第六十ニ話 皇都血戦 38 Side Safilia



「ほぉ……これは……」


 異能を解放したシオンは、圧倒的な速度をもって三次元的な移動を行っている。……とは言ってもそれは、私の眼にすら映ることは困難だ。

 時折、踏み込みを切り返した際や、シオンの移動によって破砕されていくこの庭園の芝生や瓦礫等が舞散れば、その土砂等を吹き飛ばす様に移動した際は、かろうじて視認できるといったところか。


 しかし、ヤツの主武装であるダブルセイバーは、未だに私の手に握られている。

 ――さて、銃でどういった戦い方をするのか。


「これは、団長を倒す為の戦技です。受け止められますか……? 反逆の嵐ストーム・オブ・リベリオン!!」


 虚空から、シオンの声が響くと、私に向けて銃弾がそこかしこから飛来する。

 一発や二発ではない。まるで嵐に吹かれる雨粒の様に大量の銃弾が多方向から私に向け殺到する。


「――チッ、厄介な……。灼華焔・千日紅しゃっかえん・せんにちこう


 私は自らの身体の周囲に展開していた幾つもの火球を、私の周囲で高速回転させる。


 殺到する銃弾は、私を護る火球に触れ焼き焦がされるかと思いきや――勢いを減衰しながらも私の焔を貫通し、私の身体に撃ち付けられる。


 防弾装備の為、衣服を貫通する事こそ無かったが、勢いを削がなければおそらくは私の身体に突き刺さっているだろう。

 

「この弾は……なにか特別製か」


 通常の弾丸程度であれば、私の焔に触れた時点で焼き尽くされよう。

 それをすり抜けてくるとなれば……チッ。 

 まともに思考も許してはくれんか。


 思考している間にも、シオンの弾丸は縦横無尽に様々な角度から私を襲っている。


 私は身を護る灼華焔・千日紅の範囲を大剣一本分外側まで広げ、それを突き破ってきた弾丸を尽く斬り捨て、または義手で打ち払い、防御していく。

 防弾装備外の部分、頭部さえ守れば痛みはあるが、防御は可能だ。

 

 ――もはや、防いだ弾丸は百を超えるだろう。というところで、唐突に弾丸の嵐が止み、私の正面にシオンが姿を現した。


「流石は団長ですね。このアーレスで一番耐熱温度の高い特殊素材を弾丸にしているんですけどね……。今団長へ向けて撃った分だけで、弾代が戦車二台買えるぶんくらい掛かってるんですよ?」


 シオンは軽口を叩きながら、弾が切れたのか拳銃を一丁投げ棄てる。


「知った事か。厄介な技を身に付けたものだな」 


「……厄介なのは、これからですよ」


 シオンは私に向け、まだ持っていた拳銃を一丁、こちらに向ける。


 ――まさか。


 シオンは銃の引鉄を引く。


 銃弾は――。


「ぐっ……」


 私の左肩……義手より上の生身の部分を、シオンの撃った弾丸が貫く。防弾装備の衣服をまるで紙を穿つ様に貫通し、私の背後に弾丸が抜けていった。


「弾丸に異能を付与したか。以前は出来なかった事を……」


「団長を倒す為、頑張りましたから」


 爽やかに笑うシオンだが、自身の身体能力を向上させる様な異能を、弾丸に付与する等……。もはや、異能の性質が変わっているとすら言える。


 これは……もしや。


「シオン、お前も自らの力の根源に触れたか」


「やっぱり、団長は知っていたんですね。それ程の力ですし、知っていてもおかしくはなかったか」


 我々が持つ異能……それには力の根源がある。自らの力の理とでもいうべきものに至った時、それを認識できる様になる。

 私の場合は十七の頃、紅き翼を立ち上げる直前の話だ。その時、私は自らの力の限界に触れその力の理を越えた。

 その力の根源は、なにやら印……。いや紋章とでも言うべきか。その様なイメージのものだが、それに触れ、自らの力を理解する事により、異能は真の力を発揮する。


 これに至ったのは、おそらくこのアーレスの歴史上、私とスティルナだけだったのだろうが、ついぞ目の前のシオンもそれに至ったのだろう。


「この力を得なければ、僕はきっと団長と戦おうとは思わなかった……自分の真の力に触れた時、僕は団長やスティルナさんと同じステージに立ったと自覚したんです。

 ……だから、団長。そろそろ僕と本気で戦って下さい」


 ――気取られていたか。


「手を抜いていたわけではない。実際、お前の撃った弾丸も、先程の技も、私にとっては十分に脅威となるものだった」


「なら、何故!! 団長も、異能の深淵に触れているんでしょう!?」


 異能の深淵。私の言うところの、力の根源の事か。……言い得て妙だな。


「……私は、お前を殺したくは無いんだよ」


「グッ……」


 私の言葉に、シオンは歯噛みする。


 私が自らの異能を真に解放すれば、間違い無くシオンは無事では済まないだろう。

 手加減が効くものでは無いし、細かな調節は出来ない。


「勝負という意味なら、戦ってみなければ分からないだろうな。……実際、お前は強くなったよ。対人戦であれば、灰氷大戦あのころの私とスティルナと相違無いレベルにいる。

 紅の黎明の部隊長達でも、お前に勝てる奴はおそらく居ないだろう。

 だが、殺し合いであれば、勝つのは……いや、お前を殺すのは、間違いなく私なのだから」


「……僕では、未だに団長に勝てないと言うんですか」


 シオンは銃口を私の頭に向け構える。その表情は、悔しさがまとわりつき、今にも泣き出しそうな少年のものだ。


「そうだ。……退け、シオン。お前がその引鉄を引けば、私も身を護る為、その力を使わざるを得ない」


「……ッ」


 私は本心から、そう言っている。シオンは今、私がここで殺すべきではない。

 本当に強くなったからこそ、もっと力を高めれる場もあるだろう。


「もう一度言う。退け、シオン」


 私はシオンのダブルセイバーを、シオンの傍らに投げ捨て、自らの大剣の鋒をシオンに向ける。


「僕は……」


「僕は……貴方に勝つ!!」


 シオンは目を見開き闘志を剥き出しにすると、その引鉄に掛けた指に力を入れる。


「――残念だ」


 そう言うと、私は自らの『焔』の力の深淵を解放した。

 



 

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