第七十話 皇都血戦 46 Side Miel



起源者オリジンだと……? 何言ってやがる?」


 ヨハンさんがジュリアスを訝しむが、ジュリアスはニヤニヤとするばかりで答えようとはしない。

 私は、ジュリアスの心を読もうとするが、


 (覗き好きとは、中々良い趣味じゃねーか。テメェをボロ雑巾にして、その服の中をオレも覗いてやるから――)


 私は、ジュリアスへのリンクを切る。

 ――何かの感覚で、自分への干渉を把握しているのだろうか? だとすれば、私にとってはやりにくい相手であるし、先程のオリジンというのについても、情報は得られていない。

 オリジン……と言われても起源兵オリジンドール位しか、思い当たる単語も無い。


 私とヨハンさんが、様子を伺っていれば、痺れを切らしたようにヴェンダーがジュリアスへ向けて、銃弾を放った。


「チッ……うぜぇネズミだな。んなもん俺の身体には届かねぇよ」


 怠そうに頭を掻きながら、周囲の砂を操作し、銃弾を叩き落としている。

 狙撃銃の弾丸を、あんな砂で防ぐとは、どれほどの力があの砂に込められているのか……。


「……嬢ちゃん。嬢ちゃんは一度離れて、サフィーに通信して来い。シオンがそっちに行ってるってのを伝えてやれ。

 それまでは、俺がジュリアスを抑える」


「了解です!」


 私は、ジュリアスの動きを捉えながら後方に跳び、小路に入る。

 私が離れた途端、ヨハンさんの撃ったであろうアサルトライフルの銃声が、市街地に木霊する。


 私は、急ぎ団長に通信を繋ぐ。


「――ミエルか、どうした?」


 幸い団長は直ぐに通信に出てくれた。……まだシオンとは遭遇していないようだ。


「団長、申し訳ありません! ジュリアス・シーザリオにしてやられてしまい、シオンはもう既に皇城に入っているようです!!」


 私は自分が相手の掌で転がされ、結局、無様にも目標をまんまと団長の元に行かせてしまった事を謝罪する。


「そうか。……まぁ、やつの狙いは私だろうからな。連戦にはなるが、それはそれで構わんさ」


 団長は、特に何でもない事の様に言うが、私は自分の思慮の浅さに、苦虫を噛み潰す。

 だが、私の中に先程のオリジンという単語が浮かび、団長に警告しなければならない事を優先する。

 ――今、自分を慰める為に団長に温かな言葉を求めるのは、筋違いだ。


「気をつけて下さい……! なんだか、ジュリアスは普通じゃないです! シオンももしかしたら……」


「ミエル。こちらは大丈夫だ。お前も自分の戦いに集中しろ。私は言っただろう……お前に、生きろと」


 ――期せずとも、私は団長に鼓舞されているのが分かる。

 そうだ……。この作戦が終わったら、いっぱい謝って、そして、頭でも撫でてもらおう。


 私も、今は大事な戦いの最中にいるのだ。

 

「とっとと、ジュリアスを倒せたなら、こちらに来ても構わんぞ」


「……! はい! では、御武運を!」


 そうだ……。期待に応えるだけじゃない。気持ちに応えるんだ……!

 専心する。ジュリアス・シーザリオを倒す。それだけに。


 私は戦列に戻るべく、小路から出た所でヨハンさんの戦闘が視界に入った。


 ヨハンさんの戦闘技法でもある、周囲の環境をすべて武器に見立てる戦い方。

 

「すごい……」


 直ぐに戦列に参加するべきなのに、刹那の間とはいえ、私は見惚れてしまった。


 ヨハンさんは、ヴェンダーの跳弾射撃用の装備を自分も使い、三次元的な射撃を行いながら、自らも振動ブレードをジュリアスに向けて振るっているが、回避されるのを念頭にし、斬撃の間に射撃すらこなしている。

 斬撃と射撃を同時に行う武器自体も、相当なものだが、それを高速で動き回りながら行い、ジュリアスを追い詰めている。

 時折、ヨハンさんとジュリアスの間合いが離れた瞬間、ヴェンダーが速射で牽制を行い、ジュリアスがそちらに意識を振ったのを見て取るや、街路樹をジュリアスに向けて切り倒し、動きを阻害している。


 端から見れば、初めて会ったとは思えないコンビネーションを発揮していたが、ジュリアスは、その波状攻撃をニヤけた顔を崩さぬまま、砂塵を操り捌き、躱している。


「――お待たせしました!!」


 私はナイトメアを両腕に構え、ヨハンさんの隣に並ぶ。

 ヨハンさんは、横目で一瞬私を見ると、無言で首肯した。

 その瞳は一切油断の無い視線でジュリアスを射抜いている。


「やーっと来たかよ? 鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチ

 待っててやったんだぜ? テメェが来るのをよ」


 ジュリアスは私を指差しながら、見下した視線を向けてくる。その視線に込められているのは……悪意?


「気を付けろ。あの野郎、やっぱり普通じゃねぇ……」


 よく見れば、ヨハンさんは身体のあちこちに浅い裂傷を負っている。

 先程の戦況ならば、押していたのはヨハンさん達のように思えたけれど……。


「大丈夫ですか? ヨハンさん」


「おぉ、傷は問題ねぇ……が、野郎……異能の制御力がハンパねぇ。以前はもっと雑な戦い方をしていたが……」


「言ってんだろ? オレは、起源者オリジンになったってよ」


「オリジンとは……なんですか」


 私もヨハンさんも、話についていけていない。

 なんだ? オリジンとは……。


「あぁ? オタクの団長や、スティ姐さんに聞いてねえのかよ? ……あぁ、例の娘のコトもあっから、伏せてやがんのか。

 ……クク。良いぜ、オレが教えてやる」


 ジュリアスは、派手な真紅のコートを翻すと、下卑た笑みを浮かべる。


 ――例の娘というのは、おそらくリノちゃんの事だろうが……。


起源者オリジンてのはな。異能の根源たる力と、自らを完全に同調させ、理に至った者さ。

 まぁ、シオンやオタクの団長……。あとはスティ姐さんみたいに、頭のおかしいくらい自分を鍛え抜くと、その力の方からソイツに触れてくるらしいが、オレはそんな努力なんざクソ食らえだからな。ま、ちょっとしたウラ技を使わせてもらった訳だ。

 ……そのウラ技ってのも、結構失敗するらしくて、力ばっかり強くなってアタマがイカれる奴も多かったみてぇだが、オレは違うぜ?

 オレは完全に自分の力を掌握してる。アタマも前よりスッキリしてるくらいだ」


 よほど苦労もせずに得た力が嬉しいのか、それとも危険な賭けのような、そのウラ技をくぐり抜けたのが嬉しいのか、ジュリアスはえらく得意気に子細を語った。


「随分と、饒舌ですね」


「あん……?」


「なんの苦労もせずに得た力を他人に振るって、楽しいですか」


 私の言い方が気に食わなかったのか、ジュリアスは額に青筋を浮かべる。

 ヨハンさんも、私の言葉を聞くと薄く笑い、ジュリアスに追撃する。


「ジュリアス、テメェ……自分の可能性を、自分で見限ったんじゃねえのか? 

 大方、隣で際限なく力を高めていくシオンに嫉妬でもしたんだろ?」


「……オッサン。幾らオッサンでも、赦さねぇぞ」


 (クソが、テメェらに何がわかる……オレ等は紅の翼と蒼の黎明の副団長だ! 同格なんだよ!? オレがシオンのヤツに置いていかれる訳がねェだろ、クソが!)


「……どうやら、図星の様ですね」


 私がジュリアスの心を読めば、激しい嫉妬と羨望の感情と共に思考が流れてくる。

 ――痛いくらいの嫉妬。あまりリンクしていたくない感情だな……。


鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチ!! テメェ……また、覗きやがったな!!」


 ――来る。

 

 私は、無言で二振りのナイトメアをジュリアスに向ける。


「紅の黎明、第一部隊部隊長。ミエル・クーヴェル」


「あぁ? 今更名乗ってんじゃねぇよ!?」


「ジュリアス……テメェ、傭兵の矜持すら置いてきたかよ……。

 ――紅の黎明、第四部隊部隊長。ヨハン・ウォルコット」


「あぁ、うぜぇ!! ……殺す!!」


 ジュリアスは怒りと共に、自身の周囲に自らの二つ名の如く、大量の砂塵を巻き上げた。

 

 私とヨハンさんは声を揃えると、目標に向けて、間合いを詰める。


「「目標を、殲滅する」」



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