第七十六話 皇都血戦 52 Side Rinon


 イドラと別れた後、私は感覚の眼を使いアリアの位置を探査した。

 流石に地下に居る状態で、地上に向けて感覚野を広げていくのに苦労はしたのだが、まだそこまで遠くには行っていなかったようで、アリアの位置は直ぐに分かった。


 ――しかし、


「二十人近くに囲まれてる……」


 紅の黎明の本隊も作戦を開始している頃だが……こんな主要部から離れた所には来ていまい。

 そのうえ、アリアを取り囲んでいる者達は、ほぼ全員、異能を持っている様に感じる。


 厳密に言えば、異能者の感覚とは違うが……なんというか、力が身体に馴染んでいないような感覚があるけれど。

 ――そして、一人明らかに他の者と違う感覚の者が居る。

 

「この感覚……。さっきの、アイザリアに似ているな」


 『毒の起源』と名乗った、あの情緒の不安定な女。力を誇示したかったのか、精神的におかしくなっていたのか分からないが、最終的には、その力に自身が喰われていた様な気がしたけれど……。

 とにかく、このアイザリアの様な感覚を持った人間が近くにいるという事は、アリアを囲んでいるのは十中八九敵だろう。


「でも、起源者といっても、アリアやイドラの感覚とは違うんだよね……」


 アイザリア達の場合は、力が馴染んでいないというよりは、本来の力を引き出せていないというか、力に触れられていないというか、うまく言葉にはできないが、そういった感覚があった。

 今探知した者も、やはりアイザリア達と似た気配だ。


 その点、アリアやイドラは力を自在に扱えている感じがする。

 本来の力では無いのだろうが、それでも戦士としては一級だ。


 私は感覚の目を閉じ、波濤で地面を掘った縦穴を目指す。

 アリアもそこを通った様だし、なにより、何か嫌な胸騒ぎがする。


 正直、戦闘になったらもはや役に立てる自信はない。リヴァル、アイザリア、イドラと強者との連戦が続き、もはや通常の命気を纏う事すらままならない。

 体力、気力ともに限界が近い事が分かる。

 仮に行雲流水を使う事があれば、もしかしたら行動不能にすらなってしまうかもしれない。


 つまり、慎重に戦わなければ、自らの身を守る事すら危うい状態ということだ。


 通路を駆けながら自嘲気味に笑いが出る。


「母様や父様に知られたら、戦闘ペースの拙さに、笑われるだろうな」


 無人の通路を駆け抜け、先程アイザリアと戦った空間に出る。

 ここの中程に、私が収束させた波濤を地面に幾度か使い、この空間まで掘った穴があった。


「アリアなら、無事ではあるだろうけど、二十人近い異能者だからな……急ぐか」


 私は、歩法『またたき』の応用で、穴に向け跳び上がり、穴の側面を斜めに蹴る事で、穴を真上に上がっていく。


 直上を見上げれば、土中の闇を照らす様に穴に陽光が差し込み、この穴の出口自体が太陽の様にも見えた。


 上から穴を覗けば、かなり速度で穴を跳躍し上って来る私が見えるのだろうが、銀髪の太刀を持った女が深淵の闇から駆け上がってくる様は、中々にホラーだ。


「下らないことが脳裏に浮かぶ位には、頭は冴えて来ているか」


 私は雑念を、余計な物とは思わない。雑念とは私にとって余剰的な思考領域であり、有事の際は集中し、そこでも戦闘思考を行えば良いのだ。

 常に張り詰め、余裕の無い状態では、咄嗟の閃きも生まれないからだ。


 光に飛び込む様に穴から飛び出ると、私の視界に信じられない光景が広がった。


 武装を展開した集団の中央に二人の男と、地に倒れ伏す、プラチナブロンドの髪の女性……言うまでもなくアリアだ。


 (アリアが……やられた?)


 アリアの近くに立つ男の一人は、夜中にリヴァルと戦う前に見た男……戯神ローズル。


 戯神の背後には、まるで天使の様な巨大な機械人形が戯神に傅く様に跪いている。あれが、おそらくアリアやイドラの言っていた例のオリジンドールだろう。

 

 私がここに来た事に、何人かは気が付いた様だが、アリアと傍らの男は気が付いて居ない。


 アリア達は何事かを話したかと思うと、次の瞬間、傍らの男が倒れ伏したアリアの顔面を蹴り飛ばした。


 ――――その光景を見た私は、余裕を取り戻していた筈の自分の頭の中で、何かが弾けた。

 思考が、深紅に染まるような、そんな感覚だった。

 自分で意識する前に、私は気付けば声を発していた。


「――お前達、アリアに、何をしている」


 思考が麻痺した様に、ぼんやりとしている。全身に鳥肌が立ち、太刀の柄を握る手の力だけが鮮明に感じられた。


「リ……ノン……」


 掠れ、今にも消えてしまいそうな声でアリアが私の名を呼んだ。


 (うん、わかってる。もう大丈夫だよ。私はここにいる)


 思考が、声にならない。


行雲流水こううんりゅうすい命気収斂めいきしゅうれん!!!!!!」


 慎重に戦わなければと思っていた筈が、気付けば行雲流水を使っていた。


 気付きはしたが、冷静とは真逆の感情に私は塗りつぶされている。

 憤激に塗り潰されたような殺意を太刀にのせ、私は駆ける。


 この中で、行雲流水を使った私の速度についてこれる者は居ないのか、私を見失ったかの様に、皆視線を彷徨わせる。


 蹴り飛ばされたアリアの近くにいた者へ、一瞬で間合いを詰めると、私の移動の風圧に気が付き、男が視線をこちらに向けたところに、軽く跳び、コマのように廻りながら、男のこめかみへ横薙ぎに太刀を入れ、頭部を半ばから斬り飛ばす。


 回転しながら着地した瞬間に、移動の慣性を負荷を使い、強烈に踏み込む。

 

 ――歩法、瞬。


 踏み込みの刹那、私の姿を捉えた敵は、再度私が踏み込んだところで、私へ向けて銃撃を放って来た。


 銀光套衣を使ってもいいのだろうが、今の私にあるのは、冷静さではなく殺意だけだ。


 ――我流、白激浪はくげきろう


 白銀の命気を伴って、前方を薙ぐように太刀を振るい、斬撃の軌跡に沿って命気を放出する。


 波濤程の放出量では無いが、飛来する銃弾を全て呑み込んだしろがねの命気の激浪は、その勢いのまま前方の敵集団を斬り裂いた。


 私は自ら放った白激浪に飛び込むように疾走し、通りざまに、まだ息のある者に太刀を振るい止めを刺していく。


 走りざまに、先程アリアを蹴り飛ばした男を視界の端に捉えるが、あの男は私の姿を捉えられていないのか、自分の周りだけをきょろきょろと警戒している。

 しかし、戯神――。あの者だけは、私を常に視界に捉え続けている。

 動体視力が優れているというよりは、私の命気を捉えているような感じか。

 

 戯神自身の戦闘能力は、アリアは異能に便ったところが多いと言っていたが、行雲流水を使った私を捉えられるであれば、アリアの情報よりも危険度は高い。


 思考を止めないまま駆ける私に向けて、何かの異能を使おうとした男に向けて、剣帯から鞘を外し、投擲する。


 行雲流水によって、身体能力が強化された私が投げた鞘は、一切の抵抗を感じさせぬ勢いで男の腹を突き破った。

 鞘を投擲した男に向けて疾走していると、こちらの姿を捉えていたわけではないだろうが、私の動線にたまたま割り込んで来た二人の女に向け、私は踏み込みの捻りを使い、両手で持った太刀を右足側から逆袈裟に向け、一気に振りぬく。


 ――攻の太刀一の型、時雨しぐれ


「邪魔だ!!」


 怒声と逆袈裟の一閃が、女達を纏めて両断し、次いで発生した衝撃波がその背後にいた者達を巻き込み、四肢を爆散させる。

 ――戦場に戦士として立つ者に、男も女も無い。

 民か、戦士か。それを分けるのは敵を殺す覚悟と、殺される覚悟の有無でしか無い。


 私は投擲した鞘を回収すると一度脚を止め、残りの敵を見渡せば、残りは戯神とアリアを蹴り飛ばした男、そして残りの者達は二人のみとなっていた。


「ロ、ロプト博士……なんですかあの化け物は……!?」


「んふふ〜、本来の豊穣の力から見れば、彼女に残ったのなんて、塵にも等しい程度だっただろうにねぇ……そんなゴミみたいな力を、よくもまぁ、あんなに上手く使ってみせるものだねぇ。流石は、最高の起源力といったところかな……」


「聞いているんですか!? 博士!!」


 気に食わないな……。あの観察動物でも見るような目は。

 なにより、私の相棒に危害を加えた時点で、ただで済ますつもりは無い。


 ――残った二人は、脚を止めた私に向けて、何かの異能が付与された大振りな大剣を振りかぶる。

 左右から私を挟み込むように、二人で交差する一閃を打ち放ってくる。

 何かの異能でおそらくは斬撃の威力を増しているのだろうが……関係無いな。


 私は太刀を納刀しながら、両側から迫る斬撃が私を挟み交差する刹那、開脚し真下へと回避する。

 頭上で盛大に鋼の打ち合う音が響くと、お互いの力によって大剣を弾かれ、男達はたまらず態勢を崩す。

 私は開脚していた脚を、膝から先で震脚をする様に踏み込み、指弾の要領で鍔元を打ち出し加速させる。


 ――攻の太刀二の型二式、驟雨・皎月しゅうう・こうげつ


 低い体勢から放たれた神速の一閃は、二人まとめて太腿も両断する。そこから返す刀で逆袈裟に斬り上げると、一人は胸を斜めに両断し、もう一人は顔面を斜めに断ち切られ絶命に至る。


 返り血を浴びる前に、バックステップし、こちらを見ている戯神と、アリアの顔面を蹴った男に正対する。


 私は、バックステップで後退した負荷を使い、そこから前方に向けて強烈に踏み込んでいく。


 ――歩法、瞬・連歩またたき・れんぽ


 踏み込む毎に加速し、その速度のまま全力で、アリアの顔面を蹴った男に前蹴りを放つ。


 ――当然狙いは顔面だ。


「――びゃっ!?」


 奇声が一瞬聞こえた気がしたが、瞬の術理を五度繰り返し、加速した私の前蹴りを受けた男の顔面は、腐ったトマトの様に爆散し、首から上が弾け飛んだ。


 私は、そのまま真横に転回し霞に構えると、戯神の喉元に鋒を突き付ける。


「なにか、言い残す事はあるかな?」


「キミ……」


 戯神が口を開いた刹那、刃を奔らせその首を刎ね飛ばす。


「聞いてみただけだよ」


 私は太刀を払い納刀し、行雲流水を解くと、一気に反動が襲い全身が締め付けられるように悲鳴を上げる。


「……っく、はぁ……はぁ……。技を解いた途端に、これか……」


 膝から崩れ落ち、両腕がだらりと垂れ下がる。全身から体温が失われた様な、そんな感覚を覚える程に、身体の自由がきかない。


「リノン……大丈夫ですか?」


「はぁ……はぁ……。アリア……そっちこそ、大丈夫なの?」


「私は、鼻が砕けた位ですかね……」


「はは……。美人が、台無し……だね」


 アリアが私の元に駆け寄ってきた。お互い生命に支障は来さなそうで何よりだ。


「でも……戯神も倒せたから、私達の役目は、十分……果たせたよね……」


「そうですね。流石はリノ……ッ!?」


 突然、アリアが言葉を切ると、その目付きが鋭いものに変わった。

 

「んん〜? 誰を倒したって〜?」


「な……に……!?」


 愕然とする私を他所に、そこには先程首を刎ねた筈の戯神が、無傷で立っていた。






 

 

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