第七十九話 皇都血戦 55 Side Safilia


 私の生み出した焔は、決してぬるい温度では無い。目を開けていれば眼球は爛れ失明し、息をすれば肺を焼く。

 しかし、皇帝は華美な装飾の施された大剣を振りかぶり、高温の焔に敢然と飛び込んだ。


 ――直後、強力な爆風が発生し私の焔が爆ぜ散る。紅き焔の花弁を散らし、熱と風のみが周囲に拡散した。


「……」


 『爆裂』と言っていただけあって、やはり対象を爆発させる様な類の異能か。

 それは予想通りだが、私の『焔』を簡単に爆ぜ散らしたという事は、今の皇帝の『爆裂』の異能展開力が私を上回っていたという事だ。

 それ自体は特に問題は無い。私が放ったのは様子見の焔ではあった。

 しかし、皇帝が『爆裂』に用いた異能展開力は、私の焔を打ち破る事が出来る程度の展開力だった。

 これはすなわち、皇帝は私が焔を放出するにあたり込めた力を正確に見切った。もしくは何かの力を用いて感じ取った。という事だろう。


「どうやら、一筋縄ではいかぬようだな」


「ふ……今の我の『爆裂』を見ただけで、何かを悟ったか。流石は世界最強と持て囃さやれるだけはある……。しかし、我だけにその賢眼を向けるのは、愚かなことであるぞ?」


 皇帝が私の焔を吹き飛ばした爆風に乗り、高く跳躍したグレンが、頭上からハルバードを振り下ろしてくる。


 跳躍の落下による慣性と、超重量武器の重さ、そしてグレン自身の膂力が込められたその一撃は、まともに受ければ人間等、とても原形を留めぬであろう破壊力を秘めているのが想像できる。


 ――水覇一刀流歩法、瞬・海嘯またたき・かいしょう


 私は、我が夫にして好敵手の得意とする歩法を使用し、僅かに半歩分、瞬く間に後ろに後退する。

 間合いがずれ、僅かに空振る軌道となったハルバードの振り下ろしの先端に、大剣の柄尻を添える。


 ――フォルネージュ流大剣術、月輪がちりん


 グレンの強力な振り下ろしが私の柄尻にぶつかり、その衝撃力を利用した私の大剣が半円の軌跡を描きながら超速で翻り、グレンの肩口に吸い込まれる。

 

 しかし、鎖骨を半ば程まで裂断した所で、真下から鋼鉄の柱が突き出し、私の大剣を真上に撥ね上げた。


 ――これが、グレンの異能『鋼』による事象なのは、明らかだ。


 大剣を真上に撥ね上げられ、片腕で万歳をするような体勢になった私の腹へと、間髪入れずにグレンが拳を叩き込んで来る。

 私は、それに合わせ自らに突き出されたグレンの腕の尺骨神経を狙い、膝で腕を蹴り上げる。


「ごあっ!?」


 腕の痺れと衝撃にたまらずグレンは悲鳴を上げる。

 膝蹴りにより上げた脚を、地を抉る程に強く踏み込み、さらにグレンの胸部に肩を当て、その衝撃と私の体重をグレンの胸部に伝達させる。


「はぁッ!!」


「――ッ!」


 身体を密着させた状態から、車に撥ねられたような衝撃がグレンを襲うが、硬質な感覚が私の肩に残り、グレンは数メテル程吹き飛ばされるにとどまった。


「異能を用いて、防いだか」


 いつの間にか、グレンの衣服の下に胸甲のようなものが現れていた。

 そして、吹き飛んだグレンと入れ替わる様に、皇帝が黒い影となり、大剣を突き出しながら疾走してくる。


 ――武器の質量を活かした突進攻撃。


 皇帝が突き出した大剣に対し、私も大剣を合わせ、皇帝の突貫を横に受け流していく。


「老骨の分際で、疾く走るものだな」


 皇帝は力のベクトルを変えられながらも、私の大剣を強引に弾こうとするが、私はそれを許さず競り合う形になる。


「貴様こそ、驕りがすぎるのではないか?」


「何――」


 直後、皇帝の大剣から爆風が生じた。


「ぐっ――!?」


 突然の衝撃に、私は大剣を持つ手が翻り、自らの肩口にその刃を立てた。

 傷は浅く、戦闘に支障は無いが、皇帝の術中にまんまと嵌った己の浅慮を悔いる。


 私は一度間合いを取ろうと、バックステップを取るが、それは悪手だった。


「チッ……!」


 グレンによる鉄の槍が地面から木々の様に発生し、後退する私の背を襲う。

 仮に刺されば、五体の全てに風穴が開き、即座に死に至るだろう。


 私は自らを中心に全周囲に向けて、白き超高熱の焔を広げる。


灼華焔しゃっかえん白蓮はくれん


 白焔を浴びた鋼の槍は、一気に赤熱し形を失った。

 私を追撃しようと構えていた皇帝も、この熱量の中に突っ込んで来る程、馬鹿でも無いらしい。


 私の『焔』の異能は、発生させる焔の色が赤、黄、白、青、そして蒼黒の順に熱量が高い。

 赤き焔であれば、皇城の敷地等よりも広く展開させる事は出来るが、青き焔であれば周囲十メテル程までの展開範囲となる。

 威力が高い程に、制御に気を割くのは当然だが、白色以上の熱量を発生させると、中々に異能力の消耗が大きい。無理矢理に広範囲展開させる事も出来るが、制御も広げる程に難しく力の消耗を考えればデメリットの方が大きい為、行う事は無いが。


「どうやら異能に関しては、貴女との相性は最悪ですね……」


 グレンは私の焔により形を失い、液体化し制御を失った自らの異能の成れ果てを見て、表情を険しくする。


「無意味ではないさ。何でもものは、使いようだ」


 皇帝は、小声でグレンに何やら指示をする。

 ……ふむ、何か策を弄してくるか。


 「灼華焔しゃっかえん金盞花きんせんか


 赤と黄の中間程の熱量を持った山吹色の火球を二十程生み出し、皇帝とグレンに向けて放出する。

 二人はそれぞれ火球を大剣とハルバードで切り裂いていき――やがて武器を取り落とした。


「ぐ……。品の無い技だな。武器に熱を伝導させるとは」


 手放した武器がそれぞれ地面で、溶解していく様を見ながら、皇帝は憎々しげに私に口を開いた。


「傭兵に品性を求めるものではないだろう。我々は所詮、戦争屋だからな」


 私は更に赤き火球を生み出す。


灼華焔しゃっかえん鳳仙花ほうせんか


 二人に向けて更に大量の火球を放つ。


「陛下!」


 グレンが自らの異能で新たな武器を錬成し、皇帝に鋼の大剣を渡す。

 自らもまた、ハルバードを作り出すと、更に前面に鋼の壁が現れ鳳仙花はそれに次々に激突する。


 赤き炎弾は鋼鉄の壁に阻まれ、その表面を赤く炙り火の粉を散らし消滅した。

 応用力、強度共になかなかのものだ。傭兵だったならば、ウチにスカウトしたいと思わせる程に、完成された力量を持っている。


 私は大剣を寝かせ、鋒を皇帝に向けて突撃体勢を取ると、二人の眼前に立っていた鋼の壁が制御を解かれ消滅する。

 そこから、皇帝が途轍もない速度で飛び出してくる。

 よく見れば、高速で伸長する鉄柱を足場にしてその上に皇帝が乗っている。

 皇帝はあまり接敵したくはない相手だ。私に刺突を受け流させない技量もあるし、なにより『爆裂』が厄介だ。異能の特性として展開力が低いのか、直接触れない限りは、その影響が無いことが救いだが。


「かあああああああああああああっ!!」


 裂帛の気合いと共に、皇帝が大剣を振り下ろしてくる。

 まともに打ち合えば、先程と同じく『爆裂』によって私が吹き飛ばされるだろう。


 ──だが。


輝煌焔きこうえん


 大剣に、黄色と白色の間の黄金色の焔を纏わせる。


 鉄柱に乗った皇帝の突撃と、私の大剣が再びぶつかり合う刹那、お互いの異能が炸裂する。


 無色無音の爆発と、金色の焔がお互いの威力を貪り合い、爆風と火焔が周囲に飛散する。

 

 (――輝煌焔でようやく相殺できるレベルとは、本当に想像以上だな)


 私は皇帝とグレンを視線を鋭くして見据える。


「――解せぬな」


 皇帝が自らの『爆裂』を相殺した私の輝煌焔の火の粉を見つめながら呟いた。


「ローズルの話では、起源者オリジンとなれば、異能者等取るに足らぬ存在になると言っていたのだが」


「起源者だと? 貴様がそうだというのか?」


 起源者とは、私の記憶ではレイアとその子供達……アリア等の四人だけだった筈だ。かの戯神ですら、起源者では無かった。


 それが……皇帝が起源者だと? しかも、『なれば』とは……。


「如何にも。我は『爆裂エクリクシィ起源・オリジン』フランヴィル・ダラカニ・テトラークである」


「……また、戯神か」


「ふむ、流石に知恵が回ることだな。……その通りだ。かの戯神により、我はもはや異能者の理の外に居る者。

 ……だが、解せぬ。その我の力を持ってして尚、貴様は倒れるどころか我等を凌駕している様に見える」


 皇帝の言葉に、グレンは呆然としている。おそらくは、皇帝と戯神の蜜月が、皇帝の存在そのものを変えるに至っているとは、思っていなかったのだろう。


「……そうか、読めたぞ。貴様も起源者なのだろう? サフィリア・フォルネージュよ」


「……ふ」


 私は皇帝の問いに、思わず口の端を上げた。





 

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