第四十九話 皇都血戦 25 Side Aria
――『木の起源』シダー・ベルエボニー。
……これまでの動きからは、アイザリア程の攻撃性は感じられない。主にアイザリアのアシストをする様にしか、ろくに動きを見せていないのもあるが。
しかし、様子見ばかりしている訳にも行かないか。
私の背後に、びっしりと展開された樹木の壁は、ほぼ隙間も見当たらず、リノンとアイザリアの戦闘音は一切聞こえてこない……相当な厚みと密度があると見ていいだろう。
戦闘領域を分けた事によって、アイザリアも『毒の起源』を存分に扱えるという利点もあるのだろう。
シダーは本来は、もっと大規模に力を展開するタイプなのかもしれない。その点は私も同じだが、この地下空間で大きく力を展開すれば、下手をすれば崩落を招きかねない。
であれば、やはり小技と近接戦闘で戦う事になる。
「
私は槍をくるりと回転させ、自らの背後に向け渦巻く激流を発生させる。
激流は強烈な推進力を発生させ、その勢いを利用し、シダーに向けて吹き飛ばされるような勢いのまま、槍の石突で殴り付ける。
「――んっ……ぐ!!」
シダーは、木の棒で私の攻撃を受け止めるが、突撃の勢いを殺せず、防御態勢のまま後ろに吹き飛んでいく。
「穿て!!」
シダーが後ろに回転し、受け身を取りながら、床に手を触れた。
床を突き破る様に、数多の先端の鋭く尖った木の槍が生まれ、シダーから私の方に向けて伸びてくる。
私が先程放った『
私は走りながら、次々に殺到してくる木の槍を、槍で打ち付け、または肘や手首を使い、いなしていく。
この樹木の槍は速度、追尾性、どれを取っても中々の技だ。
「オイオイ……マジかよ。生身で受け流せる程、甘ェ技じゃねえぞ?」
「……貴様等とは、生きてきた年季が違うからな」
シダーの驚愕に、私は自らへの皮肉で応える。
「なら、これならどうスか……!
シダーがまた、床に手を当てると、今度は私を取り囲む様に四方から、鋭い棘が大量に付いた人の胴程の太さのバラの樹が、私の周りを包む様に伸びてくる。
まるで拷問器具の内側のような光景だが、この鋭利で巨大な大量の棘に抱かれれば、無事で済まないのは明白だ。
「抱かれれば、だが。……生憎私はそこまで安い女ではないのでな」
周囲を囲んだバラの木が、一斉に収束して来る。
私はシダーの
「
私の発声と共に、極寒の冷気が展開され、この空間に突如静寂が訪れる。
私は動きを停めた眼前の凶悪な棘まみれの木を槍で小突くと、割れたガラスの様に、それらは砕け散った。
「……ほぉ、お前ごと氷結させるつもりだったんだがな」
私が醜悪な薔薇の檻を砕き出てくると、シダーは、膝の辺りまで凍結し身動きの取れない状態にあった。
おそらくは自らも起源力を展開し、私の起源術の制御を自らの周囲だけでも乱したのだろう。
理屈が分かってやっているかは分からないし、最終的には、私の起源力の制御技術の方が上だった為、中途半端な結果になった様だが、氷像にならなかっただけマシだろう。
「これが、本物の起源者の実力ッスか。眷属体でこれなら、やっぱり俺等は紛い物なのかもしれねぇッスね……」
「紛い物だと……?」
私はゆっくりと歩きながら、シダーとの距離を詰める。
「アンタならわかってると思ってたんスけどね……。俺達は異能者と比べれば強いのかも知れねぇけど、代わりにいろんなモンを失くしちまってる。
アイザリア姐さんの前じゃ言えねぇが、俺達は眷属体も作れなければ、力の規模もアンタより下だ」
「……」
「所詮、レプリカはホンモンにはなれねぇってことなのかもな」
――シダーの話は、おそらくは力の根源による所が大きい。
私や他の
だが、シダーやアイザリアは、おそらくは元々今の力に近い異能を持っていた筈だ。
それに、戯神が環境改変を行なった後の、力の大半を失ったレイアの起源紋を使い、何らかの形で彼等に干渉させる事で、彼等を異能者という枠組みを越えた力を持たせ、いわば人工の起源者としたのだろう。
「お前達の力の出元については、大凡想像はつく……が、色々なものを失くしている。というのはどういう事だ?」
私の疑問に、シダーは複雑な表情で答える。
「俺達……ロプト博士によって、起源者になった奴等は、力を得た代償なのか皆、情緒に異常をきたしたり、何らかの異常を抱えちまってる。あの完璧主義のロプト博士が、そんな欠陥作るかっていうのも疑問なんスけどね……。
因みに俺は、起源者になる前の記憶を全部失っちまってる。親の顔も忘れたし、本当の名前だってもうわからねぇ」
確かにアイザリアは、異常に短慮な所があるというか……まぁ、ああいう人間も居るには居るだろうが、不安定な人間だとは感じられる。
だが、これに関しては、戯神が起源紋を扱いきれていないと見ても良いのかもしれない。
豊穣の力は……当時のレイアの力は、明らかに人知を超えていた。
アーレスの環境改変も、単一の存在が可能とするレベルの事象では無いし、何より我々四大を生み出し、力の割譲を行なった後ですら、それを可能としたのだ。
そして戯神が同じ事をできるかと言われれば、それは無理だと断言できる。
如何に戯神が優れた存在だとしても、人の理に在る内で豊穣の力を完璧に制御し、新たな起源者を生み出す事はできず、結果として中途半端な眷属体擬きが出来上がったと見るべきだろう。
それ故に、豊穣の力を完璧に扱う為にリノンを求めているという事か。
――そして、私の思考はある種の、最悪の発想に至る。
「お前達……まさかとは思うが、寿命が設定されているか、戯神に生命を握られていたりはしないだろうな?」
「寿命……? いや、なんも聞いてないっスけどね」
伝えていないだけなのか? ――いや、伝える必要など無いのか。
戯神は、レイディウムに勝つ為に、完全な豊穣の起源紋を欲している。
それだというのに、弱った豊穣の起源紋から更に力を分け与えるというのは、戯神の行動目標から反している。
――戯神はおそらく、弱った豊穣の力を回復させる為に彼等を作り出している。
元々の異能の力に、豊穣の力の一部を与えられ、起源者というレベルに達した彼らの力は、戦いながら成長した後に刈り取られ、最終的にその力は起源神、アウローラに取り込まれるのだろう。
仮に私達のような眷属体であれば、本体を失う事はないが、彼らの場合はその存在の消滅を意味する。
それならば、戯神の目的との辻褄が合う。
――ならば、戯神に奪われる前に、私が彼等の力を奪う他ない。
「少し、事情が読めてきたな」
「え?」
疑問の声を向けるシダーに、私は冷酷な眼差しを向ける。
「……貴様等を憐れとは思わない。それに、その力は望んで欲した力なのだろう。
貴様も戦士なら、起源者だというのなら、悔い無く戦って散れ」
私は、シダーの足元の氷を霧散させる。
「構えろ。……せめて、武人として屠ってやる」
「……っ」
「なんだ? まさかとは思うが、私がお前等を憐れんで、殺されてやるとでも思っていたのか?」
力を得た代償で生まれた悲壮感など、私の知ったことではない。自分の無力さなど、私だって死ぬ程に思い知っている。
――問答は、もう不要だ。
「お前を、殺してやる」
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