第七十七話 皇都血戦 53 Side Safilia


 私が皇城のエントランスに足を踏み入れれば、待ちわびていたかのようにその男は立っていた。

 皇国軍総司令……『鉄血のグレン』と呼ばれる男、グレナディア・ブラドー。

 シオンと戦い、異能の根源に触れた直後で消耗は大きいが、この男クラスの相手であれば、やはり私が戦うのが確実だろう。


 ミエルやヨハン等の部隊長クラスならそう遅れを取りはしないだろうが、実際にこの男と相対した印象では……。やはり紅の黎明ウチの部隊長クラスと同等の力は持っているだろう。



「早々に、貴様に会えるとはな。最早、この戦における大きな障害は貴様だけだ。

 降伏せぬのなら疾く構えよ。この『灰燼』サフィリア・フォルネージュが相手をしよう」


 私は大剣を背から抜き放ち、名乗りをあげる。


「サフィリア殿。どうか、剣を納めてはいただけないだろうか。少し、私の話を聞いて頂きたい」


 グレナディア・ブラドーは両腕を広げ、交戦の意志が無いことを伝えながら、口を開いた。


 どうやら、異能を発動している気配も無いし、背に括った大戦槍ハルバードを構えようともしていない。

 不意討ちを狙っている訳ではなさそうだが……さて。


「ここまで事を荒立てておいて、今更、矛を引けとはどういう了見か? 『鉄血のグレン』よ」


 真意を探るべく、グレンに問う。


「本来、皇国は……いや、私はここまで戦火を拡げるつもりはなかったのです。

 私はこれ以上、この国に仕える者として国を危機に晒したくはない」


「何を言っている? これは貴様等が始めた戦争だろう? 私達は傭兵だ。我々はアルカセトに雇われ、この戦に介入している。

 戦う意志が無ければ、貴様こそ退くがいい。こちらの要件は、皇帝を討つか、もしくは捕縛しなければ進まんのでな」


 総司令ともあろう者が、なんとも都合の良い言葉を並べるものだ。


「……陛下は……」


 グレンは、皇帝の事となると言葉を濁した。……なにか、あるというのか?


「陛下は、もはや以前の陛下では無い……」


「どういう事だ。何か話すつもりがあるなら、端的に話せ。私は、回りくどい話は嫌いなのでな」


「陛下は……変わられた。あの者、ロプト博士に出会ってから……」


「ロプト……」


 ロプトとは、確か皇国が誇る機動兵器『オリジンドール』の開発者だったか。

 それに確か、教授プロフェッサーが対抗心を燃やしている者の名だ。

 おそらく技術者としては、教授と同じく天才の類なのだろうが……その男が皇帝に何かした。という事か。


「博士は皇国に十五年程前に流れてこられた技術者です。……なぜか、年齢が変わっていないかの様に年を取った気配がありませんが。

 こちらの写真を。私の予想が正しければ、貴女にも関係のある人物の筈です」


「ふむ……」


 グレンの差し出した写真を手に取り、その者の顔を見た途端、私に戦慄が奔った。


「戯神……ローズル……!!」


「やはり……そうでしたか」


 私とスティルナの私闘……灰氷大戦かいひょうたいせんとも呼ばれる戦いの折、私とスティルナがお互い決め手となる最大の技をぶつけ合おうという刹那に、割り込んで来た者。

 そして我々を庇い、我等の友であるレイアの生命を喪った。

 レイアを喪った事からすれば、私の左腕も、スティルナの両脚ですら、安いものだ。


 あれより幾年も探し続けてきたかの者が、ここで現れるとは。


 リノンとアリアとの連絡が途絶えた際、予測した事の一つではあったが、実際にヤツが関係している事が分かれば……やる事は決まっている。


 だが――。


「この者は、確かに私の左腕を奪った人物に相違ない。

 して、この者が皇帝に……何をしたと言うのか?」


 グレンはその精悍な顔に、強い悔恨を滲ませながら口を開いた。


「陛下は……。フランヴィル・ダラカニ・テトラーク皇帝は、ロプト博士……いや、戯神の傀儡と化している可能性があります」


「……どういう事だ」


「何か? と言われれば良くわかりません……が、長年陛下の側に仕えていた身としては、違和感を感じるのです。

 まるで……陛下が陛下自身では無いような」


 話が見えないな……。この男も、確たる証拠は無く、おそらく感覚論で話しているのだろう。


「問おう。貴様は、仮に皇帝が戯神の傀儡だとしたら、どうしたいのだ?」


 私の問に、グレンは唇を噛む。


「私は……陛下が、以前の陛下が戻られる事を……」


「そんな事は聞いていない。端的に言おう……皇帝が、もはや違う存在になっていたとしたら、どうすると聞いている」


 戯神ヤツの事だ。皇帝の精神を破壊し洗脳していてもおかしくは無い。

 もしくは、すでに皇帝を殺し、影武者の様な存在にすげ替えていると言う事もありえる。

 ――戯神が絡んでいる事が分かった時点で、最早皇国側の事象は全て信用がならない。……なんなら、目の前で懊悩しているこの男ですらも。


「私は……皇国の忠臣。陛下が、戯神の私欲により動く存在になった言うのなら……」

 

「――我を裏切るとでも言うのか? グレナディアよ」


 広いエントランスの奥の方から、年季の入った威厳のある声が響く。

 

 ――皇帝か。


「陛下……」


「グレナディアよ。貴様の疑念に応えてやろう……我は、断じてロプトの傀儡等では無い。我は紛れも無く、フランヴィル・ダラカニ・テトラークその人である」


「……恐れながら、再度お聞きします。何故、陛下は此度の戦争を引き起こされたのですか? 皇国は、此度の戦争で多くの血を流しました。紅の黎明と敵対した時点でこうなる事は、聡明な陛下であればわかっていた筈……何故」


「……よい。皆まで言うな」


 皇帝は自身がグレンの疑念とは違い、皇帝本人であると語ると、更なるグレンの言葉を遮った。

 

「戦の理由か……あの地には、アルカセトには必要な物があるのだ」


 皇帝は続けて言葉を紡ぐ。


「……かの蒼き星、テラリスへと至る為の」



 

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