第五十四話 皇都血戦 30 Side Safilia


 ミエルからの通信を終え、私は顎に指を掛け、いかにも思考に耽っているといった仕草で思案をする。


 少々、敵の戦力規模を見誤っていた様だが、逆に考えれば、我々と敵対し招集するのも難しかったであろう戦力をここまで集められている……というのは、おそらく相当なカネが動いている。


 ――それでも尚、自国が滅ぼされるリスクも高いというのに、何故皇帝はそれ程までにアルカセトの地に拘るのか? 


 アルカセトの評議会タヌキジジイどもは、おそらくそれに気が付いているのだろう。

 皇帝も評議会も自身の力では現状の解決も出来ないというのに、その点については一切の情報を開示しない。


 この介入作戦が完了したならば、ミエルにもアルカセトでの戦況報告に参加してもらい、連中の隠し事を聞き出すとするかな。


「いかにも、なにか悩んでいる……といった感じですか? 団長」


「フフ、あざとかったか? ――多少、きな臭いモノを感じてな。まぁ、今はまだ些末な事だよ」


「団長の些末な事は、我々普通の人間にとっては大事な事が多いんですけどね」


 目敏く私の様子に気が付いていた金髪の長髪をたなびかせる優男――第二部隊長のルーファス・ラインアークが、軽く息を吐きながら両手を広げる仕草を取る。

 久方ぶりに直接会ったが、相変わらず芝居がかった男だ。まぁ、この男がやれば大概の仕草は様になるのだろうが。


「そう言ってくれるな。まるで私が埒外の化物の様なもの言いだぞ」


「これは失礼」


 私が苦笑いをしながら、ルーファスをたしなめれば、悪びれもなく貴族の儀礼の真似事の様に、恭しく頭を下げた。


「――だが、共有したい情報がミエルから入った。……すまんが、部隊長及び副部隊長を全員此処に招集してもらえるか」


「ミーティングルームではなく、艦橋ここで良いのですか?」


「ああ。多少作戦に変更が出るが、隊員達の動きは変わらないからな。そんなに、大々的にやる必要は無いさ」


「かしこまりました」


 軽く頭を下げると、ルーファスは各部隊の待機室に向かった。

 

「……シオンとジュリアスか。それだけで終わるとは、思えんな」


 軽く息を吐き、思考を巡らせるが、胸に絡みつく嫌なつかえが、私の肌を粟立たせる。


「戯神……ローズル」


 この十七年、その名を忘れた事など無い。


 私の片腕を奪い、好敵手スティルナの両脚を奪い、そして――レイアの生命を奪った。


 ――私の腕は、まだ許してもいい。……だが、脚を失い、スティルナは傭兵の道を退いた。

 そしてレイアは、異星の地より来訪し、このアーレスの地にとって始祖とも言える、開闢の女神にして、我が友はその生命を散らされている。

 伴侶の脚と、友の生命を奪った赦し難きその罪を、彼の者の生命を焼き尽くし浄罪するまでは、私も傭兵としての一線を退かぬと決めている。


「あれから十七年も経つというのに、私の中で燃ゆる憤怒の焔は、いまだ燻ることなく大炎のままだ」


 戯神アレの狙いは、おそらくはアリアか……それともリノンか。


 アリアは、レイアにとっていわば娘。

 そして、レイアにより齎されたリノンは、私の娘であり、リノンであり、やはりある意味ではレイアなのだろう。

 まぁ、超越的な存在感を持つレイアとは、リノンは全く似てはいないが。

 スティルナの髪の色と、私の瞳の色を持ち、スティルナの剣技を受け継ぎ、私の戦闘技法を扱う。

 そして、あの何者をも受け入れる器量と、命気の力は確実にレイアのものだ。


 リノンは私とスティルナにとっては娘であり、亡き友の遺志を継ぐものでもある。未だ己の生い立ちについて話した事はないが、此度の仕事が片付いたら、練成の儀を取り行い、その後話してやろう。

 

 アリアもその事は知っている。リノンとレイアはもはや違う存在という事も分かっていて尚、リノンの側に居るのは様々な思いがあっての事だろう。


 それと、アリアはレイアの娘なのだから、ある意味では私にとっては孫のようなものだ。

 それ故お祖母様と呼べと言っているのだが、何故か嫌がられているが。

 

 ――兎に角、現状リノンとアリアに連絡が取れないという状況だが……簡単にあの二人がやられるということは無いだろうが、もし、あの戯神ローズルが絡んでくるのであれば……。


「私の娘と、孫に手を出してみろ。塵も残さず燒き尽してくれる」


 私は掌に火球を錬成し、怒りを鎮めるようにそれを握り潰した。


「団長……?」


 戻って来ていたルーファスが、冷や汗を流しながらこちらを見ていた。


「あぁ……すまない。独り言だ。気にするな」


 ルーファスは「はい」と短く返事をすると居住まいを正し、私に報告をする。


「部隊長三名、副部隊長四名、招集して参りました」


「ありがとう」


 私の眼下……と言っても、それ程見下ろす高さでもないが、そこに紅の黎明の幹部が居並び、それを見渡す。


 ミエル・クーヴェル率いる第一部隊。現状は部隊長代行として、副部隊長のユマ・ヴェルゴーリが率いている。

 ユマは、リノンと同じくスティルナに師事を受けており、水覇一刀流の剣技を修めている。斬術という点であれば、二年前のリノンよりも上だったが、現在ならばどうなっているか。


 第二部隊――部隊長のルーファス・ラインアークは短所の無い優れた戦士だが、特に長距離戦闘に優れており、それは第二部隊の特性ともなっている。狙撃や支援に優れた部隊の中でも、副部隊長のファルド・ウィンスレットは特に超長距離戦闘に特化しており、対象に命中させるという点においては団全体において彼に並ぶ者は居ない。


 第三部隊――率いるのは、私の年の離れた妹であるイーリス・フォルネージュ。戦闘スタイルは私と同じく、家伝であるフォルネージュ流大剣術だが、イーリスは私と違い巨大な太刀を使用する。

 副部隊長のシグレ・ユズリハもまた、リノンやユマと同じく、スティルナの弟子であり、水覇一刀流の剣技を修めている。


 第四部隊――部隊長のヨハン・ウォルコットは紅の黎明最年長の歴戦の猛者だ。現在、団員達の大半が使っているソードライフルは、ヨハンの武装を簡略化したものだ。

 ヨハンの武装は、大口径のアサルトライフルに長大な振動ブレードを取り付けた、非常に扱いの難しい武装だ。異能持ちでありながら、武装による戦闘に重きを置く、私が認める強者である。

 そんな強者を補佐するのは、かつて私に挑んできた事もある、良い気骨を持った青年、クルト・テルミドール。まだリノンと同じく齢十六の身であり、今後の紅の黎明を担っていくであろう青年だ。

 私に叩きのめされてからは、半ば無理矢理私の弟子にしており、フォルネージュ流大剣術を修めている。


 ……これだけ、幹部が顔を合わせるのは数年ぶりだな。


「皆の者、傾聴」


 私は立ち上がり、整列した彼等に口を開いた。

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