第五十三話 皇都血戦 29 Side Aria


 「――といった感じかな。全然余裕じゃないよ。できれば、もう二度と相手をしたくない相手だったね」


 リノンはアイザリアとの戦闘の首尾を語ってくれたが、よく見れば、その顔には少なくない疲労の色が見える。


 ――しかし、それは私も同じ様にリノンに見えていることだろう。リノンが加勢しに来てくれなければ、二度も敗北していたとしても、おかしくはない程の連中だった。


 本来の私が行使できる力は今の私からすれば、隔絶たるものだが、この眷属体いまのわたしに許された起源力の総量は、本来の十分の一程度。

 そんな事は言い訳にはならないのだが、このアーレスにも、眷属体の私とはいえ起源者に匹敵する力を持つ者もそれなりに居るのだ。


 アイザリアやシダーもそうだし、目の前のリノンもそうだ。前線から退いたとはいえ、スティルナも今でもその域には居るだろうし、サフィリアに関しては眷属体の身では、私や他の四大でも確実に敵わないだろう。


 ――そうだ。このアーレスにおいて、私は決して強者ではないのだ。それをアイザリア達に再認識させられた。


「お、あの樹の壁も消えたね」


 リノンが背後にあった、シダーの錬成した樹木の壁が消滅したのを見て指差した。


「死んだか、術を維持できない程に起源力を消耗し、術が解けたのでしょう」


 もしくは自ら解いたかだが……。あの状況では、やはり死んだか気を失ったと見るべきだろう。


「……あれ?」


「どうかしましたか?」


 リノンが首を傾げながら、この空間の奥の方を見回す。


「……アイザリアの骨が無い」


「え……」


 確かリノンの話では瘴気の毒龍と化したアイザリアは、リノンが斬った後に白骨化していたと聞いたが、現在はその骨はどこにも見当たらなかった。


 先程の自らの内から凄まじい樹木の奔流を生み出していたシダーといい、自らが死ぬ程のフィードバックがある術を使った二人。

 

 ――なにか、胸に嫌なざらついた感覚が残る。


 起源術の反動で、あんな事になるなど、見たことも無ければ、聞いたこともない。


「まさか、戯神が……?」


「……」


 私は思わず口から出してしまっていたが、リノンも黙して神妙な表情を見せている事から、おそらく似たような想像をしているのかもしれない。


 起源紋を回収する仕掛けを仕込んでいたか、もしくは、初めから私にぶつけた時点で私諸共に処分するつもりだったのか。


 所詮は推測の域を出るものではないが、あの男ならそういった考えを持っていたとしても、なんら不思議では無い。


「とりあえずですが、リノン、感覚の目を使って周囲を探査してもらえますか」


「あぁ……。うん、分かった」


 流石に消耗が激しいのか、リノンも明らかに疲労が見える。……いや、体力的には大丈夫なのだろうが、気力……とりわけ命気を使い過ぎている感じか。

 あまり無理はさせられないだろうが、戯神との戦闘になったら、私一人では倒せるか微妙な所ではあるし、他にも戯神の創り出した未だ見ぬ起源者も存在するかもしれない。

 そう考えれば、リノンの力は必要不可欠だ。


「……さっきの男を吹き飛ばした先に、通路があって、その両側に小さな部屋の様な空間がいくつかあるね……その通路の一番奥に、縦に大きな空間があって、なにか大きなモノがある――これは、起源兵オリジンドールかな? 以前ライエに着く前にヴェンダー君の乗っていた、アルナイル並の大きさのものだね。

 そして、そこに二人、人間……? いや、なにかが居る」


「二人、ですか」


 戯神と、シダーだろうか? 

 ……いや、別の存在だと思っておいた方がいいかもしれない。


 シダーの起源力によって発生していた樹木は、悉く消え去っている。

 であれば、やはりシダーはさっきの私とリノンの攻撃で死に至り、アイザリア同様戯神が、死体を回収して、二人の力も接収した……と考えてもいいだろう。


「さっきの男の死体の様なものは、感じられないね……やっぱり、戯神ってやつの仕業かもしれないな」


「そうですか。私もそのオリジンドールの有る空間には、先程、戯神に連れられて行きました。そこに戯神が居るのであれば、我々もそちらに向かいましょう」


「そうだね……ふぅ」


 リノンは、感覚の目を閉じたのか、大きく息を吐いた。


「ねぇアリア……。なにか食べ物持ってないかな? 少しでも補給したくて」


「エナジータブレットならありますね。あぁ、それと水なら出せますよ」


「流石アリア〜!」


 私は手を銃の形にし、指先から一筋の水を噴射すると、リノンが手を叩いて喜んだ。


 リノンは細い水筒に私の出した水を入れると、ごくごくと喉を鳴らし飲み干した。


「ぷはぁ、生き返る〜」


「ふふ、少しおっさんくさいですね」


「いいのいいの、アリアしか見てないから」


 口元を拭うリノンに、エナジータブレットを差し出すと、それをボリボリと噛み砕き、再度私が出した水で飲み込み、タブレットを胃の腑に納めた。


「今リノンが食べた分で、大凡成人女性の丸二日分のカロリーですね。……太りますよ」


「太らない! ハハ……なんだか、前にもこんな会話をしたね」


 いつだったか忘れたが、確かにそんなやり取りをした覚えはある。


 リノンの場合、命気の――豊穣の力の燃費が悪い為、こうして大量のカロリーを摂取しても、確かに太る事はないだろう。

 起源力を供給する機関である、起源紋がリノンには無いのだから、その総量は相当に拙い筈だ。

 それでも、自らに備わった力を、工夫して行使している……。

 スティルナによって受け継がれた剣技である、水覇一刀流の技巧と、豊穣の起源の残渣以外にも、リノン自身の血の滲む努力と、未だ少女の身でありながら、潜り抜けた戦場での経験が、『銀嶺』リノン・フォルネージュという、実力者を創り上げたのだ。

 それは素直に賞賛に値する。


「ありがと! ……少しは回復したかな」


「無理をするな。等とは今の状況では言えません。文字通り死力を尽くしましょう」


「そうだね……戯神あのおとこは、私もここで斃すべきだと思う」


 滅ぼせるかは分からないが、とにかく、やれるだけやってみるべきだろう。

 もっと時間があれば、他の四大達にも声を掛けたところだが……無い物ねだりをしても仕方が無い。

 可能なら、母さんレイアの起源紋も、回収したいところだが……。


「往こう。アリア」


 思考に引っ張られている私を見て取ったのか、簡潔な言葉でリノンは、行く先を促す。

 そうだな……とにかく、戯神を殺してから、色々と考えれば良い。まずは、戯神を殺す事に専心しよう。


「ええ、行きましょうか」


 ――私達は、殺意と闘気を高め戯神の元へと歩みを進めていく。


 そうだ。私は、戯神を殺す為に今までヤツを探し続けてきたのだから。

 滅ぼせるかは分からない、では無い。殺し滅ぼす……殺滅するのだ。


「必ず、必ず殺してやる。――戯神、ローズル」


 傍らのリノンにも聞こえない様に、私はぼそりと呟いた。

 

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