第七十ニ話 皇都血戦 48 Side Miel


「もう一つの異能……? 嬢ちゃんお前、まさかデュアルか? 初めて見たぜ……」


「あとで、お話します」


 私はジュリアスに向け制御を奪った砂嵐球を撃ち出す。

 ――こんな高密度かつ、超速度で渦巻いた砂嵐を砲弾の様に使えるなんて、恐ろしいまでの異能制御だ。

 私では、十秒程しか保持できない……!


「チッ! なんだよ、そんなん聞いてねぇぞ……!!」


 ジュリアスは苛立ちを浮かべ、私が奪った砂嵐球と同じ技を繰り出した。


 砂嵐の砲弾同士は、互いにぶつかると激しい暴風と砂礫を周囲に大量に撒き散らす。

 建物の窓が余波で次々に割れ、街路樹もそのエネルギーに悲鳴を上げ圧し折れていく。

 私達も立っているのも大変な程だ。技を繰り出したジュリアス本人ですら、砂壁を錬成し余波を防いでいる。


 (クソが……デュアルなんざ与太話の類だろうが……!!)


 ジュリアスが心の中でぼやく声が聞こえる。これで、少しでも冷静さを失えば儲けものだけど。


 私は更に、吹き荒れる砂嵐の制御を手中に収める。


「『剥……奪』!!」


 二つ目の異能の使用は、精神に多大な負荷を強いる。精神干渉を併用しなければ良いという話でもない。

 ――頭が痛み、手足が冷たく感じていく。耳朶から血が流れる感覚もあり、全身が悲鳴を上げている。


「……!? 嬢ちゃんもう止めろ! 死んじまうぞ!!」


「まだ……大丈夫です! 私も、部隊長ですよ……? 引き際は、心得てますから!」


 荒れ狂う砂嵐を、ジュリアスの周囲のみに解放する。

 ――これで少し、動きを止める事は出来るだろう。


「っく。……はぁ、はぁ」


 私は地面に膝を付き、荒い呼吸を整えようとする。


 ――足止めは出来ても、私には決め手が無い。頭部を破壊するか精神干渉を当てるかでなければ、ジュリアスには致命傷にはならないだろう。

 もはやジュリアスは、生きた砂と言っても過言では無い。砂と化した身体でどうやって生命活動を行っているのかは分からないけれど、攻撃が軒並み無効化されるのは脅威としか言いようがない。


「嬢ちゃんのおかげで助かったが、こりゃジリ貧かもな……」


 どうやら、ヨハンさんも私と同じ事を感じているらしい。


 私の知る限りでは、ヨハンさんの戦闘は、巨大な得物であるバスティオンを主体として、周囲の環境や爆弾等の小道具を使い、異能は防御主体の使い方をする戦闘スタイルだ。

 ――私の推測に過ぎないが、ヨハンさんの異能で直接相手を掴めれば、それは決め手になり得るかもしれないが、ジュリアスがそう簡単に接近させるとも思えない。


 それに、攻撃を当てれれば倒せるという点では、本来は私の分野だ。

 私の異能『精神干渉』は、自分で言うのもなんだが、相当に凶悪な力だ。

 洗脳じみた事もできれば、感情のコントロールも、醒めない悪夢に堕とす事も出来る。難点は、私が干渉した相手の感情や精神を読取ってしまう事だが、修練を積んでからは、自分へのフィードバックはほぼ無効化できるようになった。

 以前は、悪夢で干渉すれば私も相手に干渉した影響をそのまま受ける事もあった程だ。


 ……神様というのが本当に居るのなら、嫌な贈り物をしてくれるものだと思う。

 ジュリアス相手の決め手という点では、やはり『精神干渉』もそれには至らないかもしれない。

 身体を砂に変化させられるとはいえ、頭部で思考しているのだから頭部に攻撃を当てられれば別だろうが、ジュリアスの異能の応用性を考えれば、やはり接近は厳しいだろう。『剥奪』に関しても、私の未熟な制御力では、ジュリアスの精密制御とも言える技の異能制御を、私が奪った所でそう長く保持は出来ない。

 ――それに、剥奪を何度も行えば、私の限界の方がジュリアスの異能力枯渇よりも早い筈だ。


 何より、ジュリアスの異能力もあれだけ大規模な技を繰り出していても枯渇する気配が全く無い。

 これが、起源者オリジンとやらの性質なのだろうか?


 なにか――何かないか。ジュリアスの頭部を直接狙える方法は……。


 (チッ……自分の技ってのも、中々厄介なもんなんだな。だが……あんなチートじみた異能、早々長くは使えねぇだろう)


 どうやらジュリアスにも、私の懸念を見抜かれ始めたようだ。

 この均衡はその予想通り、そう長く続くものではない。

 

 ヨハンさんも唇を噛み、思考を繰り返している様だが、やはり短時間での打開策は無いようだ。


「ぐ……」


 砂嵐の制御を行うのも、もはや限界に近いのか、激しい頭痛が起こり鼻孔から血が流れる。

 身体中が痛みに軋み、もはや立つことも難しくなってきた。


「嬢ちゃん、もういい! その異能を止めろ!」


「……まだ……です。負けられない、でしょう」


 ヨハンさんもジュリアスを倒す方法がない事を分かっているのだ。

 だが、もはやどうしようも……すみません。団長……(……エル殿。……ミエル殿!)


「――!」


 私の脳裏にヴェンダーの声が響いた。

 どうやらヴェンダーが、私の能力びょうきの探知圏内に移動してきたようだ。

 私は片手を上げて、聞こえている事をヴェンダーに伝える。

 ヨハンさんが疑問の視線を向けるが、私は指で銃の形を作ると、ヴェンダーである事を理解したのか、無言で首肯した。


 (……オレに作戦があります。ヤツの足を止めている砂嵐を解除してください。

 そしてもう一度、ヤツが大技を繰り出した時、先程の様にヨハン殿にそれを受け止めてもらって下さい。

 そしてその時に……。ヤツが技に集中している隙を見て、ミエル殿の悪夢を込めた弾丸を何発かどこでもいいので撃ってください……! あとはオレがその弾をヤツに当ててみせます!)


 ――彼は、まだ諦めてはいないのか。確かに彼の狙撃技術は驚くべきものだけど、私の弾をヴェンダーが当てるとは、どういう事だろうか。


「アイツ、なにか策があるのか?」


「みたいですね……。私の弾をジュリアスに、当てると言ってます……」


「そうか……。オレ等にできる事はもうそんなにねぇ。アイツの博打に乗ってみるしかねぇかもな」


「……」


 ――不安はある。彼の力を私は認めてはいるものの、戦局を左右する程の能力を持った人間では無い事も知っている。

 だが……、私が諦めかけた時に、前を見ていたのは彼だ。

 ヴェンダーからは、闘志と自信と……私達への強い信頼を感じた。

 ならば――それに応えてあげる事が、彼への信頼になるのだろう。


「……やりましょう」


 私達はヴェンダーの作戦に乗る事を決断する。


 私は、ヨハンさんにヴェンダーの作戦を伝えると、ジュリアスを封じ込めている砂嵐の大半の制御を解除した。

 ジュリアスは自らを囲っていた砂壁を解き、我々の前に姿を晒すと、高らかに嗤った。


「クハハハハハッッ!! 限界か? 鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチぃ? デュアルなんていっても、流石に起源者オリジンには敵わねーみてぇだなぁ? 俺はまだまだイケるぜ。

 だが、戦いが長引いて流麗や他の部隊長が来れば面倒クセェからな。ここらでテメェらは仕留めさせてもらうぜ?」


「いえ……勝つのは、私達です……!」


「しつけぇんだよ! ほざいてろやネズミが!!」


 ――来た!


 先程と同じ……いやそれ以上の砂嵐の砲弾。


「ハハハハハ!!!! コレなら、ヨハンのオッサンでも耐えられねぇだろ!! 死ねや! 殺塵戮砂滅殱流波セクメト・ブラスト!!」


 ジュリアスから放たれたのは、もはや災害とすら言える程の砂塵の奔流。

 触れればたちまちその身を削るだろう死の荒波だ。


「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 ヨハンさんは全力で異能を展開し、ジュリアスの砂塵の波動を受け止める。

 しかし、少しずつだがヨハンさんの異能の干渉領域が削られていくのが分かる。


 ――ヨハンさんも、長くは保たない……!


 私はナイトメアに『精神干渉・悪夢ナイトメア』を付与し、震える指先で……その引鉄を引いた。

 

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