第六十一話 皇都血戦 37 Side Safilia


 

 焼け焦げた離宮を出ると、広い庭園が目の前に広がった。


「なかなかに、雅なものだな」


 澄んだ水が常に対流した池は美しく、その周りは刈り揃えられた芝生が一面に広がる。所々アンジュレーションが効いた芝生は、日が当たると陰影が現れ、なんとも言えぬ美しさを醸していた。


 ――清涼な空気を肺に入れると突如、涼やかな朝の風に混じり、突き刺す様な殺気が私に叩きつけられる。


「……ふむ。お前の事は、ウチのミエルが、大層殺したがっていたぞ」


鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチと名高い、紅の黎明第一部隊隊長、ミエル・クーヴェルさんですか。僕の方は面識はなかったと思いますけどね」


 城の影から日の下に抜け、ゆったりとした足取りでその男は現れた。


「久し振りだな。シオン。良い男になったな」


「お久しぶりです。団長。ありがとうございます。お世辞でも、嬉しいですよ」


 シオン・オルランド。私の元右腕にして、現ジルバキア傭兵団団長。

 ――『血旋騎けっせんき』の通り名で呼ばれるこの男は、戦場に血の赤き旋風を巻き起こす世界でも指折りの傭兵でもある。


 私の元にいた頃は、まだ青さの残る少年といった感じだったが、今の姿は見目麗しい青年だ。

 色素の薄い水色の髪をバンダナで纏め、私が以前くれてやった灰白色のコートも変わらずに纏っている。獲物である長大なダブルセイバーも相変わらずのようだ。


「顔付きは変わったが、服装や得物は変わらないな」


「気に入っているんですよ。それに、それを言ったら団長も、そうじゃないですか」


「それもそうか。――ふふ。しかしこれから戦おうというのに、どうしても懐かしさが勝ってしまうな」


「そうですね。僕もやはり、団長と話すと楽しくなっちゃいますね。

 でも、郷愁に浸るのは、互いの仕事が終わってからにしましょうか」


「それはそうだな。

 ……ふ。まさか、お前に仕事を急かされる日が来るとはな」


 会話を打ち切り、私が大剣を担ぐ様に構えれば、シオンもまた、ダブルセイバーを右手で持ち、身体の前に真横にして構える。


 シオンは爽やかに笑ってみせてはいるが、放つ殺気は徐々に強まっていく。


「紅の黎明、団長。サフィリア・フォルネージュ」


「ジルバキア傭兵団、団長。シオン・オルランド」


「往くぞ」

「参ります」


 私達は、身体の内に圧し固めていた殺気や闘気を一気に相手に叩きつける。


 突然、突風に吹かれたかと思うほどに、髪や衣服がばたばたとはためいた。


「『灼華焔しゃっかえん鳳仙花ほうせんか』」


 担いだ状態に構えた大剣を、両手で袈裟懸けに振るう。

 当然斬撃は空を斬るが、私の振るった斬撃速度と同速で、火の粉を散らしながら幾つもの紅の炎華がシオンに向けて殺到していく。

 奴にとっては目くらましの様な技だろうが、修練を積んだシオンを推し量るには良いだろう。


「ふっ!!」


 シオンはダブルセイバーを凄まじい速さで回転させる。

 まるでバトンを身体の周りで振り回し、加速させていくような行動を、あの長大なダブルセイバーで行っている。


 ダブルセイバーの回転速度があまりにも速く、回転弾倉式の拳銃を撃った時の火薬が弾ける様な音がシオンの周りで発生している。

 ――あれは、ダブルセイバーの先端速度が音速を超え、空気の壁を破壊している証拠だ。


 私の放った鳳仙花は、その数三十三。


 シオンはそれを、自らも舞う様に回転しながらダブルセイバーを振るい、次々と紅の炎華を屠り散らしていく。

 炎の花弁を自らの周りに散らしながら、シオンは瞬く間に全ての鳳仙花を切り裂くと、


「さあ、今度は僕の番ですね」


 ダブルセイバーを振り切った残心の体勢で薄く微笑むと、シオンの姿がコマ送りの様に消える。


 ――次の瞬間、薄水色の髪を躍らせ眼前に現れたシオンが鋭く伸びた鋒を、私の顔面に向けて突き込んで来る。

 私はその突きに対し、半身になりつつ大剣の腹を使い後ろに受け流す。

 受け止めるには、流石に速度が乗り過ぎていて、おそらくはこちらの体勢を崩されるだろう。


「流石に、疾いな!」


 交差の際、互いの武器が火花を散らしていく刹那、私はシオンに向けてそう言葉を向けると、半身になった時の動きの勢いを使い、シオンの後頭部に向けて裏拳を放つ――が、それは空を切る。


 シオンは、受け流された方向に向けて、敢えて更に踏み込み、私の背後の方向に疾駆すると、回避と同時にその速度を上げる。


 ――ヤツの事だ。仕掛けてくるな。


「『灼華焔・鬼灯しゃっかえん・ほおずき』」


 私は掌に収斂した火球を一つ生成し、義手の中に握り込む。

 

 シオンは弧を描く様に加速しながら、右手一本でダブルセイバーを回転加速させる。

 城仕えの腕利きの庭師により、丁寧に手入れされた芝生が、疾走するシオンの脚力に悲鳴をあげ、無惨にも抉れていく。


「おおおっ!」


 またしても、シオンは一瞬姿を消す様な速度で踏み込み、私に向けて遠心力の乗った斬撃を一閃してくる。


 私は咄嗟に大剣を立て、シオンの斬撃を受け止める――が、シオン自身の速度と、目に見えぬ程に回転加速し、遠心力の乗ったその一撃の重さは、もはや戦車等を受け止めるかのような重量感を私の腕に齎した。


「く――」


 硬質な金属が激しくぶつかり合う腹の底まで響くような音は、もはや振動として感じ取れる程に強く、激しく火花が散る。

 私はシオンの斬撃に打ち負け、大剣を立てた体勢のまま後ろに飛ばされる。

 

 シオンは更に、身体に巻きつけるようにダブルセイバーを振りかぶると、私に向け追撃を放つべく踏み込んでくる。

 またしても一瞬姿を消す程の速度で、私の眼前に現れたシオンは私の脚元を薙ぐように、ダブルセイバーを払ってくる。


 ――だが、ほぼ予測通りだな。


 私は、大剣を地面に突き刺しシオンの斬撃を受けながら、大剣の柄を支点にしてシオンの真上に跳ぶ。


「燃えよ」


 天から落ちる様な態勢から、義手の中に保持していた収斂した火球をシオンに向けて弾けさせる。

 私の掌から強力な業火が花開き、シオンの身体を地面ごと焼き尽くしていく。

 私はその体勢のまま大剣を抜くと、噴き出す炎を推進力として、間合いを取った。


「手応えは無い、か。……躱されたか」


 私の着地を狙い、姿を消していたシオンが刺突を放ってきたが、私はその突き出された刃を義手の手で強引に握り込み、勢いを止めた。


「流石ですね……団長。やっぱり、異能も使わずに世界最強には勝てないか」


「なんだと……?」


 これまでの戦闘で、シオンは自らの異能『疾風はやて』を使っていなかったというのか。

 シオンの異能である『疾風』は、文字通りその身を疾風と化すが如く、凄まじい速度での行動を齎す異能。単純に言ってしまえば、身体能力の強化であろうが、その速度に対応出来るのは、世界にも両手の指の数程居るだろうかという程のものであった。


 しかし紅き翼時代のシオンであれば、これまでの疾さと同等の動きで戦闘をしていた筈だ。

 ――それが、今までは素の身体能力のみで戦っていたとすれば、異能を使ったら、どれ程の速度で駆けると言うのだ。この男は。


 握り込んだダブルセイバーを、更に私に向けて押し込もうと力を掛けるシオンに、私は大剣の刃を撫でる様に払うと、シオンはあっさりとダブルセイバーを手放し、真後ろに跳んだ。


 間合いを取り、私の目を見やるシオンの瞳からは、ヤツの心情を計ることは出来ない。


「返してやろうか?」


 私はダブルセイバーを、軽く持ち上げそう言えば、シオンは申し訳無さそうな顔をし、


「返してくれるなら嬉しいですが……。団長は、俺の姿を捉えられますかね?」


「嘗めるなよ。若造が」


 私は自らの周囲に幾つもの火球を練成し、シオンに殺気を叩きつける。

 シオンは、私に怖じ気づく事なく、コートの前を開き、腰のガンベルトに装備していたハンドガンを両手に持つ。

 以前は、使っていなかった獲物だな。


「行きますよ。団長……。『疾風』」


 刹那、シオンの姿は、幻のように消え去った。



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