第八十話 皇都血戦 56 Side Safilia


「私が起源者だと? フ……笑わせるな。私は正真正銘、只人だよ。

 ……少々、力に貪欲なだけのな」


「だが貴様のその力……説明が付かん。異能者の理を超えているとしか思えぬ」


「人は、強くありたいと願えば、何処まででも強くなれるものさ。

 仮初の……なんの努力もせずに得た力。その様な物に頼り縋る者が、真の強者たり得る道理は無い」


「言わせておけば……無礼な!!」


「自覚している時点で、この話は貴様の負けさ」


 口では勝てぬと思ったか、皇帝は地面に大剣を突き刺す。

 床板が盛大に破裂し、瓦礫が散弾の様に私にむけて殺到する。


 (――戯神の関与が確定した以上は、もはや、もたもたと戦ってはいられんな)


 私も皇帝と同じ様に、足元に大剣を突き刺す。


蒼焔吼そうえんこう


 突き刺した鋒を始点に蒼き焔が拡がり、皇帝の爆裂によって発生した瓦礫の散弾を呑み込むと、一瞬にしてそれらを灰にし、そのまま皇帝とグレンを滅ぼさんと進撃する。

 

「陛下、お下がり下さい!!」


 グレンが鋼鉄の壁を錬成し、蒼き焔の盾とするが、蒼焔に触れた鋼は瞬く間に炙られその形を失っていく。

 

蒼輝煌焔そうきこうえん


 大剣を床から抜き、担ぐ様に構えると青く輝く集束した蒼焔を大剣に纏わせる。


 私は、何ものをも食い破る蒼き焔に恐慌する皇帝に向け口を開く。


「皇帝よ。貴様の力は、確かに異能者よりは強力なものだが、起源者オリジンという存在には、程遠いものだよ。名の如く、悪戯あそばれたのさ。戯神ローズルにな」


「くっ……貴様…………!!」


 皇帝とグレンに向けて焔の顎を開き、迫る蒼焔吼を解除する。

 もはや、彼等を存在ごと焼き尽くす程に迫っていた蒼き焔は風に花弁を散らす様に霧散する。


「さて……私が全力を出せば、貴様等では対処できん事がこれで理解できただろう。

 貴様等は確かに強い。だが……相手が悪かったな」


 皇帝は歯噛みし、苛立ちを抑えているのが見て取れる。一方グレンは、冷静になにか策はないかと思案を巡らせている様子だが、私が構える大剣が先程の蒼焔よりも、更に集束され輝く焔をもう一度纏っているのを見れば、分が悪い事は十分に理解できている様だ。


「投降しろ。そして、この度の戦争の敗北宣言をする事だ。そうすれば……この焔が貴様等を、そして皇国を灰燼となす事は無い」


「陛下……!! どうか、ご英断を……!」


 グレンは必死の形相で皇帝に投降を促す。それが正解だ。敗北か死か……それしか選択肢がないのであれば、なにも無意味に死ぬ事は無いだろう。

 確かに彼等は、普通の人間からはかけ離れた力を持っている。強き者が民を率いるというのは世の中には必要な構図だ。

 その力が、金であるか武力であるか、それとも求心力であるかは何でも良い。

 この皇帝はそれら全てを持った人物であるかもしれない。

 だが、圧倒的な暴力というのもまた、確かに存在する。それの矛先が自らに向いた時、決断をしなければいけないのだ。……築いたものを守りたいのならば。


「我は……起源者オリジンであるぞ! 何故それなのに、下等な異能者等に頭を垂れ、敗北を認めねばならぬ!? 認めぬ……我は認めぬぞ!!

 戦え!! グレナディアよ! 皇国の為に!! 我の為に鉄を振るい血を纏え!!」


「陛下……」


「『鉄血のグレン』……今一度問おう。異能者をも下等と罵るののしる者が、力無き民衆を率いれると思うのか? かつてはそこの皇帝も賢君と呼ばれた事は知っている。……だが、今のその男は野心と力に塗り潰された、憐れな老人の様にしか、私には見えんがな」


「貴様ああああァァァッッ!!!!」


 激昂した皇帝は、私に向けて突貫する。鋼の大剣を上段に振りかぶり、大剣にはおそらく『爆裂』の力が込められているのだろう。


「――残念だ」


 私は腰を落とし、大剣に纏わせた蒼き焔を皇帝に向けて放出しようとして――動きを止めた。

 皇帝の持っていた大剣が、一瞬にしてその形を変え、皇帝の両腕と両脚を絡め取る。

 動きを阻害された皇帝は、歩を進めることができず、突貫の勢いのままに激しく地を転がった。


「申し訳ございません……陛下……」


「何故だ! 裏切ったかグレナディアよ!!! 我に生き恥を晒せと言うのか貴様ああッ!!!」


 がくりと膝を付き、頭を垂れるグレンに対し、皇帝は額に脂汗と青筋を浮かべ絶叫する。


「それで正解だよ。グレナディア・ブラドー。何者であろうと、無意味に死んでいいものでは無いさ」


 死が常に傍らにある傭兵という仕事をしていれば、生命というものの考え方はシンプルになってくる。

 生命とは、重いが軽いもの。


 誰かにとっては、死のうがどうでもいい人間でも、誰かにとっては大切な人間でもある。

 生命の重さは、人によって感じ方が違うのだ。

 

 私は、死んでもどうでもいい人間は居ないと思っている。

 ――リノンを授かったあの日から、親が託した希望を背負うのが子なのだと知ったあの時から、この世の誰もが誰かの想いを背負って生きているのだということを、学ばされたのだ。


「つまらぬプライドは捨てよ。皇帝。貴様の生命は、この国を、そして国に生きる民を背負っているのだろう。

 貴様が個人の感情に生きる様では、貴様はもはや、皇帝とは言えないのではないか?」


「…………」


「陛下……。不敬ながら具申させて下さい……! 陛下でなくば、この国は再興できません。陛下がもしこのアーレスを統べるお気持ちがあるのであれば、このグレナディア。その日が来るまでお供致します。いずれ、サフィリア殿にも負けぬ力をつけると誓ってみせます……故に、どうか……!!」


 この男の方が皇帝に向いている……等とは思わんが、この様な者が傍らに立っているというのは統治者として幸福な事だ。

 

「皇帝。貴様は確かに傑物だ。この世にこれ程武人として完成された統治者はおらんだろう。

 だが……組んだ相手が悪かったな。戯神とは金輪際手を切る事だ。もっとも、戯神はここで紅の黎明われわれが滅ぼすが」


「……戯神ローズル……あの者の力は底知れぬぞ。それこそ、貴様の様にな」


「奴は、友の仇だ。例え刺し違えてでも滅ぼしてみせるさ」


「……分かった。我は降伏を認めよう。だが、条件がある。皇都にこれ以上の害を及ぼすな。それと、グレナディアの生命も保証しろ」


 力に溺れていたかと思ったが、存外冷静な所も残っていたようだ。

 持っていた力が、より強くなり調子に乗っていたところを叩きのめされたと考えれば、頭も冷えたのかもしれないが。


「善処するよ」


 私は蒼焔を解き、大剣を背に背負うと、グレンが大きく息を吐き出した。


「我々を、捕縛しないのですか?」


 グレンが私に問いかける。


「生憎、急がねばならんのでな。両の手足を叩き折って、動けなくしても良いが、必要か?」


「い、いえ……」


「信用する訳ではないが、もし我々に再度、何らかの危害を加えるのであれば――」


 私は右腕を真上に掲げ、紅の焔をエントランス一面に向けて放出する。

 紅炎が皇城の天蓋を突き破り、星々を焦がすかの様に彼方の天へと伸びて行く。


「我が焔が皇都全域に広がり、この国そのものを、焼き尽くすと思え」


 掲げていた腕を下ろし、放出した焔を霧散させる。

 ちりちりと舞い散る火の粉が、我々に降り注ぎ、皇帝とグレンはその顔を青くする。


「何もせずに、我々がローズルを滅ぼすまで此処に居る事を勧めるよ」


「……化け……物か」


 皇帝が驚愕と共に悪態をつくが、その手の罵りは聞き飽きている。

 対してグレンは、唾を飲み無言で頷いた。


「最後に聞かせてくれ。戯神はどこに居る?」


 皇帝と戯神が協力関係にあったというのなら、居場所くらいは知っているだろう。

 流石にこの皇都を、人一人探して走り回るのは骨だし、ぐずぐずしていれば、誰かが戯神の手にかからぬとも限らない。


「戯神ローズルは、皇都西部郊外の工業地帯……そこの地下に研究棟を作っている。……おそらくは、そこに」


「一応聞くが、偽りは無いな?」


「ああ。貴様に負けを認めた時点で、もはや我はかの者の協力者とは言えぬだろう。

 ……こう惨めに転がる自らの姿を想像すれば、何故あの者の企みに賛同したのかも分からぬ程だ」


「気に病むな。あの者はそういう存在だ」


 関わる者は奴に都合良く操られ、最後には捨てられるだろう。

 レイアも言っていた。戯神は利己的な存在だと。……だが、人類に必要な存在でもあるとも言っていた。

 私は、そうは思わない。あの者は滅びたほうが世の為になると確信している。少なくとも、友を殺した事を許すつもりは無い。


 ――私にとって、戯神の生命は、何よりも軽いのだ。


「私は行くよ。……ではな」


 踵を返し、皇城から出るように歩を進めると、「早くこの拘束を解け、グレナディアよ!」「も、申し訳ありません!!」等と二人の会話が聞こえる。

 ――おそらくは、下手な真似はしないだろう。


「さて、西部の郊外……だったか」


 ──私は歩みを進め皇城の正門を出ると、そこにはシオンが立っていた。

 多少動ける程度には回復しているようだが、戦闘を行えるような状態には程遠そうだ。相当な消耗が容易に見て取れる。


「勝ちましたか。団長」


「あぁ。なんとかな。

 それより……まだ居たのかお前。早く自分の団に撤収命令を出して、撤退しろ。まぁ……金はそれなりに請求するが、拘束や処刑などをするつもりはないからな」


「あぁ、ジルバキア傭兵団ですか。あれは、名前だけの団長ですから、僕にそんな権限はありませんよ」


「なんだと?」


 私の疑問に、シオンは申し訳なさそうな顔をする。


「僕はジュリアスに、この団に参加すれば団長と戦わせてやると言われて、それに乗っただけです。

 ……どうも、僕の名前を使って団員を集めたかったみたいですね」


「……では、ジュリアスが指揮をとっているのか?」


「いえ、ジルバキア傭兵団はオーナーが居るんですが、団員達の指揮はその方が執っていますね」


 ……なんだ。このなにかが引っ掛かる様な感覚は。


「シオン、オーナーというのは、何者だ」


「皇国の研究者で、ロプト博士という人らしいですね。……まぁ、ジュリアスは会ったことがある様ですが、僕は会ったこと無いんですよ……ね……って団長?」


 シオンの話の途中から、私の表情はおそらく険しくなっていたのだろう。シオンが私の様子の変化に戸惑いを覚えている。


「そいつは、戯神だ」


 歯噛みしながら私が言えば、シオンの目がみるみるうちに驚愕に見開かれていく。


「な……戯神って……団長とスティルナさんに傷を負わせて、レイアさんを殺した……あの!?」


「ああ。……まさか、ここでも絡んでいるとはな。お前に顔を見せなかったのは、お前が戯神のことを知っていたからだろう。ジュリアスはよく分からんが、知っていてお前には伏せていたのだろうな」


「そんな……」


「私は、今から戯神を滅ぼしに行く」


「僕も……! 僕も行きます!!」


 シオンは、私と共に行く事を望んでいるが、この状態のシオンでは、かえって足手まといだろう。


「その状態のお前が来ても、戦えんだろう。悪いが連れては行けん」


「く……」


「案ずるな。私は……紅の黎明われわれは、必ず勝つさ」


 私はシオンの肩を叩き語り掛ける。


「お前は、傷を癒せ。そして、そうだな……お前に対する賠償だが、そのうち私の娘と戦ってやってくれ。一対一なら、相当にやるぞ? 疾さもお前にもそう劣らんだろうし」


「団長……」


「しつこいな。知っているだろう? 私は話の長い奴は嫌いなんだ。じゃあな」


 シオンの肩を微笑いながら再度叩き、歩を進める。


「必ず……!! 生きてください!! 団長!!」


 私は振り向かずに、腕を挙げてシオンへの返答とする。


 そして呟く。


「任せろ」





 

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