第六十八話 皇都血戦 44 Side Miel


 朝の陽の光が昇る、一歩手前の明るくも暗くも無い時間。黎明時。


 ――子供の頃、今は亡くなってしまった近所のお婆さんから聴いた御伽話しがあった。


 夜は闇に紛れて、様々な悪意や欲望が渦巻く時間。

 だから良い子は夜は寝ているのだと。

 そして紅き緋の神が昇る時、その悪意や欲望を照らし、浄化するのだと。


「お婆ちゃんの話ではないけど、が、後世で御伽話しになるんだろうなぁ」


 私が今いる地点からは多少距離はあるが、まるで隕石の落下の様にも見えるソレは、飛空艇から焔を纏い、落下した団長自身だろう。


「ま、あんなん。この星の歴史を振り返っても、見た事のあるやつは居ねえ光景だろうよな」


 私の背後から、貫禄のある中年が姿を表した。


「うげ、ヨハンさん……。お疲れ様です」


「うげ、ってなんだよ……。ミエルの嬢ちゃん。おっちゃん老い先短けぇんだから、冷たくしないでよ〜」


「ホントに短ければ、嬉しいんですけどねぇ?」


「ひでぇな。入団したての頃は、だいぶ可愛がってやっただろうに」


「それがあるから、ヨハンさんには頭があがらないというか、恥ずかしいというか……」


 ――――紅の黎明に入団したての頃の私は、周りの人間に言わせれば、危うい雰囲気を持っていたらしい。

 今になってみれば、自分でも自覚できる位には尖っていた時期だった。と言えるだろう。


 他人の心の内が分かるというのは、良い事ばかりでは無い。寧ろ、知りたくもない事を知ってしまう事の方が多い。

 人間は、自信の無い生き物だ。

 自信の無さは、無自覚に心の奥底に潜み、それを表に出さぬようペルソナを作り出す。大概の人間は外面は美人なものだ。

 ――だが、内に潜む醜悪な感情は、表出するまでに罪悪感や遠慮などの様々なフィルターによって濾過され、他者にそれが向く段階になれば、元々の状態からは別物と言える程に薄く、乖離したものになる。


 私は、そんな汚く醜い人間の本性を嫌という程に見てきている。

 当時の私は「人間は、不純物でできている」とすら思っていた位だ。


 しかし、初めて内面と外面に全くと言っていいほど差異の無い人間と、私は出会った。


 紅の黎明団長、サフィリア・フォルネージュ。

 

 苛烈な炎の様にも感じられる己の力への絶大な自信と、表裏の無い高潔な精神は、激しく私を魅了した。

 そして、彼女が率いる世界最強の傭兵団、紅の黎明。

 国を容易に滅ぼす程の圧倒的な力を持つ事により、争いを抑止する存在そのものになるというその理念は、まさに私の理想の体現そのものだった。


 紅の黎明に団員として入団した私は、当時は体力こそ平均以下だったものの、この心を理解する能力びょうきによって、戦闘訓練では相手の動きを先読みし、団員同士の模擬戦では無敗。

 任務では視界に入った敵の思考を読み取る事で敵の行動を把握したりと、部隊長クラスも舌を巻く程に私は傭兵としての頭角を現していった。

 しかし、幼少期の環境がそうさせたのか、私の性格がねじ曲がっていたのか、私は団員の中では孤立していた。

 周りの団員達は、私のこの能力びょうきを異能だと思っており、もしかすると心の内を読まれる事を嫌ったのかもしれない。

 だが、私はそれでも良かった。私の力が、世の平和の為に機能しているのならば、私自身は別に、幸福でなど無くても良かった。

 ――そんな風に思っていた時だ。


「なぁ嬢ちゃん。ずっとそんな顔してて、楽しいのか?」


「しみったれてんじゃねえ、笑えよ。……もとは良いんだからよ」


 団員達が私を避ける中、私にことごとくちょっかいを掛けてきていたのが、当時私が所属していた部隊の部隊長。ヨハン・ウォルコットだった。


 ヨハンさんは、最強の傭兵と呼ばれるサフィリア団長とは旧知の仲で、紅の黎明には、その前身である紅の翼時代から所属しており、二十年以上の付き合いらしい。

 

 事あるごとに、私に掛けられるぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、ヨハンさんの心は静謐で慈愛に満ちたものだった。

 優しい。といえばそれまでだが、打算も他者への優越感も何もない、本当の善意に触れたのは、ヨハンさんか初めてだった。

 ヨハンさんに、この能力びょうきの事を打ち明けた時は、


「確かに、異能なら発動も制御も出来るだろうから、そいつは異能じゃねえんだろうな……。

 だけどな嬢ちゃん。その力とちゃんと向き合ったのか? ただその力に絶望してるだけなんじゃねえのか」


「てめぇの力に打ち克て、ミエル・クーヴェル。自分の世界もちゃんと守ってやれよ。

 ……嬢ちゃんは、強えんだからよ」


「他人のワリィ所を見たらな、良い所をその十倍見ろ! どんな奴だってイイとこもワリィとこもある。嬢ちゃんは、それが不純物だ。とか言ってっけどよ。

 ……良いんだよそれで。ワリィとこがイイもんになる事もあるし、ワリィもんがあるからこそ、人は強くなれるんだ。

 だからな……嬢ちゃんも強くなってみせろや」


 ――今にして思い返せば、なかなかにクサい台詞だと思う。

 でも、今も心に残っているこれらの言葉が、私にそのびょうきを、ある程度制御出来るようになるまでにさせた。

 ずっとそのせいで制御出来ずに、封印してきた心に触れる異能である『精神干渉』も、今では加減こそ下手だが、不自由ないレベルで扱えるまでになった。


 ――全部、ヨハンさんの言葉のおかげなのだ。


 それ故、同格の部隊長となった今でも、顔を合わせるとなんだか気恥ずかしく感じる。


 まるで、激しい反抗期を治してもらったようで。


「なーににやにやしてんだよ。嬢ちゃん」


 時間にして、二秒程だっただろうが、懐かしい記憶が脳裏をよぎり、知らずにも笑みを浮かべていたらしい。


「いや〜、久々のヨハンさんと一緒が嬉しいな〜なんて」


「ハン。さっきは、うげとか言っといて……ったく」


 照れを軽口で誤魔化すと、ヨハンさんは鼻で笑い、大きくゴツゴツとした手のひらを私の頭に、ぽんとかぶせてくる。


「なっ……なんですか。セクハラですよ……!」


「おっと、そいつぁ危険な発言だぜ。緊張してるかと思ってな。

 ……んで、敵さんはあれかよ? なんで徒歩で移動してやがるんだ?」


 望遠鏡を覗き、柔和なヨハンさんの雰囲気が、鋭いものへと変わる。


「ですです……戦闘車両どころか、普通の車両も使って居ませんしね。

 先頭に居るのが、シオン・オルランドですかね」


 私も望遠鏡に目を通し、隊列を把握する。


 先頭を歩いているのは、長さのある直剣を柄尻の部分で連結させた様な武器を、背に斜めに背負った、年の頃で言えば二十代半ば程に見える。

 薄い水色の頭髪が特徴的な美青年だ。


「だな。あの小僧が随分と立派になったもんだぜ。

 んで、その後ろの派手なのがジュリアスだ」


 ヨハンさんに言われ、視線を下げれば――ファーの付いた真紅のコートを地肌の上に直接羽織り、黒の革パンツを履いている。お世辞にも趣味の良いファッションではない。

 その上金色の髪を肩口の辺りまで伸ばし、サングラスを掛けているのだからいかにもチンピラといった感じだ。


「あれが……ジュリアス・シーザリオ……」


 好青年とチンピラ。外見からは、あまり仲良くなれなそうな感じの二人にも見えるが、同じ時代を駆け抜けた傭兵同士、つながる物もあるという事だろうか。


「シオンの小僧は、自身が戦う事が己の命題だとおもっている。ガキの頃よりは落ち着いた様だが、昔は、視野も狭くて戦闘狂って言われてもおかしくは無かったからな。だが、腕は立ったし、潜在能力も相当なもんがあった。それこそ、サフィーに届き得る程のモノを感じさせるくらいにはな。

 それに対してジュリアスの野郎は、金が全ての男だ。野郎なら誰かの下になんかつかなくても、稼げる力はあると思うんだがな。

 ……目的が知れねぇぶん、かえって野郎の方が不気味でもある。

 昔も――ルナは何を考えてジュリアスの野郎を、自分の下に置いてたんだかな」


 ルナ……? あぁ、スティルナさんのことか。


「ふむ……ヨハンさんなら、どう仕掛けます?」


「まぁざっと見て、団員数が二十に、シオンとジュリアスの野郎……。オレとミエルの嬢ちゃん二人がかりとはいえ、多分総戦力で言やぁ、向こうがだいぶ上だろうな。普通に考えれば、逃げ一択だが……イテテテテ!! わあってるよ!」


 ヨハンさんの「逃げ」の部分で、私がヨハンさんのお尻を抓る。

 ――逃亡など、してたまるか。団長の負担を少しでも減らす為に。


「……嬢ちゃん、この距離からだと、一度に何人撃てる?」


「……四……いや、六は」


 ジルバキア傭兵団の隊列まで、凡そ百五十メテル。本来私のブレードガンナイトメアはそんな距離を撃てるモノではないが、それは弾丸そのものに殺傷力を求める場合だ。

 私なら『精神干渉』を使う事で、弾丸で殺せなくても、弾が当たりさえすれば、精神を殺す事も出来る。そういう意味での、撃てる。と言う事だ。


「ほぉ、大したもんだ……まぁ、俺もそんなもんだな」


 私と違い、ヨハンさんのは射殺。という意味だろうけど。


「都合十二。団員の残りは八か……そいつ等を片手間に殺りながら、シオンとジュリアスの相手ね……。全く、骨が折れそうどころかあの世行きかもな。

 よし、オレがシオンとジュリアスを足止めするから、嬢ちゃんは先に団員の掃討をしてくれ」


「ヨハンさんを疑うわけじゃないですが……大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃねぇよ! だから、なる早で頼むわ」


「はは……。了解です」


「いえ、その団員の排除の役目は、オレがやりましょう」


「「――――!!」」


 私とヨハンさんは、突然現れた声に振り向き様に武器を向ける――が、声の主は緋色の髪の協力者。ヴェンダー・ジーンだった。

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