第七十八話 皇都血戦 54 Side Safilia
テラリス……だと? 夜空の天上に輝くあの蒼き星に至る?
「まさか、星を渡るとはな……耄碌したか。皇帝」
「……傭兵風情が、我に大層な口を利くものだ。
まぁよい。貴様にも教えてやろう。サフィリア・フォルネージュ。
ロプト……いや、戯神ローズルは、かの蒼き星テラリスより太古の昔よりやって来た。その際、このアーレスは赤き錆びた鉄が広がる荒涼な大地の星だったという。
だが、戯神ローズルと共にこのアーレスの地に舞い降りた『豊穣の起源者』の力により、この星は赤き錆びた鉄の星から、自然豊かな星へと生まれ変わった」
――その話は、以前『豊穣の起源者』こと、レイア自身に話を聞いている。
当時は半ば物語の様な話だとも思ったが、レイアはそのような妄言を言う様な者でも無かった。
当時、レイアはテラリスの都市ごとアーレスにやって来たという話だった。
つまりこの移星計画は、レイアと言う存在ありきの出来事だった筈だ。
私の思考を他所に、皇帝は尚も話を続ける。
「当時移星した者達こそ、今この世に住まうアーレスの民の祖先となった。今となっては到底考えられぬ事だが……彼らは皆、異能者であった。ローズルの話では当時の者達の間では、異能者では無い者、すなわち無能力者は全くと言っていい程に生まれなかったらしい。
……そして、彼等は異能を応用した高度な文明を持っていた訳だが、何故かこのアーレスの地では、異能を持つ者が産まれなくなっていった。それ故に異能を応用した文明に頼っていた彼等は、瞬く間に衰退していった。彼等の三代目、四代目の世代等は、酷く原始的な生活を送る事になったようだぞ?
……つまり、この星は人類を退化させる星なのだ」
話が長いと文句をつけたいところだが……。ここは黙して聞くべきだろう。
……だが、それを語った後にはおそらくは戦闘になる。その時にグレンがどう動くか次第では、多少厄介になるだろうな。
「永き年月を経るうちに、ローズルはやがてこのアーレスを、自らを縛る檻と考える様になった。そしてあの者は、かの地テラリスに舞い戻り再び支配者として君臨するべく、計画を立てた。
その依代として資金豊かな我が皇国に巣食ったというわけだ。だがこの我も、あの者の計画の賛同者でもある。
我もローズルと共にテラリスに渡り、ローズルの力によって征服したテラリスの力を持って、我はこのアーレスを完全に手中に収める。……アーレスという惑星全土を統べ、この星の支配者となる為に」
――随分と、凡俗な思考だな。星を渡るという荒唐無稽な事を考えながらも、やる事は他者の力を用いての自星の占領とは……。
テラリス自体に興味は無く、このアーレスに拘る辺りが、なんとも井の中の蛙と言える。
「その為に必要な要素がいくつかある。
「聞き捨てならんな。少なくともその中には、私の身内が二人も該当している。貴様の凡俗な私欲の為に、私は家族を犠牲にするつもりは毛筋ほども無いぞ」
私は大剣の鋒を皇帝に突き付け言い放つ。
「一介の傭兵風情に、国の行く先を憂う我の心の内は分からぬだろうな。貴様が凡俗と罵る事柄であろうと、このテトラーク皇国の繁栄を願う我が身にとっては、切実なものなのだ」
私が何を言ったところで、もはやブレるような思考では無いのだろうが、皇帝には皇帝の、私には私の道理がある。
皇帝はグレンに向け視線を移すと口を開く。
「理解したかグレナディアよ。我は、ローズルの傀儡等では無い。ローズルの賛同者であり、同志。この戦争もテトラークの繁栄を願っての事である。
国に、そして我に対し実直な其方であれば、再度、いや……新たな忠誠をこの我に誓うと信じているぞ」
「私は……」
グレンは我々を見下ろす皇帝に対し、顔を下に向けている。
背中側にいる私からでは、その表情を伺う事は出来ない。
――だが。やがて、グレンは私に対し向き直った。
「私は、軍人。陛下が自らの意志で、国を想い行動されるというのであれば……私は自らの、軍人としての責務を全うするまで」
「ふ……良い返事だ」
グレンがハルバードを手に取り、己の身を捻り、得物を隠す様に構える。
「本当にそれでいいのか『鉄血のグレン』。その道を拓くには、更なる血と屍を積み上げる事になるぞ」
「……それでも私は皇国に、そして陛下に忠誠を誓った身。その誓いに、私個人の感情は必要無いのです」
「愚かだな。何を成すにも、進むために必要なのは、自らの意志だ。他人のそれに自らを委ねる等、寄生虫と変わらんぞ」
「陛下のご意志に従う事こそ、軍人たる我が意志。もはや……そこは退けません」
グレナディア・ブラドーではなく、あくまで『鉄血のグレン』として生きるか。
軍人としての責務が、人としての自由な思いに勝るなど、私には分からんな。
だが、だからこそ私が傭兵で、この男が軍人なのだろうが。
「我に続け。グレナディアよ。鉄血のその名に相応しき武勇、我に見せてみよ」
皇帝が、豪奢な装飾が施された大剣をその手に取り、グレンの傍らに並ぶ。
「まさか、皇帝直々に戦場に出張るとはな」
「まかりなりにも、貴様は世界最強……。我とグレン、二人がかりでも卑怯とは言わせぬ。それにこれは決闘では無い。戦争なのだ」
ごもっともだな。戦争において卑怯も何も無い。殺した側が勝者なのだ。
「良いだろう。受けて立つ。我が焔の前に、灰燼と帰すがいい」
「ふん……。我はテトラーク皇国第四十七代皇帝、フランヴィル・ダラカニ・テトラーク!!!!
我が皇帝家に伝わる『爆裂』の異能の前に果てるがいい!!」
――――!!!!
この気当たり……決して油断できるものではない。皇帝自身が、これ程の力を持っていたとは流石に予測していなかった。
下手をすれば、グレナディア・ブラドーと同レベルの戦闘能力を秘めていておかしくは無い。
だが、敵が何者であろうと、私が為すべき事は決まっている。
大剣に焔を収斂させ、纏わせる。
「果てよ」
私は地面に大剣を突き刺し、そこから焔を解放すると、このエントランスを劫火の海に変えた。
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