第六十九話 皇都血戦 45 Side Miel


「いきなり声を掛けてすいません。ですが、話しは聞こえていました。団員の方は、オレが受け持ちます」


「ヴェンダーさん、貴方……」

 

 なにか、普段と雰囲気が違うと思ったところで、私の能力びょうきが顔を出す。

 彼の心にあるもの……胸が締め付けられる様な強い悲壮感と、抑えられない程の憎悪の炎、これは……復讐心か。


 つまりもう、あの人当たりが良く、他者の内面によく気が付くあの偉丈夫は……。


「……ガレオン殿は、亡くなられました」


 ヴェンダーは今にも泣きそうな顔を、強く絞った眉で押さえ込み、『荒獅子』ガレオン・デイドが背負っていたように、彼の愛剣を背負い、その柄に触れる。


「……ですが、今は悲愴に暮れる余裕も無いでしょう。先程ジェイ殿と出会い、装備も受け取りましたので、雑兵はオレに任せて頂いて結構です。お二人は、先頭の二名の対応を」


「……言うからには、オメェに任せるからな? しっかりやれ」


 ヨハンさんは、お互いの名も知らない状態なのに、ヴェンダーに敵兵力の無力化をさせるつもりだ。


「でも……」


「大丈夫だ。嬢ちゃん。……こいつは強え奴の、頼れる漢の眼をしてるからな。

 ――ヨハンだ。宜しく頼む」


「オレはヴェンダーといいます。

 始めましょう。ミエル殿。……時間が惜しい」


 なんだ……? 今までの彼とは違う。自信? いや、これは決意か。ガレオンの仇を、必ず討ち滅ぼすという彼の決意。

 それが、彼に変化をもたらしているというのか……?


 私が、思考している間にもヴェンダーは、その背からガレオンの大剣と、対物ライフルを下ろし、狙撃銃を構え始める。


「分かりました。せめて私達で正面から突っ込んで、敵の注意を引くので……無理はなさらないで下さい」


「了解」


 短く了承の意を示すと、ヴェンダーは新装備とやらを飛翔させる。

 おそらくは、教授プロフェッサーからの供与であるだろうそれは、無音で敵集団に向け飛んでいく。


「……行くぞ、嬢ちゃん。俺がジュリアスをやる。嬢ちゃんはシオンを頼む。シオンはとにかく疾ええ。ボーッとしてるとなますにされるから気を付けろ」


「はい」


 ヨハンさんは、自らの得物である巨大な振動ブレードライフル『バスティオン』を起動させた。

 通常、振動ブレードはそれ単体の装備だが、ヨハンさんはそれを大口径アサルトライフルに取り付けている。

 近距離戦において振動ブレードを起動させていると、当然ライフルの方の照準が合わなくなるし、バスティオンそのものの複雑な機構にダメージが及びそうなものだが、その問題は技術顧問のグラーフ・エイフマン。――通称教授プロフェッサーによって解消しているらしい。


 私も腰の後ろから、肉厚の短剣が付けられた拳銃を二丁、引き抜く。ショートブレードガン『ナイトメア』を両手で保持し、予め異能を発動しておく。


 銃弾に付与するのは、一切の手加減など考えない『悪夢ナイトメア』だ。

 銃弾が当たれば、即座に意識を失い、相手は悪夢に苛まれるだろう。仮に目覚めても精神に重大な障害を負い、それまでの人格は破壊される。

 もっとも、いつ目覚めるのかは、私にも分からないが。


 ――これで、シオン・オルランドを闇に堕とす。


「気負うなよ。嬢ちゃん」


「分かってます」


 どうやら、ヨハンさんはヴェンダーよりも、私を心配しているらしい。

 私の心に気負いは……。きっとあるのだろう。団長の役に立つ為に。

 ……いや、これは私の嫉妬だ。


 以前の団長の右腕である、シオン・オルランドへの。

 そして、未だ団長を支えるまでに至らない自分への劣等感。


 ――自身の気持ちに気づいてしまえば、なんの事はない。滑稽か、無様か。……今の私に似合う言葉はなんだろうか?


「嬢ちゃん、これから行くって時にしけた顔してんじゃねえぞ。シオン相手なんだ……集中しねえと、クビが飛ぶぞ?」


 そうだ。……集中しろ。荒ぶな。落ち着け。やる事を為せ。


「すぅーはぁー……。大丈夫です! 行きましょう!」


「応!」


 深呼吸し、気持ちを落ち着け、前だけを見据える。

 やる事はシンプル。ヨハンさんと、ヴェンダーと連携しジルバキア傭兵団を殲滅する。


 ヨハンさんの頼もしさの溢れる返事は、耳に心地良さを残した。


 私とヨハンさんは、建物の陰から飛び出すと、ジルバキア傭兵団の隊列に正面から正対する様に疾走し、お互いのターゲットに向けてそれぞれ先制射撃を行う。


 更に、私達が飛び出したと同時に、ヴェンダーが狙撃を開始する。

 ――とんでもない狙撃速度と精度だ。任せろと言うだけはある。

 銃声は消音器によって減衰されていて、ここからでは発砲による銃声は全く聞こえないが、僅か数秒で八人もの敵兵を頭部狙撃で射殺している。

 更に例の新装備の為せる技か、跳弾も利用した狙撃を行い、回避行動を取り出した敵兵すら射殺していく。

 これ程の狙撃……はたして第二部隊副部隊長のファルドさんでも出来るだろうか……?


 だが、これなら本当にヴェンダーに任せても大丈夫だろう。


 私は未だ武器を取らないシオンに向けて、両手を前に突き出すようにしてナイトメアを構え、回避の隙間を与えぬよう、フルオートで面的な射撃を行う。

 私はナイトメアから、弾倉を取り出し道路上に投棄すると、太腿の予備弾倉にナイトメアを叩き付ける様にして、弾倉を入れ替え、シオンの行動に備える――が。


 次の瞬間、シオンに私の撃った銃弾が次々に突き刺さる。


「――え?」


 確実に回避して来ると思っていた私は、呆気に取られ、気の抜けた声を出してしまう。

 しかし、次の瞬間、シオンの身体がいきなり崩壊した。


「チッ!! 嬢ちゃん、ありゃジュリアスの異能で作られたニセモンだ!!」


「――!!」


 一気に背筋が凍るような感覚に襲われる。


 ――噂通りの速度で奇襲を受けたらまずい――!!


 私は能力びょうきを解放し、領域同調を行い周囲の心の声を聞き取ると、ジュリアスの心の声を拾う。


 (……あ? 覗いてんじゃねぇよ……鮮血の魔女ネズミが……!! シオンならもう、おたくの団長んトコに行ってんぜ)


「――――!!」


「どうした!? 嬢ちゃん!」


 私の能力びょうきを……知っている?


「シオンは……もう、皇城に行っているらしいです……」


「やっぱ、狙いはサフィーか……!!」


 私達が動きを止める直前、ヴェンダーが敵の団員を全員仕留めきり、先程の跳弾射撃を用いてジュリアスに多面的な射撃を行なった。


 ヴェンダーの放った銃弾は、回避の隙間も暇も与えずにジュリアスに殺到する。


「ハン、ドブネズミが……」


 突如ジュリアスの周りに砂の壁が発生し、殺到する銃弾を防ぐ。


「ヘイ! よくも突然ウチの団員を全員ぶっ殺してくれたな!! ……なぁんてな」


 ジュリアスが、その顔を歪め下卑た笑みを浮かべた瞬間、ヴェンダーが射殺した団員達が、シオンと同じ様に一気に砂に変わった。


「――!」


 隣でヨハンさんが鋭く息を呑んだのが分かった。


「まさか……あぶり出された?」


「みてぇだな……だが、俺達二人と、ヴェンダー……だったか。この三人なら、おそらくジュリアスには勝てる」


 油断の一切無い表情で、ヨハンさんはジュリアスに武器を向けながら小声で話す。

 

「オイ……聞こえてんぞ? ヨハンのオッサン。

 まぁ、狙いは、ジルバキア傭兵団オレたちの足止めか、その撃破だったんだろうが……。

 ハ、読めてんだよ。オメェ等の行動なんかよ」


 ジュリアスは、得意気に笑いながらヨハンさんを指差し、見下す様にサングラスの下からその瞳を露わにする。


「……仮にそうだとしても、貴方一人で紅の黎明の部隊長クラス二人と、戦えるとでも?」


「ハ」


 私の指摘にジュリアスは、鼻で笑う。


 舐められているわけでは無いとすれば、狙いは……遅延戦闘か……?


「テメェらなんざ、もはやオレの敵じゃねぇ。なんせ……オレは、起源者オリジンになったんだからな!!」


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