第五十ニ話 皇都血戦 28 Side Rinon
収斂され可視化された命気。それは白銀の輝きをもって私を纏う。
私にとっての最大の切り札であるこの術理は、これで今回の戦いにおいては、おそらくもう幾度も使えまい。
全身に留めるように白銀の命気を纏った私は、焦燥感と嫌悪が入り混じった様な表情を向けるアイザリアへと間合いを詰める。
――歩法、
先程よりも疾く、連続で瞬の術理を繰り返す。
強烈な踏み込みの連続に、床が進行方向と逆に砕け散る。
アイザリアは文字通り瞬く間に眼前に現れた私に、かろうじて反応した。
私を視界に捉え反応しているというよりは、自らに向けられた殺気に過敏に反応した。という感じだろうか。
その驚異的な反射によって、私が下方から肩口に向け、アイザリアを斜めに両断しようと放った斬撃は、わずかに半身になって躱される。
だが、乳房を斜めに断ち切る様に振りぬかれた斬撃は決して浅くは無い。
内蔵には至らないが、肋骨を何本か断ち切った手応えはあった。
「ッッ!! ガアアッッ!!
アイザリアは噴き出す鮮血をものともせずに、逃げではなく攻めを選んだ。どこからその殺意が湧いて出てくるのか。
私に向け、数多の瘴気の毒蛇がその牙を剥いてくるが――もはや、遅い。
「その攻め気、見事」
アイザリアの私への高い殺意を賞賛し、振り上げた太刀をそのまま返し、上段の構えに移行する。
もはやわずか一歩で、アイザリアと接触するというほぼ零の間合いから、
――水覇一刀流。攻の太刀五の型、
一瞬にしてアイザリアを背後に置き去りにして斬り抜け、太刀を払い振り返れば、肩口から股下まで両断されたアイザリアが、臓腑と鮮血を撒き散らしながら倒れていた。
「貴女は、強者だ。誇って良いよ……ッ!!?」
私は倒れ伏したアイザリアに言葉を掛けるが、その両断された身体から、先程よりも大量の瘴気が湧き出して来る。
「ごぼっ……。あたしだけ……ハァ、ハァッ……死んでたま、るか……
喀血しながらも、アイザリアは最期の力を振り絞り、何らかの起源術を行使している。
大量の瘴気は、両断されたアイザリアを包みこみながら、巨大で禍々しく姿を換えていく。
「なんだ……? これは……巨大な……龍?」
漆黒の瘴気が巨大な怪物を形取り、その翼を広げる。
「――――――――!!!!」
悲鳴をあげるように咆哮する瘴気の巨竜――もはや、アイザリアと言っていいのかわからないそれは、私をその瞳に見据えると、凄まじい程の殺意を解き放った。
「ッッ――。とんでもない殺気だね……」
アイザリアの言葉からすれば、アジ・ダハーカというべき瘴気の龍は、私に向けその顎を開くと、大量の瘴気をこちらに向かって吐き出してくる。
まるで火炎放射器の様な勢いで迫る瘴気に向け、太刀に白銀の命気を纏わせると、縦に断ち切る様に振り抜く。
――我流、
太刀に纏っていた白銀の命気は、アイザリアであったものに向け、漆黒の瘴気を切り裂いて飛翔して行く。
風花によって切り拓かれた道を、私は追うように一直線に駆ける。
私の両脇では、触れれば死に至る程の毒性を持った瘴気が、風花によって切り裂かれ、まるで黒き壁の様に存在しているが、それを恐れている暇はない。
前方の瘴気を切り裂きながら進む白銀の斬撃に追い付くと、私は太刀を納刀する。
もはや、アイザリアは目前に迫っている。
近くで見ると、神話の怪物と言っても頷ける程の存在感を放っているが……。おそらくそこには、もう彼女の意識は無い。
「これで、お終いだ」
納刀した太刀に、白銀の命気を纏わせる。
――行雲流水・命斬一刀。
これから放つのは、水覇の術理で私が最も得意とする技に、自ら編み出した術理である、命斬一刀を合わせたものだ。
私は上体を捻り、居合の構えを取ると、捻転を負荷に使い、抜刀速度を上げていく。
更に命気を纏わせた指で、指弾の要領で鍔元を弾き、抜刀速度を更に加速させる。
――合技、
白銀の軌跡を伴って、瞬く間に振りぬかれた一閃は、先に放たれていた『風花』の縦の斬撃と合わさり、まるで白銀の十字を刻む様にアイザリアを切り裂いた。
「ヴォアアアアアアアアッッッ!!!」
魔獣の様な雄叫びをあげ、瘴気の魔龍は漆黒の瘴気を散らしていく。
纏っていた瘴気が霧散し、やがて顕になったアイザリアは骨だけの姿となっており、既に事切れていた。
瘴気の龍と化した姿は、生命と引き換えの技だったのか、死に瀕して力が暴走したのかは分からないが……。
「無惨なものだね……。掛ける言葉も無いよ」
私は少し目を閉じ黙祷すると、気持ちを切り替え、今はアリアと戦っているであろう男が生み出した、この部屋を二つに分断した巨大な樹木の壁を見やる。
密度の高い樹木は質量や硬度、重量、剛性という点で優れており、本来簡単に斬れるものではない。
物語などでは、名高い剣士がまるで野菜を斬るように、すぱすぱと斬って捨てているが、実はそれ程柔らかいものではないのだ。
これ程の樹木を創り出せるのならば、屋外だったならば巨木を生み出し、投擲することができれば、オリジンドールですら破壊できるだろう。
まして、この樹木壁は向こうの音が全く聞こえない程の密度と厚みを持っている。
「なんにせよ、これを斬るのに行雲流水は使わされていたかもね」
――我流、
太刀に白銀の命気を纏わせる。
「シッ!!」
鋭く呼気を吐き、記号の三角を描くように太刀を閃かせ、切り裂いた樹の壁に前蹴りを放つ。
斬撃の形でそのまま奥に樹の塊が押し出され、向こうの景色が広がった……が。
アリアが槍を突き出し、激しい水流を放っていたが、反対側から途轍もない出力の樹の奔流が発生し、アリアが押し切られそうになっている。
「あのアリアが? 嘘でしょ……?」
あの男がそれ程の力を持っていた事も驚きだが、アリアが押し切られそうになっている事に私は驚愕した。
――いや、そんな事を考えている場合では無い。私もアリアに加勢しなければ。
私は太刀に命気を纏わせ、アリアの傍らに立つとその命気を解き放った。
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