみたいには、ならないんだよ。

 まぁ元々が良かったとはいえ、ジュリアス君の時が一番上手くいったんだけど、それでもアリアンロードと同等位かなぁ」


 そういえば……地下で戦ったアイザリアも、『毒の起源』と名乗っていた。

 あんなのが、うじゃうじゃ居るとしたら恐ろしい状況だ。


「できれば、シオン君も弄りたかったんだけどね〜。でも、彼と顔を合わせれば殺し合いになりかねないからね。

 まぁこの研究あそびはここまでかな。力の弱い下等な異能者でも、夢を見れただろうし彼等も本望だろう」


「貴様自身が異能者の身であるというのに、異能者を下等と蔑むのか」


 アリアは戯神に向け鋭い眼差しを向ける。


「ん〜? まぁ僕は別だよ。だってそこらの異能と僕の異能は次元が違うからね。

 そうだね……。良い機会だ。ちょっと講義をしてあげよう」


 戯神は白衣のポケットから、教鞭を取り出すとそれを伸ばし、何も無い空間を挿す。


「リノンちゃんは知らないと思うけど、このアーレスの今の文明の開祖はね、テラリスにあるムーレリア大陸の首都に住まう者達だったんだよ。

 今の世では考えられないだろうけど、当時のムーレリア人はね、全員が異能者だった」


「全員が……?」


「うん。でもアーレスでは、代を重ねる毎に異能者が生まれづらくなっていってねぇ……当時の文明は崩壊しちゃったんだ」


 語る戯神の顔には、ほんの僅かだが郷愁の色が見える。


「皆、藻掻いてたよ。今まで便利に使っていた物が機能しなくなっていって、遂には弓で獣を射て、畑を耕して作物を得る所まで、文明は後退した。

 でも、何千年も経って今みたいな文明を築けるなんて、ヒトの力も捨てたものじゃないよね?

 あ、ゴメン脱線しちゃったね〜。とにかくだ。この星……アーレスは、異能者の力を徐々に弱体化させる力がある。

 それをこの星に為したのは、他でも無い『豊穣の起源者』レイア・アウグストゥス・アウローラ。

 ……いわば『キミの起源』となった者だ」


「…………」


 ――また、レイアか。

 嫌な感覚だ。私の知らない所で、様々な事が起きて、それに私が知らない内に関与している様な……責任だけ負わされるような、そんな感覚。


母さんレイアが異能者を衰退させただと……? 何を馬鹿な」


「いいや、真実だよ。レイアは闘争を無くす為に異能者の力を減衰させる結界を、このアーレス全域に施している。

 僕としては、第二のレイディウムみたいなのが生まれても厄介だったから、レイアの決めた事に意見をしたりはしなかったよ。

 ……それに、僕は普段は老いないように時間停止の異能を自分に施しているから、僕に対してその力の影響は殆ど影響は無いしね」

 

「だが、貴様の他に、アーレスにも強力な異能者は居るだろう。

 それこそ、サフィリアやスティルナの様な」


 アリアの問いに、戯神は頬を緩ませ喜色を現す。


「いい質問だねぇ〜アリアンロード! キミの質問にお答えしよう!

 確かにレイアの封印結界が行使されてからも、凄く強い異能を持つ者は居たよ。極希にだけどね。

 それでもレイアの封印によって、異能者が生まれる確率も恐ろしく下がり、仮に異能を持って生まれたとしても、自らを極限まで追い込み鍛え上げる様な人間が出ない限り、異能力はどんどんと減衰していくのさ。

 あぁ……でも、多分リノンちゃんのママは、この星に僕等が移ってからの歴史上最強の異能者だと思うよ。

 ああいうのは、本当のイレギュラーだけどね」


「何なの……それ……」


 戯神は舌が軽く弁舌に語るが、私は、もはや理解が追いつかない。

 

「キミのママさんが筆頭だけど、このアーレスで異能を成長させる者っていうのは、戦う事に執念を持って、常に自らを鍛えているような人間なのさ。

 そんなの普通の人間じゃない。闘争に支配されていると言ってもいい」


「……争いを引き起こす貴様がその様な事を言うのも、滑稽な事だな」


「心外だなぁ、アリアンロード。僕は、僕が楽しく生きる為に全力を尽くしているだけだよ。

 その為に必要なら、戦争だって起こすし、キミの力を奪いもする……それだけの事さ。

 おっと、また話が脱線しちゃったね〜。僕の悪い癖だ。

 ま、そういう事で僕に言わせれば、一部を除いて、このアーレスの異能者っていうのは下等なのさ。

 だから、弱い異能者の異能の根源……まぁこれに関しては、起源紋と理屈は同じなんだけど、その異能の根源から直接力を引き出せる様にしたのが、僕の創った起源者って訳さ。

 でも、眷属体のキミに負ける様では完成に程遠いみたいだけどね」


 戯神はアリアの瞳を見つめながら、たいして面白くもなさそうに話を続ける。


「結局の所、レイアの封印がある上に、衰退したアーレスの異能者では、四大起源キミたちレベルの起源者は創れないんだよねぇ。

 まぁ、リノンちゃんのママあたりなら、本来のアリアンロードを超える程の力を得るかもしれないけれど……ね。

 さ、僕のありがたい講義はここまで! アリアンロードの起源紋も貰ったし、この場でやる事はあとはキミだけだよ。リノンちゃん」


「――ッ!」


 戯神は私に、ゆっくりと歩み寄って来るが、まともに太刀も握れない現状では、私には為す術もない……。

 命気を纏おうと、意識はするものの、もはや枯れた様に力が湧き上がって来ない……。


 ――くそ、動け! 


「く……そ」


「大丈夫だよ。殺しはしないさ……今はね」 


 戯神が白衣のポケットに手を入れたまま、私を見つめてくる。

 その無機質に感じる瞳には、私に感じ取れる感情は浮かんでいない。まるで混沌を映しているかの様に、只々、自らの欲が渦を巻いている。


「それ以上、リノンに近寄るな」


「アリア……」


「ふぅ〜。……今のキミが、僕とアウローラに勝てるとでも思ってるのかい?」


 戯神は、面倒そうにアリアを見据える。

 一方のアリアの眼差しには、まだ強い意思が宿っている。


 ――アリアは腰を落とし、槍を構える。


「勝てるか勝てないかではない。例え力を貴様に奪われていようとも、貴様が私の敵だという事に変わりはないのだから」


「……そうか、ならその身に刻みつけてあげよう。この、アウローラの力をね」




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