第五十五話 皇都血戦 31 Side Safilia
「先程、ミエルから通信が入った。……どうやら、敵方にはシオン・オルランド及び、ジュリアス・シーザリオが結成した傭兵団『ジルバキア傭兵団』とやらが参加している。とのことだ。
これにより、先に決めていた持ち場に変更が有る」
幹部の者達は皆、黙して私の指示を待つ。
「ヨハン、お前は降下後、ミエルと合流して貰いたい。ミエルとお前で、シオンとジュリアスを足止め……可能なら殲滅してもらいたい」
「了解……っと言いたいところだがよ。サフィー、シオンの野郎はお前さんの所を目指してくるんじゃねえのか?
野郎なら、お前さんの思考や攻め手を読むくらい造作もねぇだろ? なら、皇城に突っ込む火の玉が見えたら、そっちにいっちまうんじゃねえのか?」
長い付き合いが故の、フランクな口調でヨハンが私に問う。
「尤もだな。まぁ、仮にグレナディア・ブラドーと二対一でも、私は戦うつもりだよ。……勝てるかは流石に分からんがな」
「それが、分かってんならミエル嬢ちゃんよりも、お前さんの方に付いてった方が良いんじゃねえのか?」
それも当然、戦略としてはアリだろう。敵勢力の全滅が目的ではなく、皇帝を抑え、軍部を機能できなくすれば、戦争としては我々の勝利なのだから。
いかに、グレナディア・ブラドーやシオンが一騎当千どころか、一騎当万の強者だとしても、属した国が機能しなければ何の意味もない。
――とはいえ、強力な戦力を叩く事は重要ではある。
脅威度評価S以上の存在は、こちらの戦力への損害も招きかねない。
傭兵団だからとはいえ、私は戦死者を出す事を良しとはしていない。
手塩にかけて育てた団員達は、部下であり家族なのだ。
だから――、
「いや、シオンとジュリアスの二人が揃っていて尚且つ、ジルバキア傭兵団とやらの団員も居る以上、ミエル一人に任せる訳にはいかないからな。
なによりも、ミエル本人が妙にやる気になっていてな……なんでも、隠し玉もあると言っていたし、もしシオンを斃せれば、ミエルも更に成長する事だろう」
――私は、現在空席となっている紅の黎明の『副団長』の候補に考えている者が四人居る。
まずは、練成の儀で力を見てからだが、リノン。娘だからとかの贔屓ではなく、単純な戦闘能力と、成長力によるものだ。
そして、この場にはいない第五部隊隊長のゴルドフ・ベルクリンゲン。ゴルドフは指揮能力、指導能力は申し分無いし、戦略家としては団でも抜きん出ている。
もう二人のうち一人は、目の前に居る我が妹であるイーリス・フォルネージュ。私よりも十二歳年下の年の離れた妹だ。イーリスには独特のカリスマ性の様なものがあり、人を惹き付ける力を持っている。また、戦闘能力にしても、私をして勝つのは容易ではないと思わせる程に力をつけてきている。
最後に、現状での最有力候補が、第一部隊部隊長、ミエル・クーヴェル。ミエルの異能や、本人は病気と言っているが、心を読み取る力……あれは、中々に類を見ないものだ。かつてはその力に苦悩し、自棄的になっていた時期もあったが、今ではそれを乗り越え、逆に強い精神性を身に付けている。
――そんな大切な部下を、間違っても喪うわけにはいかないのだ。
「まーたお前さんの、過保護な所が出てるんじゃないのか?」
「……ふ。かもしれんな」
心のうちを見透かす様に、ヨハンが皮肉ってくる。
「それに、お前とミエルであれば、シオンとジュリアスにもそうは遅れは取らんだろう?」
「そりゃそうだけどよ」
ヨハンはバツが悪そうにチラリと横を見やる。視線の先には、眉に少し力の入ったイーリスが居た。
「団長……私では、荷が重いとの判断ですか?」
一歩前に出てイーリスが、詰問する様に口を開いた。
「実力だけを考慮した訳ではないよ。お前は、ユマの第一部隊と第三部隊を率いての、アロゲート攻略の要だ。……リノンとアリアが遭遇したという、大型オリジンドールとの戦闘も予想される。
部隊指揮までも考慮すれば、お前が適任なんだよ。イーリス」
――それらしく言ってはいるものの、本当は、ミエルとの相性の時点でイーリスは最初から候補に無かった。なぜかは知らないが、イーリスはミエルを一方的にライバル視し、やたらと張り合う傾向があるのだ。ミエルは微笑みを浮かべてイーリスを躱している様だが、それがまたイーリスの対抗心を煽っている。もしかすると、ミエルはわざと煽っているのかもしれんが。
「……団長がそうまで言うのでしたら、乗せられてあげましょうか」
「ふふ、頼むぞ」
少しだけ不満気に口元をへの字にし、イーリスは引き下がった。
「まぁ、お前さんじゃ、ミエル嬢ちゃんと戦闘になりかねんからな〜。ワハハ」
「ヨハンさん! 流石に作戦中は弁えます。……まぁ、クーヴェルを倒すのは私ですから、精々頑張って生き延びろとお伝え下さい」
目を伏せイーリスはヨハンに、暗にミエルを頼むと言っているようだ。
「おうよ。……なぁ、クルト。これが最近聞くツンデレってやつか?」
「いや、百合ってやつでしょ。イーリスさんのは、一種の恋愛伝達法じゃないっすか?」
悪ガキの様な顔で、親子程の年の離れた二人がコソコソと話し始めた。
「黙れ! 切り刻むぞ貴様等!!」
「うお、怖ええ、おいクルト、お前謝ったほうがいいんでねえの?」
「いや、ヨハンさんが俺に振ったんじゃないッスか……」
なんともグダグダな雰囲気になってきてしまったものだ。
「そこまでにしておけ。……クルト。ヨハンは不在となるが、第四部隊の指揮はお前に任せるぞ」
「了解ッス、師匠」
クルトは、親指を立て喜色ばんで了承の意を示している。……私に頼りにされているが嬉しいのだろう。かわいい奴め。
「尚、ユマ、ルーファス、ファルド、イーリス、シグレは、持ち場の変更は無い。
だが、各自制圧を完了したら、私が皇城を落とすまでの間、隊員に制圧箇所を任せ、各自敵残存勢力の撃退をする事は許可する。
最後になるが……死ぬなよ。必ず全員で生還し、勝利の美酒を味わうとしよう」
皆、「応!!」と力強く応え、闘志を漲らせる。
常勝不敗を誇る、紅の黎明のその力、皇国にて存分に振るうとしよう。
(戯神、ローズル……)
自らを鼓舞した後、ふとその名が脳裏をよぎると、込み上げるようなさもいえぬ胸のつかえが、私に怒りと不安を綯い交ぜにした感情をもたらしていた。
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