第六十話 皇都血戦 36 Side Safilia


「――紅の黎明、全員。傾聴!!」


 私は艦内無線で、団員全体に呼び掛ける。


「只今よりアルカセト自治州、テトラーク皇国間戦争への介入行動を開始する。総員、引き締めよ。

 団員各位は、降下装備と担当配備地区を再確認せよ。また、各部隊長及び副部隊長は、通信端末を必ず装備する様に。

 担当配備地区上空付近で、各自降下せよ。

 また、生命の危険に瀕した場合は、即時撤退しろ。死ぬ事は許さん。

 勝利の美酒は、既にこの飛空艇に積めぬ程に用意してある。奮戦し、そして生き残れ!! 常勝不敗の我等を阻むものは、尽く終滅ついめつせよ!」


 私の居る艦橋は、防壁密度が厚い為、団員達の鬨の声は聞こえては来ないが、私の呼び掛けに、各自気合を入れているのを確信する。


「相も変わらず、凛々しいお姿ですな」


教授プロフェッサーか。

 ……出撃の直前だ。長話は聞いてやれないよ?」


 私は傍らの、――見るからに胡乱な、禿頭の白衣を来た男……。グラーフ・エイフマン教授に、釘を刺す。

 身の無い話をわざわざする男では無いが、技術者……。そして科学者という人間は、遠回しな会話をしがちだ。

 それは目の前の教授も変わらない。


「いえ、お引き留めするつもりは無いのですが……。少々、お願いがありましてな」


「なんだ?」


「コレを、協力者の一人である、ヴェンダー・ジーン殿に届けて欲しいのです」


 教授は、大きめの封筒程の大きさのトランクケースをその手に抱いていた。


「それは?」


「……フフ。よくぞ聞いてくれました。

 これは、超長距離遠隔跳弾狙撃リフレクター『アイギス』と言いまして。

 このバイザーと、このリフレクタービット……まぁ要は跳弾用の反射板ですな。これ同士が脳波で連動しており、このリフレクタービットを狙撃対象に向けて飛翔させ、それに跳弾させる事で、三次元狙撃が可能になるのです。あぁ、もちろんリフレクタービットの最大遠隔距離は四千メテルと、通常、人が射撃を行える距離を大幅に上回っておりますゆえ、コレをロストしたりする事はありません。そして何よりも素晴らしいのは、跳弾によるエネルギーのロスを極限まで無くしており……」


「ああ、もう良いよ」


 案の定、と言うべきか。懸念が当たったな。


 私が苦笑して、教授を制止すれば本人もまた、長々と語りだしてしまった事を自覚したようだ。


「これは失礼」


「ヴェンダー・ジーン、確かミエルと行動を共にしていたが、アロゲート方面とジルバキア傭兵団の対応で別れていたか……。我々が着く頃には、アロゲートから離脱しているだろうし、イーリスに持たせても仕方がないだろうな」


 ヨハンは……ダメか。そのような事をしている暇は無いだろう。

 ルーファスの方なら、余裕は多少あるだろうが、そもそもそのヴェンダーの外見を、知っている者がいるのか?


「あの、団長……。私はヴェンダーさんの顔も知っていますので、良ければ私が届けましょうか?」


 私が眉を顰めていたのを見て取ったか、連絡員のジェイ・P・エスカーが手を挙げた。

 この艦には、連絡員も十名程同乗している。彼等は戦闘には参加しないが、艦の操舵や戦闘後の面倒な折衝事が彼らの役目だ。


「ジェイ、君はその者との接触があるのか?」


「はい。リノン様と戦術顧問がライエに来られた際、ヴェンダーさんも同行しており、その際面識がございます」


「……だが、戦争行動中だぞ? 君の役目は戦闘の後が主任務だろう」


「私は、元々傭兵でしたので、最低限の戦闘行動なら取れますし、それに……逃げ足には自信がありますので、ご心配は無用です」

 

 確かにジェイは元傭兵だが、紅の黎明の戦闘基準には及ばなかった。

 だが、本人の熱望もあり、連絡員として我が団に入団している経緯は知っている。

 ……とはいえ、逃げ足の事は知り及んでいなかったがな。


「そうか。では、君に任せるとしよう。……だが、決して死ぬなよ」


「はい、全力で生き残ります」


「良い返事だ」


「では、宜しく頼みますぞ」


 ジェイは教授から、トランクケースを受け取ると、降下のために艦橋を出ていった。


「さて、私もそろそろ往くとするか」


「御武運を」


 艦橋にいる団員全員が、私に向けて敬礼をとる。


「あぁ。ありがとう」


 私は礼を言い、甲板に向かう。


「団長! 張り切りすぎて、皇都を燃やし尽くさないでくださいよ」


「本当にこの艦に積めねぇ程の酒があるんですか!?」


「鉄血のグレンの野郎、黒焦げにして下さいよ!!」


「団長! 私、絶対生き残りますから!」


 甲板に向かう途中、団員達が各々私に声を掛けてくる。

 やれやれ、騒がしい連中だ。まぁ、そんな所が愛おしくもあるのだが。

 それぞれに返事をしながら、私は甲板に出ると、吹き抜ける強い風に、髪がばたばたと乱される。

 肩口で一纏めにしているとはいえ、あまり身嗜みを乱されるのも困りものだな。


「朝日は、昇ったか。この戦いも黎明時となった訳だ」


 暗き夜があけ、朝日がその姿を地平線の彼方から、ゆるりとのぞかせ始めていた。


 ――この飛空艇は現在、丁度皇城の真上だ。

 既に半数以上の団員は地表へ降下しており、降下を待つのは、アロゲート方面担当のイーリス達と、私を残すのみとなっていた。


「では、参るとしようか」


 私は背に背負った、我がフォルネージュ家に代々継がれている宝剣ジーランディアを抜き放ち、眼下の皇城を見下ろす。


 ――流石にいきなり本丸に降りるのも、忍びないな。まぁ、戦闘要員以外は退去しているだろうし……。ふむ、離宮に降りるとするか。


 私は降下装備は着けずに、そのまま生身で皇城の離宮目掛けて宙へ身を踊らせる。

 重量に引かれ、ぐんぐんと加速し、空を駆ける鳥達を一気に抜き去っていく。


紅焔べにほむら


 紅の焔くれないのほむらが、地表に向かい翔ぶ私の身体を幾重にも包み込む。

 当然ながら、この焔が私を焼く事は無い……。が、これは触れる物を尽く焼き焦がす災禍の炎だ。

 

 私は巨大な火球となって、そのまま離宮に激突する。


 落下の際、大剣から炎を噴出させ、それを制動にして着地する。

 噴き出した炎と、纏っていた『紅焔』を解放した事により、私を中心に大炎が燃え盛り、離宮はその熱量に悲鳴を上げ、倒壊をはじめる。


「まぁ、これだけ派手にやれば、向こうから挨拶に来てくれるだろう」


 皇国最強の切り札である『鉄血のグレン』こと、グレナディア・ブラドーの殺気は、周囲には感じられない。おそらくは皇帝の側に控えているのだろう。

 ここから皇城を焼く事もできるが、あまり無秩序な破壊はするべきでは無い。ここは自重させてもらうとしよう。


 ――この離宮に人の気配は無い……というより、ここに人は初めから居なかったようだ。


「まぁ、そちらは予想通りだが……皇国が城の中に、物騒なペットを飼っていたとは知らなんだな」


 燃え盛る離宮のあちらこちらから、異形の者が現れた。


「……怪物か。十年前ならまだしも、近年はあまり見なくなっていたものだがな……しかし、こんなモノを飼っているとは、皇帝も趣味が悪い」


 ひい、ふう、みい……三体か。人間の三倍ほどの巨体を持った人型の狼。さしずめ人狼と言ったところか。

 人狼達は、私を餌だとでも思っているのか、口の端から涎をダラダラと垂らし、双眸を細めている。

 歪めた口から覗く牙は鋭く、噛まれれば人の肉や骨など容易に引き裂き、噛み砕くだろう。

 鈍く光る鋭利な爪も、下手な刀剣よりも切れ味が鋭いだろうと想像させられる。

 まだ、人狼達と私の距離は二十メテル程もあるが、お互いに間合いを詰める気になれば、一足の距離だ。


「愚かな獣よ。貴様等に使っている時間は持ち合わせていないのでな。……疾く、燃え散るが良い」


「『輝煌焔きこうえん』」


「ヴォアアァッ!!!!」


 私が殺気を解放し大剣を真上に向け、収斂した焔の熱を大剣に纏わせると、生命の危機を感じ取ったか、三体同時に一気に私を噛み砕こうと凄まじい速さで突撃してくる。

 狼と人間の数倍の身体能力があるのか、予測よりも速い――が、


「果てよ」


 私は輝煌炎を乗せた大剣を、横薙ぎに一閃する。

 ごうっと音を立て、太陽の輝きの様な白き光跡を伴い、大剣は振り抜かれる。


「……ガ……?」


 赤熱する斬痕から、噴き出すように焔が発生し、やがて渦巻く炎柱に囚われ、人狼達は炎に包まれる。

 胴体から両断された人狼達は何が起こったのか理解する前に、瞬く間に消炭となった。


 私は大剣を担ぎ、燃える離宮を後に歩を進める。

 

「まぁ、準備運動程度にはなったか」


 燃え盛る炎を、腕を払い解くと、通信端末が鳴動していた。

 ――どうやらミエルからのようだ。


「ミエルか、どうした?」


「団長、申し訳ありません! ジュリアス・シーザリオにしてやられてしまい……。シオンはもう既に皇城に入っているようです!!」


 慌てた様子で、ミエルは私に謝罪する。


「そうか。……まぁ、アレの狙いは私だろうからな。連戦にはなるが、それはそれで構わんさ」


「気をつけて下さい……! なんだか、ジュリアスは普通じゃないです! シオンももしかしたら……」


「ミエル。こちらは大丈夫だ。お前も自分の戦いに集中しろ。私は言っただろう……お前に、生きろと」


 通信の向こう側で、ミエルが鋭く息を飲み込むのが分かった。


「とっとと、ジュリアスを倒せたなら、こちらに来ても構わんぞ」


「……! はい! では、御武運を!」


 ミエルは何故か少し嬉しそうに返事をすると、通信が切れ、静寂が辺りを包む。


 ――シオンめ。もしかしたらジルバキア傭兵団とやら自体が、私以外を足止めする為のものか。


「それだけ、私と戦う事を切望しているという事か。ならば、それに報いてやるのも奴に対する私の役目という事かな」



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