第六十三話 皇都血戦 39 Side Safilia
――私は、代々傭兵稼業を生業としている名家であるフォルネージュ家に生を受けた。
フォルネージュ家には、この家を名家とした理由でもある強力な異能『炎』があった。
その異能はどういう理由か、その時の持ち主が死ぬと、当代でもっとも力を持った他のフォルネージュ家の者に受け継がれ『炎』を継承した者は、例外なく当主の座に座る事となっていた。
私はこの世界に生まれ落ちたと同時に、当時の当主であり、父でもあったベルメティオ・フォルネージュから、その異能の力が生まれて間もない私に移るという、過去のフォルネージュ家の歴史を振り返っても例を見ない形で、その力を継承した。
当時のフォルネージュ家は、私という存在に揺れたが、私が成人するまでは、父が当主代行を行うという形になり、私は家のしがらみを気にせずに、周りの期待を凌駕する程に力をつけていった。
やがて私が十五の年になる頃には、故郷でもあるエネイブル諸島連合王国内でも、フォルネージュ家歴代最強にして、王国最高の傑物と言われるまでになっていた。
それまで王国の専属傭兵として、王国の重要戦力の一つであったフォルネージュ家だが、戦時下では優先的に協力するなどのいくつかの協定をエネイブルと結んだ上で、私は家を出奔し、傭兵団『紅の翼』を結成する。
結成といっても、当時は小娘同然の私の傭兵団に好き好んで入るものはそうおらず、しばらくは五名程しか居なかったのだが。
因みにヨハンとは、この頃からの付き合いでもあるが、こういった仕事だ。他の最初期のメンバーは、皆死んでしまった。
そして、十七の頃。私は最大の好敵手に出会う。
――スティルナ・ウェスティン。ザルカヴァー王国の資産家の娘であり、古流刀術である水覇一刀流正式伝承者。年も同じであり、秘めたる異能も『氷』と、私と対をなす存在としか言えない者だった。
初めてスティルナと戦った時は、どちらかと言えば、私は実力的に押され気味だったように思う。それ程までにスティルナの剣の冴えは鋭く、私は初めて戦闘の中で敗北を意識した。
結局は決着がつかず、双方撤退する形でその時は戦いの幕を閉じたのだが。
私はスティルナと戦ってからは、貪欲に力を求めた。
……初めて身近に感じた『死』というものに恐怖したのもあるが、それ以上にあの女に負けたくないという気持ちが、私を死にもの狂いの修練に追い込んだ。
――そして私はある日、自らの力の根源に触れた。
それは、魔法陣の様でもあり、紋章の様でもある不思議なものだった。
その力の根源とは、会話こそできぬものの対話をしたような感覚があり、その力の根源は、それ以降、私にこれまでよりも強力な力の行使を可能とさせた。
それが、私の異能が『炎』から『焔』と変わった時であった。
しかし、私はこれまで『焔』の深淵たる力を行使したことは無い。スティルナとの決戦の場であった灰氷大戦の時ですらだ。
その深淵たる焔は、人間相手に使う様な力では無いと思い封じてきた力ではあるが……。
どうにか御すしかないようだな。御せねば、シオンが死ぬ。
「往くぞ。……生き延びてみせろ、シオン」
――そしてこの力、御してみせろ。サフィリア・フォルネージュ……!
「
私の身を焦がす様に、周囲に焔が上がり立つ。
その焔の色は赤から黄色、白と色を変えていく。あまりの熱量に、制御が追いつかず、意図せずに庭園の芝生を一瞬で灰にしてしまう。
焔の色が白から青となり、その青みも徐々に深海の如き蒼黒き焔となっていく。
(く――。……そう長くは制御できんな。仮に制御を失えば、最悪己の身どころか、この皇都ごと灰燼と化しかねない)
「――は。やっぱり……。団長は、すごいですね」
シオンは、その全身を流れる大量の冷や汗に気が付いていないのか、私の周りをたゆたう
「光栄ですよ……! やはり貴方を目指してここまで来て、正解だった!!」
シオンは凄絶に嗤うと、傍らに突き刺さっていたダブルセイバーを引き抜き、銃とダブルセイバーを両手に装備した形となる。
――ふ。そんな顔をされれば、私も全力で迎え撃つしかないだろうが……!!
「挑ませてもらいますよ……!
シオンが居た場所で、爆弾でも爆発したかのように芝生が爆ぜ、土砂が盛大に飛び散った。
シオンの圧倒的な踏み込みで、地面が爆ぜた証だ。
その不可視の速度から、更に『疾風』の異能が乗った銃弾が放たれた。
その圧倒的速度は、もはや不可知とすら言え、私が知覚出来ない速度で、私の蒼黒の焔に突き刺さった。
その超々加速した銃弾は、蒼黒の焔に触れた途端に灰すらも残さず消滅する。
更に四発程の銃弾が、私に向け放たれたようだが、それ等は全て同じ末路を辿り、消滅する。
(――チッ……!! この力、魂が震えるようだ……。もはや一分も、制御は出来んな)
シオンの奥の手とも言える不可視の銃弾を容易く防いだものの、異常な異能の出力に意識が揺らぐ……。
力の根源に接続している為、異能の力が尽きる事は無いが、問題はその制御だ。集中力、精神力。全ての内在的な力が、ガリガリと削られているのが分かる。
「本来、搦手は好かんのだがな」
内心でシオンに侘びながら、私は集中し螺旋状に蒼黒の焔を展開する。
「
私を中心にして、蒼黒の焔壁が螺旋状に立ち上がる。これにより、弾丸で私を狙う事は出来なくなったと見て良い。
後は、ダブルセイバーで直接私を狙って来るしかないだろう。
シオンを迎え撃つ為、大剣に蒼黒の焔を纏わせる。
「
大剣を立て、両手で右肩の位置に構える。
蒼黒の焔が天を焦がす様に立ち昇る様は、異様な光景だろう。
――殺気の線が、焔の螺旋の道を駆け抜けて一瞬感じられた刹那、義手の上側――左腕の肘のあたりに灼熱感を感じる。
(斬られたか)
私の眼前でダブルセイバーを振り抜いた姿勢のシオンと、その直上に斬り飛ばされた私の腕が鮮血を振り撒いて飛び散る。
私は螺旋状の焔の道を閉ざし、退路を断つと同時に、蒼黒い焔をシオンのダブルセイバーに絡みつかせ、それを消滅させる。
咄嗟にシオンはそれを手放すことで、自らが燃え散る事を回避したが、意識がそちらにずれたのは悪手としか言えない。
「見事だ。シオン」
私は眼前の
シオンは咄嗟に半身になって、私の斬撃を躱そうとするが、僅かに遅い。
「ッぐうううっ!!」
私の斬撃は、シオンの左腕を肘から下を断ち斬ると、断ち斬られた前腕は刹那のうちに蒼黒い焔に包まれ消滅する。
「消えろ!!」
私は声に出して、蒼黒い焔の発動を停止し、異能の根源の力との接続を解除する。
(――ギリギリ間に合ったか)
本来斬られたシオン自身も、灰すら残さず消滅する筈だが、必死の制御を行い、腕の切断面を炭化させるに留める事が出来た。
肉の焦げる匂いが僅かにするが、なんとか殺さずに済んだのは僥倖と言えよう。
「く……。命すら守られるなんて僕の、完敗ですね……」
シオンは炭化した腕を右手で押さえ、大量の脂汗を流しながら敗北を認める。
「いや、ギリギリだったよ。……お前はもはや、スティルナを超える私の好敵手になった」
実際、この力を僅かな時間ながらも完全に制御出来たのは、シオンを殺すまいと、自らの力に抗った結果でもある。
――シオンのおかげで、私はまた次のステージへと歩みを進めることが出来たのだ。
シオンに斬られた腕を止血する為、表面を自らの焔で焼き、血を止めていると、シオンがぶるぶると震え出した。
「――大丈夫か?」
「ッッッ!!!」
「うわっ!? 何だお前その顔……」
シオンは、端正な顔をこれでもかと歪め、泣いていた。
「嬉しいのと……っく、くやし……っく、いのと、半分ずつです……」
そうか……。私に認められたのと、私に負けて悔しいのと、半分ずつの涙と言う事か。
「悔しいなら、また挑め。悔しいと思っているぶんだけ、お前はまだ強くなれる」
「ぐううううあああああっっっ!!!!」
「――敗北を誇れ、シオン。……お前が挑んだこのサフィリアは、世界最強と言われる傭兵なのだから」
いつかは、リノンとも戦わせてみたいものだな。リノンであれば、シオンの不可視とすら言える速度にも対応できるだろう。
娘と好敵手の未来の戦いを脳裏に描き、少し心が高揚すると、シオンが次第に泣きやんだ。
「団長……いや、サフィリア殿。僕は今日という日と、この傷を誇りに思います」
シオンは私に燃やされた腕を抑えながら、真っ直ぐな眼差しで、私を見つめてくる。
昔は、腕は立つがどこか幼さの残る子供だったが……。随分と成長したものだ。
「私もだ。この傷に誓い、お前が私を殺すまで、最強の名を守ると誓うよ」
シオンに私なりの決意を誓うと、大剣を担ぎ皇城を視界に入れる。
――しかし、これだけ騒いでも、まだ出てこんとはな。
「さて、悪いがまだ仕事の最中でな。名残惜しいが、お前とゆっくり話している時間は無いんだ」
「あはは……それもそうですね。僕の戦いは終わっちゃったので、放心してました」
苦笑いを浮かべ、物寂しそうに言うシオンに私は、落ちていた義手を拾い、差し出す。
「やるよ。私はお前のおかげで、切断面がコレより上になってしまったから、これはもう使えんからな。
今のお前の腕の感じなら、丁度良いだろう。後で腕の良い技師に神経接続してもらえ」
「……あ、ありがとう、ございまひゅ……」
「泣くなよ……。どれだけ、私が好きなんだ。お前は」
シオンに義手を押し付け、私は大剣を背中の固定具に納める。
「じゃあな。シオン」
「はい。……今度こそ、俺が勝ちますから、待っていて下さい」
「あぁ。まぁ、簡単には渡すつもりもないがな。この最強の名は」
私はシオンに微笑むと、皇城に向けて脚を進める。
(さて、次は『鉄血』か)
消耗は激しいが、打ち倒してくれよう。
皇国最強、鉄血のグレン……。負ける訳にはいかないな。
「私は、世界最強なのだから」
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