第七十五話 皇都血戦 51 Side Aria



 ――戯神の地下施設を脱出し、地上に出ると、そこは皇都郊外の工業地帯の一角だった。戯神を追い掛け、リノンと逸れた地点からはだいぶ離れた所に出たものだ。

 私は戯神の異能によって転移したが、リノンはよくこの場所を見つけられたものだ。

 ……周囲を見渡すが、工場施設は見渡す限り無人で、全く稼働をしていないようだ。

 おそらく、戯神が搭乗して転移したであろう起源神オリジンドールアウローラの機影も見当たらない。まるで巨大な天使の様な派手な機体が、外に出ていれば相応に目立ちそうなものだが。


 私には、視界の外の気配を察知する術は無い。元の身体であれば、大気中の水分に干渉し、存在を探る術は持ち合わせていたが、眷属体であるこの身では、精密制御と大規模展開を並行するだけの能力は備わっていないのだ。


 ――だから、こうして知らずに敵に包囲される。という事態にも陥る事がある。


 私の周囲を取り囲む様に展開し、武装した凡そ十八人程の者達に睥睨し、槍を向ける。


「……有象無象に構っている暇など、私には無い。道を開けろ」


 彼らの統率された装備からして軍人……いや、傭兵か。

 私はいつでも攻撃を繰り出せる様、全身の余分な力を抜き、軸足に力を込める。


 私が臨戦態勢に入ったのを見てか、私に相対した位置にいる男が、一歩前に歩み出る。


「お初にお目にかかります。私はジルバキア傭兵団。シリル・ローゼンと申します。

 ……貴女は、アリアンロード・アウグストゥス・アウローラ様で、宜しいですね?」


 起源者オリジンとしての名を呼ばれ、私の警戒度は一気に上昇する。

 ジルバキア傭兵団とやらも、聞き覚えは無いし、ほぼ敵と見ても良いだろう。


「…………。だったら、なんだと言うのだ」


 シリルは、その中性的な顔に笑みを浮かべると、形の良い唇を開く。


「もし宜しければ、投降していただけませんでしょうか。……団長はともかく、ウチの団のオーナーがアリアンロード様の協力を求めていますので」


「――――貴様等、戯神の手の者か」 


「戯神……? いえ、我々のオーナーは皇国の技術者でもあるロプト博士という方です。とても有能で、崇高な目的を持たれた素晴らしい方ですよ」


 シリルはとぼけているのか、知らされていないのかは分からないが、ロプト博士というのが、皇国での戯神ローズルの名だ。

 戯神の地下施設で戦ったシダーも、戯神の事をロプト博士と呼んでいたので間違いはないだろう。


「その件はその者本人に打診され、断りを入れた。用件がそれだけなら、私には構わないでもらえるか」


「ええ、ロプト博士より伺っていますよ。……ですが、断られたからといって、素直に引き下がる訳にも行かないのですよ」


 そう言うと、シリルは両腕の手首を内側に捻ると上腕から肉厚のブレードが飛び出した。

 私を取り囲む他の者達も、それぞれ武装を一斉に私に向ける。


「目的は私の生命か」


「貴女を殺す……もしくは捕らえ協力していただく事が、我々の目的です。

 貴女には、既に団員も殺されてしまっていますから、できれば我々の手で屠りたくはあるのですがね」


 シリルは強大な殺気を放出しだす。……ジルバキア傭兵団など、聞き覚えの無い連中に仇扱いされても、身に覚えなど無いが。


「悪いが、仇討ちをされる覚えは無いし、戯神に協力する気も無いな」


「つい先程戦い、殺した相手の事も知らぬと言うのか……」


「何?」


「アイザリア・ホルテンジアに、シダー・ベルエボニー……。貴女達に殺された私達の仲間だ」


 起源者と名乗った、二人組。

 『毒の起源ディリティリオ・オリジン』アイザリア・ホルテンジア。

 『樹の起源トデンドロン・オリジン』シダー・ベルエボニー。


 確かに、先程リノンと二人で倒した相手の名だ。

 彼女達がジルバキア傭兵団の一員だったというのは、私は知らなかった。

 知らなかったが――倒したのは事実だ。敵とはいえ生命を奪った以上、仇討ちをされる側になるのは当然か。


「そうか……彼女達の、仲間か」


「ええ。自分が狙われる理由、分かっていただけたでしょうか? 

 ですが、もう一度言います。投降していただけませんか? 私は貴女をそう簡単に殺せるとは思っていません。なので、できれば戦わず、ロプト博士に協力していただきたい」


「……一つ、聞きたい事がある」


 私はシリルに、そしてジルバキア傭兵団全員に向けて、問う。


「なんでしょうか?」


 シリルは訝しげな眼差しを向け、答えを求めた。


「貴様も……いや、貴様等も起源者オリジンを名乗るのか?」


 私の問いに、シリルは薄く笑う。


「……博士のお力は偉大なものですが、ここに居る全員が、起源者そうではありません。

 ですがここに居る者達、十七名全員が、博士により異能の力を得ています」


 シリルは両手を広げ、背後の団員達を示す。


「後天的に異能を埋め込むなど……。多少の力と引き換えに理性を失うぞ」


「貴女のように、強大な力を持ち創造された存在に、力無き者の葛藤は分かりませんよ」


 シリルの表情は、丁寧な口調とは裏腹に、明確な敵意を剥き出しにしたものだ。


「彼等は皆、異能を持たずに生まれた者たちです。このアーレスでは、異能の有無による選民思想等はありませんが、それは異能者の方が圧倒的に少数だからです。

 多くの異能者は持たざる者に対しては、殆どが一騎当千の力を有します。そして我等、傭兵の生きる世界では、異能の有無は非常に重要なのです」


「そういった者達に対抗する為の、軍隊であり、兵器であり……起源兵オリジンドールだろう。力の差異はあれど、異能者は絶対的な存在では無い」


 私の言葉にシリルは歯を軋らせ、私を射抜く視線を険しいものにする。

 そこに込められた強い憎悪を感じ、私は額から冷や汗が流れるのを感じた。


「……起源者等という存在が無ければ、それでも良かっただろう。サフィリア・フォルネージュや、ウチの団長……シオン・オルランドの様な例外はあれど、強大な力というのは本来一個人が持つものではありません。ですが、起源者という異常な力の持ち主がこのアーレスに現れた……。だから、社会の均衡が崩れる」


「貴様に起源者の是非を問われる筋合いは無いな。……少なくとも、四大起源われわれは力の重みや責任を理解している」


「違う!!」


 私の言葉に、シリルは激昂して否定する。


「存在そのものが、いけないのです。自らよりも強大な力を持った単一の存在……そんなものが居れば、皆その力を求め、及ぼうとする!

 強大な力は、戦火を拡大させるだけだ……。事実、アルカセトで貴女は大量の皇国兵を虐殺したでしょう」


「……戦争とは、そういうものだろう」



 なんだ……揺らぐ……? 私が、いけなかったのか……? 戦争だからと、生命を奪うのは間違いだというのか? だが、殺らなければ私が、私の大切な誰かが殺られかねない。

 その為に、力を振るう事が、悪だというのか?


「言い訳をすれば、屍の山を作り、血の河を流しても構わないと言うのですか?

 ……違いますね。強大な力を持つ事で、自ずとその身が闘争を求めているのだ」


 なんだ……コイツの言葉が、いやに重い……。私が、間違っていたと言うのか?  

 ……そうだ。私も……リノンも……何故力を求めた? 誰かを、殺す為の力を……。

 殺せば、不幸になる者が生まれる。その者の為に涙を流す者がいる……。

 私の力は……哀しみを生むだけだったのか……?


「わた……しは……!」


「言い訳をしても無駄です。他人を殺し続け、拓いた道を歩み続けた貴女は、その景色を振り返る事をしなかった。

 貴女の後ろに確かにある。怨みと、憎しみの世界を」


「やめろ……!!」


 ……頭が痛い……。


 胸を締め付ける様な感覚が起こり、過呼吸にでもなった様に息が荒くなる。


「私が言葉を紡ぐ事を止めようと、例え貴方が私を殺そうと、貴女への世界の悪意は変わらない。

 貴女の様な存在は、この世にあってはならない。そうでなければ、貴女の前に散った者達が、救われる事は無いのだから」


「やめ……!?」


 反射的に、シリルに槍を突き出そうとして……私は躓き、顔面から滑る様に地面に倒れ伏す。


 ――身体が動かない……。なんだ……? 思考すら鈍く感じる……。


 重い身体を無理矢理に起こし、天を仰げば、そこには陽光を背後に背負い、巨大な機械の天使が立っていた。


「戯……神……!!」


「ん〜! シリル君、いいお手並みだね〜!!」


 コマ送りの様に、シリルの傍らに戯神が現れた。


「ありがとうございます。……流石に、純粋な起源者だからか、かなり抵抗レジストされましたがね」


 戯神とシリルが私を見下ろしながら、口元を歪める。


「申し遅れました。私は……『呪いアナテマ起源オリジン』シリル・ローゼン。

 宜しくお願いしますよ。先輩」


「チ……ッ!!」


 大量の脂汗が全身を濡らす。


 ――謀られたというよりは、まんまと術中に嵌ってしまったのだろう。


「ははは、アリアンロードぉ、キミぃホントに丸くなっちゃったね〜。

 まぁおかげで、苦労無くキミの起源紋チカラを奪える訳だけど……っ!」


 戯神の指先が私の下腹部を貫く。


「ぐっあああっっっっ!?」


「大丈夫大丈夫、ちゃんと治すから〜。下手にキミを殺して、レイアの時みたいに色んな人間に恨まれちゃうのもゴメンだからさ……よっと」


 戯神が私の身体から手を引き抜くと、私の力の源泉たる『水の起源紋』が、戯神の掌で輝いていた。


「貴……様……ッ!」


「シリル君」


「はい」


 私が戯神を睨みつければ、シリルは、にたりと嗤いながら私の顔面を蹴り飛ばした。


「がっ……!」


 鼻骨が折れ、鼻腔から鮮血が噴出する。

 唇が裂け、痛みと血が滲む。おそらく今、私の顔は真っ赤に血に染まっていることだろう。


「キミのおかげで助かったよ〜。アリアンロードに全力で暴れられたら、僕も流石に手を焼くからね」


「いえ、この身を起源者にしていただいた恩義に報い、身命をもって尽くさせていただきます」


 戯神は、私の起源紋を蒼い宝玉に重ねると、宝玉の中に水の起源紋が取り込まれていく。


 取り返そうにも、身体の制御がうまく効かず、起源術の制御も行うことができない。当然のようにこれまでの様に水を錬成する事も出来なかった。


 ――突如、戯神の悪意に満ちたこの場の空気を切り裂く様に、恐ろしい程の殺気が放たれた。


「――お前達、アリアに、何をしている?」


 大気すら震わせるほどの怒気を含み、その声は発せられた。


「リ……ノン……!」


 身体を起こそうとするが、起き上がれすらできずに、私はただ、口中の血の味に土の味を重ねた。


行雲流水こううんりゅうすい命気収斂めいきしゅうれん!!!!!! 」


 ――次の瞬間、リノンは銀光を纏い疾風となった。







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