第六十五話 皇都血戦 41 Side Rinon


 地下に広がった広大な部屋――というよりは、縦に大きく広がった空間で、イドラの野太刀と私の太刀が激しく鬩ぎ合う。

 鍔迫り合いをしながら、私は自分が少しにやにやとしている事に気が付いた。

 それを見てとったのだろう、イドラが目線は鋭いままに、それを指摘してくる。


「戦いの最中に口元が綻ぶとは、貴方は余程、戦いが好きなのですか?」


 私は一瞬だけ力を抜き、僅かに押されたところで刃の角度を変え、イドラの野太刀を真下に受け流す。


「どうかな? 好きか嫌いかで言えば、好きかもしれないね」


 私は半身になり、イドラが野太刀を戻せないよう、更に半歩間合いを詰めると、太刀の柄尻を跳ね上げ、イドラの顎を狙う。


「レイア様は、長きにわたる世界の闘争に嘆いておられました。その点では、貴方とレイア様は違うのでしょう」


 イドラは敢えて、私が顎を狙った柄尻での一撃と、掠めるように交差して頭を真下に振り私の攻撃を躱すと、しゃがんだ体勢となりながら、私の開いた脇腹に肘鉄を打ち込んでくる。


「んぐッ……。だから、言っているよね。私はリノンだと」


 あまり体重は乗ってはいないものの、打ち方は完璧で、完全に力が伝達していた肘鉄は、私の体の芯に響くようなダメージを与える。


 ――打法も、やはりアリア並みか。


「ええ、貴方とレイア様は違います。……それ故でしょうか。私が貴方を、認められない……いや、認めたくないのは……!!」


 くの字になっていた私に、イドラは更に回し蹴りを放ってくる。瞬間的に自らも後ろに跳ぶが、私は吹き飛ばされながら蹴りの衝撃により口から肺の内の空気を吐き出す。

 

 蹴られた体勢を取り直し、再度イドラに向けて間合い詰める。


 ――歩法、またたき


 強烈な踏み込みにより、一瞬でイドラを間合いの内に入れ、私は下段からイドラの胸を貫く軌道で突きを放つ。


 ――攻の太刀四の型、雪月ゆきつき


「――!!」


 瞬く間に加速し、自らを穿つ刺突に対し、イドラは腰の剣帯を軸に鞘を回転させ、鞘でもって私の太刀を打ち上げ、雪月の軌道を変えられる。


 イドラの頬と、若草色の髪を浅く裂き、イドラの顔の横に私の太刀が空振る。


「それが貴方の戦刀術ですか……!」


 イドラは私の胴を横に薙ぐ様に、野太刀を片手一本で振るう。

 片足を九十度回転させ、身体ごと回転しながらの零距離からの斬撃。


 ――撫で斬る軌道で一閃される斬撃は、それでも身体の重さを乗せた威力のある斬撃だ。


 私はそれに対し、イドラと同じ様に鞘を跳ね上げ、剣帯と肘で鞘を縦にし、斬撃の間に割り込ませる。


「猪口才な!」


 イドラは、そのまま野太刀を振り抜くと、鞘での防御範囲を超え、私の右脇腹が浅く斬り裂かれる。

 野太刀を振り抜いた体勢でこちらを見やるイドラの瞳は、私が痛みを堪えつつ彼の肩口に向けて太刀を振り下ろすのを捉えていた。


 イドラの右肩に太刀が下ろされる刹那、イドラは両膝の力を抜き、脱力したようにしてその場に座り込む様に身体を送り、斬撃の速度と同調する様に動き威力を流す。

 それにより、私の斬撃はイドラの衣服を浅く切り裂くに留まった。


「――シッ!!」


 私は、更に腕の振りだけでイドラの脚を狙い太刀を振るうが、イドラは女の子座りの様な状態から、膝から下だけを伸ばすように使い、器用に跳躍して間合いを取った。


「なかなかに、気味の悪い体捌きだね」


 動きは気持ち悪いが、実際に最適な回避行動だったともいえるだろう。

 イドラは私の言い方が少し刺さったようで、眉を顰め、眼鏡の奥の双眸を細めた。


「貴方の方こそ、私の技を盗みましたね」


 ――あぁ、鞘を使った防御術か。確かにあれで雪月の鋒を逸らされた時は、そんな手があったかとも思ったし、直後に同じ様に鞘を使いイドラの斬撃を防いでは見せたが。


「確かにね。あの技は、今後も使わせてもらうかもしれないけれど、今キミがやった歩法……でいいのかな? あの女の子座りジャンプは、恥ずかしいからやらないけどね」


 私は煽る様に、内股で軽く跳び跳ねて見せる。


「……やはり、貴方の事は好きになれませんね」


 イドラは眼鏡を掛け直し、野太刀を八相に構える。


「それはそれは……。私は案外、キミの事をからかうのが、楽しくなってきたよ」


 前傾姿勢気味に脇構えになると、私は地面を滑るように加減速しながら、ゆらゆらとイドラに向けて歩を進める。


 ――歩法、流水りゅうすい


 ぴくりと、一瞬イドラが野太刀を動かしたが、八相のまま私が仕掛けるのを迎え撃つつもりのようだ。


 (流水の特性を見抜いたか)


 流水は、加速点と減速点が絶え間なく起こり、一定速にならない歩法だ。

 力みの無い足捌きによって生み出されるその動きは、相手を幻惑しながらも、いつでも突然トップスピードに乗れる準備ができている。


 ――つまり、いつでもまたたきに切り替えられる。


 その急激な速度差に、初見で反応してくるのは難しいだろう……が、イドラは先に私のまたたきを見たのもあってか、流水の特性を見切った上で、後の先を狙っている。


「待ってるだけだと、その間にアリアが戯神を倒しちゃうかもね」


 私は、言葉でイドラの意識を散らそうと、適当な事を言ってみるが、イドラは私の動きを黙して見ている。

 ……流石、というべきか。


 ならば、様子見もここまでにしよう。


 私は全身に命気を纏う。行雲流水は、もう気軽には使えないので、纏ったのは無色透明の命気だが、見えない筈の命気を感じ取ったのか、イドラの顔色が変わった。


「それは……もしや豊穣の……?」



 郷愁と後悔の入り混じったような、悲しげな表情か垣間見えた後、イドラの表情は固いものとなった。


 私は捻りを加えた踏み込みで、遠間から弧を描き、一瞬でイドラの背後を取る。


 ──歩法、瞬・孤月またたき・こげつ


「――!」


 私の速度にも、イドラは視線で追って反応する。


 私は彼の背中を狙い、斜めに渾身の力で一閃する。


 イドラは野太刀を担ぐ様にして、無理矢理私の太刀筋の先に野太刀を挟み込んできた。


「ごぁッ!?」


 ――しかし完璧に刃筋が通り、私の力を全て伝達した一閃は、イドラを背中から力任せに吹き飛ばす。


 野太刀を挟んだことにより、斬る事こそ叶わなかったが、背後を取った上で体勢を崩させた。


 (――勝機!)


 私はイドラに向けて踏み込みながら、手首を回転させ納刀する。


 イドラの背を間合いに収めた刹那、上体を捻転させ、指弾の要領で鍔元を弾き、抜刀速度を更に加速させる。


 ――攻の太刀二の型、驟雨しゅうう


 打ち放つは、神速の一閃。


 雷光の如き速度をもって振りぬかれた横薙ぎの一閃が、イドラの背を切り裂く刹那、強烈な突風が私に向けて吹きつけ、イドラの身体は斬撃の間合いから遠く離れていった。


「『アネモス』……それがキミの、真の力という訳だね」


「貴方も、その力を纏うのですから、卑怯とは言わせませんよ」


 ふわりと空中に浮かび上がると、イドラはそう言った。


「卑怯なんて思ってないよ。寧ろ……いつ使ってくれるのかと思っていたくらいだ」


「何……?」


 私が不敵に笑いながらそういえば、イドラは眉を顰め、高い位置から私に鋭い視線を向ける。


「だって、本気のキミを倒さなければ、負けを認めないでしょ? キミって、理屈っぽそうだし」


「……フフ。そうきましたか。いいでしょう。私の全力を持って貴方の力、推し量ってさしあげましょう……。リノン・フォルネージュ」


 皮肉を言ったつもりなのだが、イドラは何故か嬉しそうに笑っている。

 そして、おそらく初めて私を私として見たような気がした。


 なんだろうな……。自分でもよく分からないが、心の奥底が高揚しているような感覚がある。

 

「まぁでも、悪い気分じゃないね……」


 (良し、往くか)


 私は宙に浮いたイドラを見上げると、イドラは尚も微笑っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る