第六十六話 皇都血戦 42 Side Rinon


突風シュトース・ヴィント


 私に向けて、イドラから強い風が吹き付ける。

 まるで嵐のような、立っているのも大変な程の強風だ。


「――っく、単純に厄介だな」


 体勢もまともに取れないようでは、太刀もまともに振るえない。


 目を開けているのも難しい程の強風に乗って、強い殺気が一直線に間合いを詰めてくる。


「くっ……!!」


 無理やり体幹を働かせ、なんとか防御姿勢を取ると、その直後に追い風に乗ったイドラの野太刀が、私の防御をものともせずに振り下ろされる。


 鋼のかち合う硬質な金属音が響き、私はイドラによる一閃の衝撃を捌き切れず、突風と衝撃に勢いよく吹き飛ばされる。


 ――くそ、地に足もつかないようでは、話にもならない……!!


「先程までの愉快なおしゃべりは、どうしたというのですか?」


「うるさいな! キミこそ、よく喋るようになったじゃないか!」


 吹き付ける強風の中、イドラだけがその影響を受けずに平然と立っている。

 

「立つ事すらままならない様では、勝負ありましたかね」


 勝ち誇った様に、イドラは眼鏡を上げ、私を見下ろしてくる。


「風が煩くて、何を言っているのか分からないな!」


 完全に聞こえてはいたが、聞こえない事にして、私は脚に強く命気を纏う。


 ――これなら、少しはマシには動けるか。


 流石に、水鏡みずかがみや、孤月こげつの様な特殊な歩法は使いにくいだろうが、またたき位なら、使う事が出来そうだ。

 ――もっとも、イドラの虚を突くような速度を出すのは難しいだろうが。

 

 私は、未だ強風の影響を強く受けているかの様に、立つのがやっとのフリをする。


「強がっては見たところで、何も状況は変わっていないのですよ!」


 再度イドラが風に乗って斬撃の威力を高め、突撃してくる。


 ――かかった!


 イドラの打ち込みが私の太刀に当たる刹那、私は真横に跳びイドラの斬撃を回避する。


 野太刀を振り切った体勢になったイドラに向け、肘を狙い、撫で切るように太刀を閃かせる。


暴風シュトゥルム・ヴィント


「――ッ!」


 イドラから……いや、様々な角度から、猛烈な風が私の身体を引き千切ろうとするが如く吹き付ける。

 髪と衣服が、行き場を失ったようにばたばたとはためく。

 たまらず間合いを取ろうとするが、荒れ狂う暴風の中、身体制御もままならず、私は片膝を落とした。


「随分とセコい真似をするものですね」


「傭兵っていうのは、戦士ではあるけれど、騎士じゃない。多少礼儀は重んじるけど、フェアな戦い方なんて必要ないんだよね」


 軽口を叩けば、私を見下ろしながら、イドラは鼻を鳴らした。


「ですが、私の風に貴方は為す術を失っている。もはや、諦めてはいかがですか?」


 イドラはどこか諭すように私に言うが、私は生憎とその言葉は嫌いだ。


「断る。キミのほうが私が諦める事を、諦めてよ」


「……残念です」


 私が皮肉げに言えば、イドラは目を細め上段に振りかぶった野太刀を、私の鎖骨を割るように振り下ろしてくる。


 (――これを受けたら、流石に致命傷か……。悔しいけれど、もう出し惜しみは出来ないかな)


行雲流水こううんりゅうすい命気収斂めいきしゅうれん


 私の内から強力な白銀しろがねの命気が湧き出し、私はそれを全身に纏う。


「――!?」


 イドラが私の突然の変化に警戒を強めるが、振り下ろした野太刀は、その軌道を変える事は無かった。


 思考速度が加速し、体感速度がスローになる。

 風に乗って加速していたイドラの斬撃の軌跡が、緩慢になってその細部を見る事ができた。

 野太刀の峰側から、幾筋かの強い気流が発生していて斬撃の速度、重さを強化している。普通なら、そんな機構を刀に付ければまともに刃筋を立てて斬ることなど出来なくなるだろうが、そこは『風の起源者』というだけあって、問題ないのだろう。


 私はイドラの振り下ろす野太刀に太刀を添わせ、軌道ずらしながら力を同調していき、イドラの手首が返った所で一気に弾き飛ばす。


 ――防の太刀、氷面鏡ひもかがみ


 イドラは野太刀が弾き飛ばされるまで、私の太刀に野太刀が吸い付いて動かなくなったように感じたはずだ。

 

「――ッ」


 驚愕の表情で、イドラは弾き飛ばされた野太刀に一瞬視線を送るが、今自分が最優先に取らなければならない行動が、間合いを取ることである事に気が付いたのだろう。


 イドラは暴れ狂う烈風を私に叩きつけ、間合いを取るべく後退するが、行雲流水を纏った今、私には暴風の隙間や流れ――いや、イドラの起源力の流れすら鮮明に理解できる。

 

 ――歩法、瞬・連歩またたき・れんぽ


 暴風の隙間を縫い、踏み込みの角度を変えながら、まるで落雷の様な軌道でイドラに向けて白銀の雷となって、イドラに間合いを詰める。


「な、にッ!?」


「私の、勝ちだね」


 驚愕の表情でイドラは私の姿を捉える。

 

「はああっ!!」


 低く屈む様な体勢でイドラの懐に飛び込んだ私は、気合一声、イドラの肩、肘、腰、膝――各所関節を高速の峰打ちで一気に砕く。

 ぐしゃりと、骨や腱を砕く手応えを感じると、イドラは糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。


「ぐっ……。私の、負けですね……」


 イドラが骨を砕かれた痛みに顔を顰めると、目を閉じ諦観を感じさせる笑みを浮かべ、自身の敗北を認めた。

 私は行雲流水を解くと、一気に全身に疲労感がどっと押し寄せて来た。肉体の疲労も激しいが、精神的な消耗が一番激しい。

 もはや、通常の命気すら扱う事は困難に感じる。


「はぁ……はぁ……んッ、はぁ……はぁ……」


 私の消耗を見て取ったのか、イドラは苦笑する。


「フ……。まるで勝者とは見えない姿ですね」


「はぁ……ふぅー。まだ……全然、いけるよ。それより……」


 私は呼吸を整え、イドラに疑問をぶつける。


「なんで、本気で戦わなかったの?」


「……。本気でしたよ。少なくとも、今の私が行使できる力の限界までは、全力をもって戦いました」


「嘘だ。だって私はアリアの戦いをずっと隣で見ている。……斬術や打法こそ相違無いレベルでも、起源術は、比べ物にならないよ」


 イドラの風の力――確かに強力な風ではあったが、使い方としてはイドラ自身の生身での戦闘を補助する様な使い方しかしていなかった。

 だがアリアなら、視界を覆うような大波を生み出したり、巨塔の様な氷の大剣を錬成したりと、威力も応用性も制御も、今戦ったイドラとは比べるべくも無い。

 同等の力を持った四大起源なかまであるならば、イドラだけ弱いと言う事はない筈だ。


「……言ったでしょう。現状の私の全力は、出したと」


「私、まどろっこしいのとか、話の長い人は嫌いなんだ。……話して。キミはもう私のモノなんだから」


 私は真顔でイドラを責めると、溜息をついてイドラは語りだした。


「ふぅ……。私は戯神に、この眷属体からだ起源紋ちからを捧げたのですよ」





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