第五十九話 皇都血戦 35 Side Vendor 獅子は嗤う、緋色を映して
「ハッ……。ハッ……」
それなりの距離を、結構なスピードで走り抜けた為に、流石に息があがっている。
ガレオン殿が敵の注意をひきつけてくれたおかげで、こちらの方へは追手は周ってこなかった。
だが、我々が撤退して直ぐに警報が鳴り、皇国軍の警戒が明らかに増した為、なるべく音を立てずに迂回するルートを取った。
――ガレオン殿が慌てた様に合図を送ってくれて、本当に助かった。
起源兵がこちらに機銃を向けるスピードは速く、もたもたとしていれば確実に自分は蜂の巣になっていただろう。
ガレオン殿が起源兵と戦闘しながら、向こうの指示を聞き取り、早めに動いてくれたからこそ、こうして命がある。
――感謝が尽きないな。祝杯をあげる際は、一杯奢らせてもらおう。
雑木林を抜けて、工業地帯へと出る。
ここまで通ってきたのは、子供の頃に興味本位でアロゲートを見る為、工業地帯から忍び込んだルート。この道は自分しか知らない秘密の道筋だ。
だがこの皇都は今、戦時下にある。アロゲート方面からこちらの方へ、部隊が警戒に来てもおかしくはない。
もっとも、皇城や政治施設に厚く防衛陣を敷くであろうから、こんな郊外の工場の辺りになど、そうそうは兵力を割かないだろうが。
――ガレオン殿は、無事に逃げおおせただろうか?
まぁ、あの『荒獅子』殿に、そのような心配は無用だろうが。
軍人時代にも『荒獅子』ガレオン・デイドの逸話は、よく耳に入って来たものだ。
曰く、ビルに立てこもった賊を、ビル毎叩き壊した。
曰く、敵傭兵団から逃亡している時に、鉄橋を破壊し、護衛対象を護り通したが、その後自治体から莫大な請求をされた事。
曰く、一晩で皇都のパブの酒を全て飲み干しただの。
実力も皇都中に名を馳せていたが、多くは『荒獅子』という通り名の如く、破天荒な人柄が話題にのぼることが多かった。
だが、実際に行動を共にしてみれば、達観した精神を持ち、他者を気遣える常識人。という印象の方が、強いものになっていったものだが。
「そろそろ近づいて来たか」
周囲を警戒しながら、合流地点へと脚を進めていく。
「ハッ……。ハッ……」
朝日が登る、少し前。いわゆる黎明時。
この薄暗さに、不安を感じる者も居るだろう。
光が差してくる事に、希望を抱く者も居るだろう。
今の自分は、与えられた任務を達成した充実感からか、どちらかといえば希望を持っている。
高揚している……とまでは言わないが、気分は良い。
だが、まだ戦争は始まってすらいない。紅の黎明本隊は、日が昇った頃に行動を開始するとの事だ。
まだ、気を緩めるのは早い。引き締めろ、ヴェンダー・ジーン。お前は、自軍で一番の弱者なのだから。
走りながら、頬を強めに叩き、自分に喝を入れる。肉と肉がぶつかる音は、無人無音の工業地帯に多少なり響く。
――我ながら、なんとも迂闊なことか。敵に見つかる可能性のある行動を、わざわざしてしまうとは。
幸い、誰の耳にも届く事は無かったようだが、こういう所が傭兵としては、アマチュアなのだろうな。
きっとガレオン殿や、アリア殿ならこういった軽卒な事はしないだろう。
――リノン殿ならやりかねないが、あの人は何かヘマをしても、大抵の事は取り戻せる実力がある。
考え事をしながら走っていると、合流地点の空き地が見えてきた。起源兵ばりの高さまで積み上げられた廃タイヤの山が目印だ。
――ガレオン殿は、もう着いているだろうか。
脚を進めていくと、空き地の入り口に何か有るのに気が付いた。
「――え」
空き地の前に、有るのは、人だ。
「いや――え、嘘だ……嘘だろ!!?」
近づいていく毎に、その姿は鮮明となり、予想もしていない、絶対に見たくは無い姿の――ガレオン殿が、そこにはあった。
「ガレオン殿!!!」
叫びながら、全力でガレオン殿の元へと駆ける。
「ガレオン殿!!」
「……うる、せぇよ。タコ……」
なんという、傷だ。
腹部から股下まで切り裂かれ、内臓が露出している。
――明らかに、致命傷だ。
「オメェ、が……ノロマで助かった、な……」
何を……何を言っている。助かってなんか、ないじゃないか。
「……ガレオン殿……喋らないほうが」
「黙って、死ねって、のかよ。喋ら……せろや」
こんな傷をガレオン殿に与える等、自分の想像もつかないような敵にやられたのだろうか?
この近辺に戦闘の痕跡は無い。つまり、不意討ちを受けたということか?
誰に……? 何に……? この傷は、巨大な刃物によるものか? わからない……わからないッ!!
「オイ、んな顔、すんな……」
「誰に……! 誰にやられたのですかガレオン殿!!」
「……天、使に……気をつけろ」
「天使?」
天使……だと? そんな超常の存在が実在するというのか?
「オレは、もう……死ぬ……。だから、オメェ……こ、の剣……貰って……く、れや……」
ガレオン殿は、傍らに転がった、愛剣を視線で示した。
死なれたくない……! 自分は、自分にできることは何か無いのか!?
力が、異能があれば、何かできたのではないか?
自分が、もっと強ければ、ガレオン殿がこんな目に合わなくてよかったのではないか!?
自分が、弱いから……。
「ハッ……クソみてぇ、な顔、すんなって……」
「ガレオン殿……!」
ガレオン殿の手を取り、何も出来ない無力な自分への怒りと悲壮がないまぜになった、ただ一言で言えば『辛い』としか言いようがない感情に、胸が撃ち抜かれた様に、痛む。
「ヴェン、ダー……テメェの、緋色、の髪……朝、日みてぇだ、な」
「ガレオン殿!!!」
「ハ……。じゃ、あな……先、逝って、るぜ……精々、気張って、生き……ろや」
ガレオン殿の身体から、力が抜けていく。
あれだけ覇気に満ち、力に溢れていた、あの荒獅子が……。
「あああああああああッッッッッ!!!!!!」
――ただ、絶叫した。
虚しさ、悔しさと……。兄を喪った様な感覚と、無力な自らへの怒りを、叫びに乗せることしかできなかった。
索敵されようがどうでもいい。ただ、感情のやり場を天に向けて、吼える事しか今の自分には、できなかった。
「え――?」
突如、ガレオン殿の手を握り締めている、自らの掌に何か熱を感じた。
ぼんやりと、ガレオン殿の体が光を放ち、それが自分に移っていく。
「なんだ……?」
涙で目がおかしくなったのかとも思ったが、やがて光が全て自分に移った時に、それが何か分かった。
「これは、ガレオン殿の異能……?」
異能が、他人に継承される等……聞いたことがない。
貴方は……。色々なモノを、与えてくれた上に、そんなものまで……自分に……。オレにくれるというのか……?
「……っ!」
涙を拭い、ガレオン殿の目を閉じ、手を組ませると、しばし黙祷する。
(貴方には、心構えや生き方、傭兵としての気構え、そして、力まで与えられた……)
貴方は、オレの師だ……。
オレは、ガレオン殿の愛剣、奇剣オルトロスを背中に背負う。対物ライフル、カノープスと奇剣オルトロスを、それぞれ右肩左肩に垂直に背負い、アルグレアは手で保持する形となった。
装備重量は重いが、そんな事は言っていられない。ガレオン殿の想いは、オレが受継ぐ……。
「ガレオン殿。貴方の仇は、必ずオレが撃ち貫いてみせます。……そしてこの先、オレがいつか、滅ぶその時まで、あなたのぶんも必ず、必ず生き抜いてみせる」
頭が重く、先程の絶叫で口の端が切れ、血が口の端から流れているが、痛みは感じない。
心臓に穴が空いたような、そんな感覚が、オレの他の感覚を麻痺させているのだろうか。
本来であれば、お役御免で、撤収する流れであったが……。もはや冗談ではない。
「
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