第七十一話 皇都血戦 47 Side Miel


 ジュリアスへ向けて疾走し、牽制射撃を混じえながら、ヨハンさんに声を掛ける。


「ヨハンさん、パスを繋いでおきます」


 ヨハンさんは無言で頷くと、お互いに横合いへ向けて踏み込み、左右に分かれジュリアスに向けて弧を描きながら、挟撃を試みる。

 ヴェンダーまでは、私の領域干渉の届く距離では無いが、彼はタイミングを見て射撃を行ってくれるだけでも十分だ。


 ジュリアスは左右に分かれた私達を視界から外さないよう視線を絶え間なく動かし、こちらの攻め手を伺っている。


 ――そこに、跳弾装備を使ったヴェンダーが、一度に十数発もの弾丸を跳弾させ、ジュリアスの背中を狙う。


「――!! ドブネズミが!!」


 ジュリアスは背後に迫る銃弾を、何らかの方法で探知したのか、即座に反応し振り返りもせずに自らの背面側に半球状の砂の壁を発生させると、ヴェンダーの放った銃弾は砂に突き刺さりその推進力を失う。


 (嬢ちゃん、伏せろ)


 ――! ヨハンさんが心の中で私に促し、地面に低く伏せると、私とジュリアスを挟む位置から、ヨハンさんのバスティオンが火を噴いた。


「チッ!」


 ジュリアスはヨハンさんの放った銃弾を、ヴェンダーへの対処と同じ、砂の壁を創り出し防御を行う。


「うぜぇ!! 『砂棘サンド・ソーン』!!」


 ヨハンさんの銃弾が砂の壁に突き刺さると、砂の壁の向こうのヨハンさんに向けて、砂壁から砂の棘が大量に突き出される。


「ジュリアス。オメェ、俺の戦い方を忘れたのかよ?」


「チッ……。クソが」


 ヨハンさんは、砂の棘をその身に受けているが、その棘は全くヨハンさんに突き刺さってはいない。

 

 これはヨハンさんの異能の効果だ。


 ヨハンさんの異能については、団の中でも団長しか知る者は居ない。

 勿論、私も詳しくは知らないが、ヨハンさんに向けられた攻撃は、尽くヨハンさんに当たる寸前でその方向を変えられる。

 本人曰く、自分の異能制御の力よりも強い威力のものを食らえば、自分は死ぬと言っていたので、なんでもそらせる訳では無いのだろうが、それでも銃弾等がヨハンさんに当たったのは見たことが無い。


 私達はヨハンさんが異能の名前を語らない為に、便宜上勝手に名前を付けて呼んでいる。


 ――『絶対領域』と。


 そしてそれは、そのままヨハンさんの二つ名ともなっている。


 (嬢ちゃん、目を閉じろ)


 ヨハンさんが、心の中で私に指示をする。

 

「相変わらず、クソウゼェオッサンだな! オイ……ッ!?」


 ジュリアスがヨハンさんに向けて口を開いた所で、ジュリアスの頭上で眩い閃光が閃いた。


 わざと砂の壁でジュリアスの視界を塞ぎ、直後に頭上に閃光手榴弾を投げておき、あえてジュリアスの攻撃を受け、それを異能で防ぎ、自分に注意を引いた上で時間差での閃光爆発による攻撃……。流石の手練手管だ。

 サングラスを掛けていようが、頭上で炸裂した閃光は確かに目を焼いただろう。


 (嬢ちゃん、やれ!!)


「――!!」


 ――『精神干渉・悪夢』は未だに私の双銃剣、ナイトメアに付与されている。

 

 私は伏臥姿勢から、地を舐める様に間合い詰め、無防備に佇むジュリアスのアキレス腱を狙いナイトメアを横薙ぎに振るう。

 その一閃は確かにジュリアスの両足首を斬り裂いた。

 

「あ――?」


 『悪夢ナイトメア』が発動し、ジュリアスは深く暗い闇に堕ちる。

 力を失い、ジュリアスは地面に倒れると、全く動かなくなった。


「ふぅ……思ったより、楽に終わりましたね」


 私はヨハンさんに駆け寄り、ナイトメアを腰の後ろに差した。


「あぁ……。だがなにか、引っ掛かるがな」


「?」


「イケ好かねぇ野郎だが、コイツの実力は本物だ。

 ……ましてや、起源者オリジンがどうのとか言ってた野郎が、こんなに簡単にくたばるもんかね?」


「でも『精神干渉』は、間違い無く発動していますよ?」


「……嬢ちゃん。一応だ。武器をもう一度出して警戒しろ」


「……了解です」


 眼前のジュリアスは、完全に動きを止めているが、ヨハンさんは全く警戒を解かない。


 長年の戦闘経験から来る勘がそうさせるのか、それともこのジュリアス・シーザリオという男を信用していないのか。……それともその両方か。


 私が腰のナイトメアに両手を這わせた瞬間――。

 

「……クククッ。やっぱりオッサンは、そう簡単にはだまくらかせねーかよ? 流石じゃねーか、ヨハンのオッサン。

 その点、鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチ。テメェは、落第だ。

 もしこのオヤジと一緒じゃ無かったら、今頃あの世イキだぜ?」


「なっ……!?」


「この、タヌキ野郎が!!」


 ガラの悪い顔を更に歪め嘲笑わらいながら、ジュリアスはゆらりと起き上がった。


 ジュリアスは宙に浮く様に立つと、私が両断した足首の部分は、足先から崩れ落ちる様に砂に変わった。

 

「あぁ、そうだ。一応教えといてやる。テメェの異能は確かに効いたぜ? 但し、砂になれる俺の身体の一部に、だがな。

 それに、あんま有名になり過ぎんのも困りモンだなぁ? テメェにやられて意識を失ったヤツがゴマンと居るってのは、有名な話だぜ?」


「そんな事……」


「ある……いや、出来るんだよ。起源者オリジンにはな!」


 確かに足首から下の部分は、砂に変わり、その砂はジュリアスの制御下に無いのか、動くことは無い。


 ――効いていない訳では無いのならば、頭部を直接狙えば……!


「なんか考えてんのか知らねぇけどよ。まぁ……テメェらに勝機はねぇよ」


 ジュリアスの周囲を球体状に砂嵐が覆い、徐々に空中に浮いていく。


 私とヨハンさん、そしてヴェンダー、全員でジュリアスに向けて銃撃するが、ジュリアスを護る砂の嵐によって銃弾は推進力を失い、次々に地面に音を立てて、弾が落下してくる。


「んなもん、届かねぇよ。

 そら、朽ちろや!! 『砂流削嵐サンド・ブラスト』!!」


 ジュリアスの伸ばした腕の先から、強力な砂嵐が私達に向け吹き付ける。

 咄嗟に両腕で顔を守るが、全身を砂礫が襲い、防弾防刃仕様の防御力の高い衣服ですら、悲鳴をあげ削り取られていく。


「――くっ!!」


「なんつー技だよ。こりゃ……!」


 ヨハンさんが前面に立ち、私を砂嵐から護ってくれる。


「流石だなオッサン。……『絶対領域』の名は伊達じゃねぇってか? だが、シオンから聞いてるぜぇ? トンデモねぇ力を掛けられれば、いかにオッサンの守りでも貫けるらしいじゃねぇか」


「……試してみるかよ?」


「ククッ……いいねぇ。上等だコラァ!!」


 ジュリアスが両腕を前へ翳すと砂嵐は止んだが、突き出した両手の前に高速で流動する砂塵が球状になり、瞬く間に巨大化していく。



「ありゃヤバそうだな……逃げろ! ミエル!!」


「ハン、逃がすかよ!! 殺塵戮砂滅殱球セクメト・スフィア!!!!」


 ジュリアスが放った巨大かつ高密度の砂嵐球は、砲弾の如く唸りを上げ、ヨハンさんに激突する。


 いつもであれば、力のベクトルが変えられ、あらぬ方向にそれていく筈だが、ジュリアスの砂球はヨハンさんを、そして背後にいる私を押し潰そうと砂塵を散らしながら猛烈な勢いで迫ってくる。


 まさか、ヨハンさんの異能の展開規模を超えている……?


「クハハハ……ッ! 流石にコレはオッサンでも反らせねぇみてぇだなッッ!!」


「ぬぅ……うぅぅおおおああっ!!」


 押し寄せる巨大な圧力に耐えながら、ヨハンさんは呻りを上げた。

 ヨハンさんの表情には、一切の余裕が無く、この均衡は長く保たないであろう事が私にも理解できる。

 この状況を……なんとかできない訳ではない。だが……。


 多分、コレをやると、団長の所には行けないだろうな……。――だが、やるしかない。


 私は、状況の打開に奥の手を切る。


「ヨハンさん!」


 私はヨハンさんに激突している砂球に触れ、その異能を発動する。


「『剥奪』」


 私はジュリアスの放った砂嵐の砲弾……それの制御を奪い取る。


「嬢ちゃん……そいつは……」


「っんだ? 何をしたあぁァ!!? 鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチぃぃぃ!!!!」 


 私は自らの前方――ジュリアスに向けて砂嵐の砲弾を構える。


「私のもう一つの異能。……『剥奪』です。」

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