第五十八話 皇都血戦 34 Side Galeon


 破砕した入り口から、起源兵がぞろぞろと表に出てきたところで、その内の一機の頭部が、突然弾けるように爆発した。


「あの威力でほぼ完全に消音してるとか、やっぱ紅の黎明の武器はやべぇな」


 ヴェンダーは、銃を対物狙撃銃に持ち替えたのか、その威力は先程までとは桁が違う。

 あんなモン身体に食らった日には、爆弾を食らったみてぇにミンチになるだろう。

 そんなのを見た日にゃハンバーグなんかは喰いたくねぇもんだ。


 外部状況を操縦席に映し出す機構が、起源兵の頭部に装備されていると、ヴェンダーが言っていた通り、頭部を爆砕された起源兵は外部を把握できずに動きを止める。


 一拍置いて、先程動きを止めた起源兵の傍らの機体も、同じ様に頭部を撃ち抜かれ、首無し人形がもう一つ出来上がる。


 だが機甲師団の連中も、続々と機体に乗り込んで、外に出てきている。

 ヴェンダーが狙撃しているペースと比べれば、流石に敵さんが増えるスピードの方が早い。

 まぁ、まだ五十機は居るんだろうから当たり前だが。


「こんなもんでマジで、銃弾防げんのか……? っても、もう流石に言ってらんねぇか」


 あまりヴェンダーに頼れば、アイツが居る狙撃ポイントがバレる。

 それをさせねぇ為に、俺が生身を曝け出して文字通り肉壁にならにゃイカン、という訳だ。


「っしゃ! いくぜ、覚悟しな短小野郎共!!」


 俺が愛剣を担ぎながら、起源兵と機甲師団の連中が展開しているド真ん中に向けて突っ込んでいくと、


「荒獅子だ!! 向こうからでてきたぞ!!」


「狙撃手への対応は後だ! まずは荒獅子を撃て!!」


 ──ハッ、それが狙いだっつーの!!


 俺は、胡散臭いジジイプロフェッサーから貰った、プロテクター――っても、肩と肘、腰回りと膝を覆う程度の物だ。

 それに異能を付与する感覚で、異能力を送り込む。

 なんとなくだが、プロテクターが起動しているような感覚はある。あるが……。


「実際、結構ビビっちまうもんだな」


 とはいえコイツの機能は、ミエルのネーチャンを待っている間に、一応は試してある。

 あん時は、流石に銃弾こそ撃たなかったものの、ヴェンダーに思い切り殴らせたが、衝撃すら感じねぇ程だった。

 ヴェンダーのパンチと、ライフル弾……ましてや起源兵のライフルでは威力の桁は違うだろうが。


 俺は『脆弱』を奇剣に付与し、起源兵の両脚部を切り払う。


「シャァァァァァッッ!!」


 気合一声、振り抜いた刃は起源兵の両脚を一気に切り裂く。

 腰から地面に落ちた機体に向けて刃を翻し、その頭部を突き刺し抉る。


「人の身でやすやすと起源兵の装甲を切り裂くだと……!?」


「狼狽えるな! アレは荒獅子の異能だ! 荒獅子は近接戦闘特化の傭兵。落ち着いて距離を取り、撃ち殺せ!!」


 起源兵を失い、アサルトライフルを手に携えた機甲師団員は、指揮官らしきヤツの指示に従い、俺から距離を取っていく。

 まぁ正解だ。俺は銃なんかは扱ったことがねぇからな。


 だが……。


「ぐぅっ!?」


「がっ!!」


 後退した奴等が、次々に四肢から鮮血を噴き出し崩れ落ちる。


 ナイスアシストだぜ。相棒。ヴェンダー

 俺がその光景を横目で確認し、起源兵の集団に視線を戻した時――否、戻そうとした時、俺の顔面に強烈な衝撃が奔った。


「うぐぁッッ!!!」


 あまりの衝撃の強さに一瞬、視界が明滅し、そのまま後方に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がっているのは感覚で分かった。


「ク……」


 俺は、伏せたまま状況を整理する。

 前方を見れば、起源兵が俺の方へ銃口を向けている。


 ――どうやら、アイツに撃たれたらしい。

 

 流石にヴェンダーのパンチと比べるのは、話にならなかったらしいな。

 前に、ライエで銀嶺のネーチャンに、柄尻で打たれた時くらいのダメージはある。


 ――が、あの馬鹿デケェ銃でドタマ撃たれて生きてる。コイツはプロテクター様々だな。だが、異能を使うための異能力も、無限じゃねぇ。

 実際、『脆弱』を使う何倍も力を消耗してる。


「そう何十回も、撃たれるわけにゃいかねぇなコイツは……」 


 俺が動きを止め伏せったままだからか、死亡確認をする為か、起源兵が一機、俺の方へ近寄って来る。

 起源兵は俺の直上で静止し、動きを止めた。


「いや……あんなモンで頭撃たれて、頭ついてる時点で気付けやボケコラァッッ!!」


 俺は跳び上がり、起源兵の片足と腕を切り飛ばす。

 切り抜けた後、さらに奇剣を横に薙ぎ、頭部を切り飛ばす。


 異変を察知したのか、格納庫前の起源兵達が此方に一斉に銃を向ける。

 

 ――流石にあれが集弾したら、やべぇかもな……。


 と、思った所で、ヴェンダーが連続して、四機の頭をブチ抜いた。


「クソ!! あちらの方角か!? 一個小隊、あちらの方角へ、機銃を掃射しろ!!」


「了解」


 銃撃の角度からアタリをつけたのか……? マジぃ!! 


 俺は撤退の合図を出すべく、俺は起源兵が一番密集している格納庫前の一団に向けて疾走する。


 ――まだ撃つんじゃねぇぞクソが!!


 ヴェンダーの方へ向けて、五体程の起源兵が角度を変える。


 ――この位置なら……。間に合う!


「らァァァァッッ!!」


 俺は密集していた起源兵の、一番手前の奴に斬りつける――が、一刻を争っていたためか、脆弱を付与していなかった為、鋼の硬質な音を響かせつつ、俺の斬撃は弾かれた。


 だが――、


「合図にはなっただろ! 上手く逃げろよ」


 クソが。こんな事なら、花火か爆弾でも持っておくべきだったな。

 それなら、こんな危険な事を合図にしなくても済んだだろうに……。

 いや、あれだな。レザージャケットを脱ぎ捨てる。とかでも良かったかもな。ガラにも無く緊張して、視野が狭くなってたのかもしんねぇ。

 ま、今となっては……もはやってヤツだが。


 んじゃ、ま、切り替えてバックレるとすっかね。


 俺はプロテクターに全力で異能力を注ぎながら、最初に来た雑木林とは反対側の林に向けて疾走する。

 何機やれたかは、もはや分かんねぇが、戦果としちゃ充分だろ。


「待て!!」


「敵に言われて待つわけねぇだろ! アホか!!」


 背後から雨霰と銃撃を浴びせられ、訳分かんねぇ位の衝撃に身体を踊らせる――が、痛みに耐え、走る速度は緩めずに俺は疾走する。

 なんとか雑木林に逃げ込むと、銃撃が止んだのがわかった。


 走るペースは落としたものの、脚は止めずにヴェンダーとの合流地点である、ここから五キロン程離れた所にある空き地を目指す。

 肺が苦しくなり、荒い呼吸を繰り返すが、なんとか身体に酸素を巡らせていく。


「はぁ……はぁ……、オッサンの大疾走にしちゃ……速かっただろ」


 背後のアロゲートでは、警報が激しく鳴り響き、慌ただしく人や機械の動き出しているような音や声がうっすらと聞こえてくる。


「しっかし、まぁ、胡散臭ェジジイだが、大したモン作るじゃねえか」


 銃撃を何回も受けた背中や脚も、多少血が滲む所こそあれど、銃弾が身体に突き刺さってはいない。

 痛みこそあれど、打撲程度の痛みだ。そんくらいなら慣れているから問題は無い。

 俺は心から胡散臭いジジイプロフェッサーに感謝をしながらも、駆け足で走り続けていく。

 移動距離を考えれば、俺の方が早く着くだろう。


 ――そんときゃ、チッと休ませてもらうか……。


 合流地点は、ガキの頃にヴェンダーが遊び場にしていた所らしく、軍人なんかは滅多に寄ってくる所じゃねえと言っていた。

 まぁ、戦争中だから平時の事とは比べらんねぇだろうがな。


 林を抜けると、街灯もロクにない道路が続いている。皇都の外縁に位置する工業地帯の一角だが、戦時下の国民の避難によって、あちらこちらに点在する工場は、全て明かりを灯しておらず、なんとも物寂しい雰囲気だ。

 少し走ると、廃タイヤの積み上げられた空き地が目に入った。


「あそこか」


 俺はそちらに向けて足を進める。どうやらヴェンダーはまだ来ていないらしい。

 位置関係からすれば、ヴェンダーの方向からでは、遠回りになる。距離にして三キロンは余計にかかる筈だ。

 

 ――次第に明るくなってきた空が目に入る。朝の太陽が出る前のうす暗いが、明るさも感じる時間帯。すなわち、


「黎明……ってやつか」


 ここからなにか始まる。そんな意味もあるんだったか。


 ――この戦争が終わったら、どうするか。……皇国には流石にもう居られねぇしな。…………俺も、ヴェンダーと一緒に入団してみるのも、良いかもしんねぇな。


 銀嶺のネーチャン……リノンも、アリアもミエルも、戦闘力こそバケモンだが、フツーにイイ奴らだしな。


「そろそろ、許してくれるよな……」


 かつて駆け出しの頃、マフィアにかち込んで、相棒を失った俺は、それ以来誰とも組まずに生きてきた。

 大事な人間を失いたくなかったからだ。失くしてしまうなら、大事なモンなんか無いほうがいい。

 それがダチを失った事に対する贖罪の様に考えていた。


 ――でも、アイツらを気に入っちまったんだ。


 俺の脳裏に、ヴェンダー、リノン、アリア、ミエルの顔が次々に浮かぶ。


 だから――。


「は――?」


 突然、身体に灼熱感が襲う。全身が震え、視界が定まらない。

 ゆっくりと眼球を動かし、俺は自らの身体を見れば、巨大な剣が俺の身体を貫いていた。


 なにが起こったかも分からずに、震える身体を捻り振り向くと、そこには黎明の中、俺に長大な剣を突き刺し佇む、巨大な純白の天使があった。


「天……使……?」


「ん〜、天使なんて言ってもらえて光栄だけどね。地上に転移した所に、偶々君が居合わせてただけだけど……運が無かったね」


 な……んだ……? キメェオッサンの声が……クソ……コレ……死ぬな……。


「ボケ……が……」


 俺は、震える手に必死に力を入れ、奇剣になんとか脆弱を付与し、俺を貫いている長剣に一閃する。


 腕だけで振るった太刀筋は、ブレながらも長剣に当たり、硬質な金属音が響くが、十全な状態で振るった一閃でも無い為、その剣を破壊する事はできない。


 天使のようなやつは、俺の攻撃を嫌がったか剣を引き抜くと、俺の内臓が堤防を崩したように、びちゃびちゃと地面にぶち撒かれる。

 口から血が溢れてきて、呼吸も難しいが、もはや痛いという感覚もねぇ。


「ヴェ……ンダ……。まだ……来んな、よ」


 視界がぼんやりと暗くなっていく中、天使の背後で少し、赤い色の朝日が見えた気がした。


 

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