第五十一話 皇都血戦 27 Side Rinon


 何やら突然激昂した女性が、大型の刃物……あれは確かマチェット、というやつだったか。それを逆手に持って低い体勢で疾走して来る。

 あの体勢で、あの速度で駆けれるというのは、相当な身体能力なのがうかがえる。


「そらぁッ!!」


 紫色の髪をした女は低い体勢から、マチェットで足元を横薙ぎに払って来る。なかなかの斬撃速度だ……が、


「よっと」


 私はそれを片足を一瞬浮かせて、再度踏みつける事で、足の裏と地面で白刃取りをする。


 足元で女の目が驚愕に見開かれる。私はにやりと笑いながら、その顔面をもう一方の足で蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばした先にあった、空間を隔てるように発生した巨大な樹の壁にぶつかり、女は呻きをあげ静止した。


「コレ、返すね」


 私は太刀でマチェットを引っ掛け、跳ね上げる。

 宙にくるくると浮いたマチェットを峰で払い飛ばし、女の横に突き刺した。


「どこまでも舐めやがって……!!」


 ぎりぎりと音が出ている錯覚を覚える程に、歯を食いしばり、女は額に青筋を立てている。


「舐めてるというか、一応戦いにその身を置く者として、相手の名前も知らないうちに武器を奪って一方的に斃した。では、ちょっとね」


「……そういうのを、舐めてるっていうんだよ」


 忌々しげに、女は唾を吐いた。


「チッ。私は『毒の起源ディリティリオ・オリジン』アイザリア・ホルテンジア……これでいいかい」


「うん、ありがとう。これで心置きなく貴方を斬れるよ」


 私はアイザリアに笑顔を向けると、アイザリアの方は露骨に嫌な顔をした。


「アンタとは、友達にはなれなそうだね」


 突き刺さったマチェットを引き抜き、元の端正な顔を殺気の鋭いものに変え、私の出方を伺っている。


「そうかな? 確かに年齢は離れているだろうけど、案外年上ウケ良いんだよ? 私」


「ガキのくせに、そういう余裕ぶった態度が気に食わないんだよッ!!」


 軽口を止めると、アイザリアは私の周囲を旋回する様に疾走しだす。

 中々のスピードだ……起源の力か何かで、身体能力を高めているのか?


 ああいう動きをした人間は、大概何処かでフェイントを入れながら背後を取ってくるか、一気に逆方向に動き、相手の視界から姿を外すように動く。


 身体能力にモノをいわせた歩法の様なものだが、対応はそれなりに厄介だ。


 ――だが私も身体能力と、身体強化には自信がある。


 私は命気を纏うと、旋回するアイザリアの後ろに付くように動きを合わせ、疾走する。


「……はっ!?」


 驚愕するアイザリアの背後で、私は強烈に踏み込み、一気に間合いを詰める。


 ――歩法、またたき


「鬼ごっこは、私の勝ちだね」


 その背に向けて放つは、太刀の反りにしたがって突く、高い貫通力を持った刺突。


 ――攻の太刀四の型、雪月ゆきつき


 命気を纏い疾走しながら更に、またたきによる加速を得て繰り出す雪月は、軽く音速を超え、太刀の鋒から円錐水蒸気が発生する。

 命気を纏っていなければ、私の腕も自損する様な速度だ。

 

 完全な力の伝達と、強烈な速度を持って放たれたその刺突は、アイザリアの肩口に一切の抵抗無く突き刺さり、一気に鍔元まで貫通する。


「ぎ……がッ!!」


 そのまま真一文字に薙ぎ払うと、アイザリアの右腕は半ば斬り落とされる寸前になり、その手からマチェットを取り落とした。

 アイザリアは、苦悶の声を出しながらも、私の頭上を飛び越える様に跳躍し、距離を取った。


 私は転回し、アイザリアを視界に収めると太刀を脇構えに構える。


 アイザリアは肩口を抑え、荒く息をつきながら歯を食いしばり、私を鋭い目線で見据えると、凄絶に嗤いながら、その肩口から千切れかけた腕を、自ら引き千切った。


 (なにか来るな……)


 異常な雰囲気を放ちながら、アイザリアを中心に何らかの力が、収斂していくような感覚がある。

 これが起源力とやらなのかもしれない。


「はぁ、はぁ……嘲笑する虐殺者ニーズヘグ!! ……アハハハハハ!!!! 死ねッ!!」


 哄笑するアイザリアから、いかにも毒々しいオーラ……いや、瘴気の様なものが発生する。

 ――だがなによりも存在感を感じるのは、千切れた腕の代わりに発生した、元々の腕の倍程もの太さがある、収束した瘴気の腕だ。


 ――あれは、やばいな……。


 通常の毒程度であれば、命気を纏う事で無効化できるし、仮に体内に毒素が入ったとしても、命気を使い傷を治療するイメージを体内に持てば、それも無効化できるだろう。


 ……だが、今のあのアイザリアの腕はダメだ。直感的に受けた時点で危険なものだという事が分かる。


 もしも、あれ程のものを広範囲にブチ撒けられたら……行雲流水を使っても、それ程長くは保たないかもしれない。


 正直な話、リヴァルとの戦闘でも外傷は然程負わなかったが命気の消費は激しかった。そしてこの地下に至るまで、地面を吹き飛ばすのに、波濤はとうを三回も使用している。

 これ以上は、あまり行雲流水を多用したくないのが本音だ。――しかし、あの腕による攻撃だけは、絶対に回避しなければならない。太刀で受けるのもダメだ。


「アンタみたいな、傲慢な子供でも、コレのヤバさは理解わかるみたいだねぇ」


 神妙な顔をしていたのを見て取られたのか、アイザリアは得意気に笑っていた。


「なにかは分からないけれど、なんとなくはね。ソレ、自分は大丈夫なの?」


 毒の起源と言うのだから、耐性はあるのだろうが、それでも危うさを感じる程には、アレは危険なものだろう。


「デメリットが無い訳じゃないけど……ソレをアンタに言う義理はないねッ!!」


 アイザリアの毒の腕が、猛烈な勢いで私に向かって伸びてくる。


 ――疾い。


 アイザリアの先程の移動速度の倍程は疾い。私が命気を纏った状態に匹敵する速度だ。

 しかも、実体を持たない分、伸縮も自在なのか、その動きはまるで蛇の様だ。


「これは、厄介な技だね!」


 かなり疾いし、触れるのも危険だ……だが、後退する意味は無い。前へ間合いを詰める!

 脚に命気を纏い、伸びてくる毒蛇に突っ込む様に私は踏み込んで行く。


「アハハ! 馬鹿が!」


 アイザリアは私がヤケになったと思ったのか、嗤いながらその毒蛇の腕を開く。

 まるで邪龍の顎の様になった腕が、私を喰らおうという刹那に、私は強く踏み込み、その反動で一瞬にして二歩分後退する。


 ――歩法、水鏡みずかがみ


 凄まじい速度差に残影が生まれ、毒蛇の顎は私の残影に喰らいついた。 


「何ッ!?」


 毒蛇の腕が、虚空を握りしめているのを眼前で見ながら、それと交差し今度は前へと強烈に踏み込む。


 ――歩法、またたき


 一瞬で毒蛇の腕と交差し、アイザリアに向けて間合いを詰めていく。


 流石の動体視力で、私の姿を確認したアイザリアは、舌打ちしつつも新たなる攻撃を放ってくる。


「チッッ!! 滅びの覇毒竜ウロ・ボロス!!!!!」


 虚空を握りしめていた毒蛇の腕の半ばから、細くも大量の毒蛇が私に襲いかかって来る。

 

「舌打ちしたいのは、こっちの方だよ!!」


 アイザリアに向けて、一直線に駆けていた私を追いすがり、伸びた腕から毒蛇が次々と生え私を追う。

 もはや毒の竜というよりは、片足の百足のようなフォルムに近い。

 しかし、恐るべきはその速度だ。命気を纏った私と大差の無いそれは、私の後方から追いすがっていたが、今は進路を塞ぐように前からも、大量の毒蛇が私に群がるように襲って来る。


「……ッ」


 私は命気を頭部に強く纏う。体感速度がスローになり、思考速度が加速する……が、加速された思考によって、このまま前に行っても、掻い潜れる隙が無い事が分かってしまう。


 ――本当に面倒な技だ。


 展開規模こそアリア程ではないが、その速度、制御、そして致死性は、確かにそこらの異能者を遥かに逸脱している。


「起源者と、謳うだけの事はあるという事かな」


 私は真横に跳び、毒蛇の包囲から逃れるが、それでも尚、私を追うように大量の毒蛇が迫って来る。


「ん……?」


 後退しながらもいつの間にか、最初にアイザリアが繰り出した大きく太い毒蛇の腕はもはや、形も無くなっている事に気が付く。

 

「もしかして……」


 視界の隅にアイザリアを捉えると、先程まで全身から噴き出していた瘴気が無くなり、それ等は全て腕に収束している。


 やはり――今の大量の毒蛇と、アイザリアから噴き出す瘴気の量。それが、アイザリアの起源術の展開限界なのだろう。

 だが、それが分かったところで遠距離から一撃で決め手になるような技は、波濤はとうしか今の私は持たない。


 近づいて斬るにしても、あの毒蛇の速度を考えれば、接近するのも簡単ではない。


 ……アイザリア・ホルテンジア。奥の手を使わずに倒せる程、甘い敵では無かったという事か。


 ――ならば。


 私はアイザリアの射程距離外に離れ、向き直る。


「フッフフハハ……とうとう観念したって所かしら。確かにアリアンロード姉様が相棒というだけの力はある……。

 でもね! 私は起源者オリジンなの! アンタとは違うのよぉ!!! アハハハハハ!!!!」


「……やっぱり、アリアの言うように起源者っていう存在は、力に溺れているのかな?」


「……あぁ!?」


 私の言葉にアイザリアは、またしても額に青筋を浮かべ憤る。


「貴女に、見せてあげるよ。私の力を。……起源者なんかじゃなくても、戦える者の力を」


 太刀を正眼に構え、命気を収斂していく。やがて無色だった命気が、白銀の光となって私から噴出する。


行雲流水・命気収斂こううんりゅうすいめいきしゅうれん


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