第六十四話 皇都血戦 40 Side Rinon 


 私とアリアは、巨大オリジンドールがあると思わしき部屋に突入した時、既に戯神ローズルと巨大オリジンドールは、音も無く姿を消していた。

 どのようにして、巨大な機械人形が外に出たかといえば「おそらくは戯神の空間干渉を用いて何処かへ消えたのでは」とアリアが言っていた。


 ――しかし今、私達の眼前には一人の見目麗しい青年が、我々の行く手を阻んでいる。


 私は、腰を落とし霞に太刀を構え、視線を鋭くする。

 傍らのアリアも槍に渦巻く水流を纏わせ、眼前の男に、こちらまで肌が粟立つほどの殺気を放っている。


「イドラ……!! まさか貴方が、戯神の下らない構想に乗るとは思いもしませんでしたね」


 アリアは私にも聞こえるほどに、音を立てて歯を軋らせ、眼前の青年――。イドラと呼ばれた男に向けて語りかける。


「……貴方とは違い、私はレイア様にもう一度仕えたいのです。

 我々はレイア様の眷属。四大起源テトラ・オリジンとして、現界しているのですから。

 ならば手段はどうあれ、レイア様が今一度、此の世に還られるというのであれば、我々はそれに従い動くのが、当然の義務なのではありませんか? 『水の起源者アクエ・オリジン』アリアンロード・アウグストゥス・アウローラ」



 私達と対峙している男……。それは『風の起源者アネモス・オリジン』イドラスフィア・アウグストゥス・アウローラと名乗っていた。


 若草色の長髪に四角いフレームのメガネを掛け、理知的で穏やかな物腰ではあるが、彼の口から紡がれる言葉には強い意思を感じさせられる。

 アリアとは旧知の仲のようでもあるが、今の雰囲気は、剣呑でとても仲がいいとは言えない雰囲気だ。


「その物言い……。貴方は、リノンの事をなんとも思っていないというのですか……!」


 イドラは私を一瞥すると、軽く目を閉じる。


 ――イドラが私の事をなんとも、とはどういう意味だろうか?

 私はちらりとアリアを横目で見るが、アリアは怒りを込めた視線をイドラに向けるのみだ。



「……アリアンロード。貴方にも分かるでしょう。彼女は、レイア様では無いんですよ?」


「だからなんだというのだ!! 巫山戯るな……巫山戯るなよ貴様!!」


 アリアがイドラに激昂する。


「あの時……。十年前にリノンを見つけた時……我々は誓っただろう!! この星が母さんレイアの力であり、リノンもまた母さんレイアを継ぐ者だと!! だから……!! リノンを、アーレスを護ろうと誓っただろうが!!」


 アリアは叫ぶ様にイドラに訴えかけるが、イドラは瞑目して、首を横に振るのみ。


「お前は、戯神が母さんレイアを滅ぼした事を、忘れたというのか……?」


「いえ、それは忘れる訳がありません。……ですが、それはそれでしょう。

 私は結果として、レイア様が我々の元に戻るのであれば、多少の事は目を瞑るつもりです」


「多少の事だと!? あの怒りを忘れ、戯神に駄犬の様に付き従い、そしてリノンを……。母さんレイアの魂すら穢すというのか!!」


 アリアの脚元が音を立てて冷気を放出し、周囲を凍りつかせ始めた。

 怒りで我を忘れ、自らの力が漏れ出しているのだろうか。


「ごめん。ちょっといいかな?」


 私は二人の会話に割って入る。


 アリアはハッとして、私に視線を移す。イドラもまた、涼しげな眼差しで私の様子をうかがっている。



「まどろっこしいのは、嫌いだから率直に言うよ。

 なんとなく、会話から想像しただけだから、間違ってたら指摘してね。

 貴方達の母親がレイアっていう人で、私がその人の魂を引き継いでいるってことだよね」


「ええ、その通りです」


 アリアは私から目を逸らしたが、イドラは視線を逸らさずに私の問に応えた。


「そして、戯神が私……。いや、私の生命を使って何かをすると、貴方達の母親が復活するという事で良いんだよね」


「その解釈で大丈夫ですね」  


「イドラ……貴様……!」


「アリアは、黙っていて」


 私はアリアを押さえつけると、アリアは苦々しいものを噛んだように目を伏せる。


「んで、アリアは私を生かしたい。でも、貴方はレイアを復活させたい。そういう事だよね?」


「ええ」


「一応聞いておくけど、他の四大起源テトラ・オリジンの二人は、どういう考えなの?」


「……『大地の起源者ガイア・オリジン』ラディウス・アウグストゥス・アウローラは、アリアンロードと同じ意見のようです。……姿形は変われど、レイア様の魂の在り方を尊重すべきだと。

 『火の起源者フォティア・オリジン』ファルティーナ・アウグストゥス・アウローラは、どちらとも言えぬようですね。奔放な彼女の事ですから、私とアリアンロード、この争いに勝った方を支持するつもりでしょう」


「そっか、分かった。スッキリしたよ……ありがとう。イドラスフィア」


「リノン? まさかとは思いますが……」


 私が溜飲を下げた様子を見て、アリアは何か勘違いしたようだが、


「まさかも何も無いよ。そういう事なら、私は、自分が生きる為にイドラスフィア、貴方を斬る。ただそれだけだね」


「リノン……」


 アリアにとって、大切な人間であったのは、私にも理解できる。

 私だって、母様がもし死んでしまって、大切な人間を犠牲にすれば母様を取り戻せると言われれば、悩む事もあるかもしれない。


 だが、私は自分の知らない誰かを生き返らせる為に、自分が死んでなどやるものか。

 私は私だ。レイアでは無い。


 ――だから。


「だから、貴方を斬るよ『風の起源者アネモス・オリジン』……イドラスフィア・アウグストゥス・アウローラ」


 霞に構えていた太刀の鋒を少し下げ、即座に踏み込める体勢を取る。


「……そうですか。でも、私も負けてやるわけにはいきません。レイア様を、少しでも取り戻せる可能性があるのならば、私は、何もかもを犠牲にする」


 イドラは、手に持っていた長大な太刀……野太刀を抜き放ち、正眼に構える。


「太刀使いか……そこは、気が合いそうだね」


「ふ……そうですね」


 イドラは一瞬、薄っすらと微笑み、直後に視線を鋭いものに変える。


「アリア、コイツは私一人でやる」


「な……! 相手は、眷属体とはいえ、起源者ですよ? 二人でかかったほうが、確実です!!」


 アリアは私を制止するが、その言葉を聞いてやるつもりは無い。


「駄目。私が一人で倒す。そして、何千年も生きているくせに、死んだ人が生き返るなんて甘い幻想を持っているその性根を、叩き斬ってやる」


「……ですが」


「私は、私だ。レイアじゃない」


 私の言葉に、アリアが、ぐっと息を飲み込むのが分かった。


「わかりました……」


「んじゃアリアは、先に外に出て戯神ってヤツをとっちめてきてよ。……できるでしょ? 相棒」


「……」


 無言だが、アリアは力強く肯くと、ここに来た通路を引き返して行く。


 ――ごめんね。アリア。


 でも、私は自分の存在を、会った事もない誰かと重ねられて、私が私じゃないような事を言われるのは、ごめんだ。


「ごめん、待っててくれたんでしょ?」


「アリアンロードは、同胞のようなものですからね。仮に一時的に敵対したとしても、あまり悪い心象は持たれたくないので」


 イドラは、苦笑しながらそう言った。やはり、根は悪い人間では無いのだろう。


 イドラにとっては、私よりレイアの方が存在価値が上だというだけ。それに基づいて、レイアを蘇らせるという信念のもと、今こうして私の前に立ち塞がっているのだ。


「アリアは、短気だけど、優しいからね」


「ええ、知っています」


 おそらく、イドラと私は、きっと今同じ表情をしているのだろう。


「ねぇ、私と、賭けをしようよ」


「賭け……ですか?」


 イドラは疑問を覚え、唇をへの字にする。


「うん。キミが私に勝てたら、私は大人しくキミと戯神の言う通りにしてあげるよ。

 ……でも、私が勝ったら、キミは私のモノにする」


 私の言葉に、イドラは目を丸くした。


「くく……ははは……。そんな所は、レイア様に似ているとはね……。

 くくく……。わかりました。いいでしょう」


「何がおかしいのか知らないけど、私が勝ったら、レイアと重ねるのは、金輪際やめてもらうからね」


「ええ、いいでしょう。……では、早速始めましょうか」


 イドラは、それまで笑みを浮かべていたのを、真剣な表情に切り替える。

 静かだが、雄大なものを感じる殺気は、嵐の前の凪の様にも感じられる。


「……『銀嶺』リノン・フォルネージュ」


「四大起源が一人、『風の起源者アネモス・オリジン』イドラスフィア・アウグストゥス・アウローラ」


「往くよ!」


「参る」


 イドラは疾風の様に、私は銀光の様に一瞬で間合いを詰めると、野太刀と太刀が激しくぶつかり合った。



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