第四十八話 皇都血戦 24 Side Aria


「いやぁ〜、こっちもそれなりに色々あってね」


 リノンは何でもないように語りながら、私に絡み付いた蔦を一瞬で切り払うと、私と背を合わせると、顔面を床に強打し未だ起き上がらぬシダーに向けて太刀を構えた。


 リノンのコートやレギンスに付いた裂傷――と言っても、身体の傷自体は治っている様だが、衣類に付いた斬痕は細く鋭い。

 相当に鋭利な刃物を持った相手か、もしくはあの鋼糸使いとでも戦っていたのだろう。


「でも、アリアがそこまでピンチになるなんて、彼等は相当な使い手のようだね?」


「彼等は、戯神によって造られた『起源者』だそうです」


「起源者……」


 私の言葉を反芻し、背中越しのリノンが警戒を強めるのが分かる。


「その子、だぁれ?」


 リノンに蹴り飛ばされ、アイザリアは敵意を剥き出しにし、殺気が高まっていた。


「リノン・フォルネージュ。フリーの傭兵だよ」


「私の相棒だ」


 リノンが名乗り、私は相棒と紹介する。

 アイザリアが「?」と、疑問の表情をしているが、それは、私が紅の黎明に所属しているのに、リノンはフリーランス。

 それで尚、私の相棒という、矛盾した関係によるものだろう。


「よく分かんないけど、ここまで地面を掘ってきたその力、もしかして貴方もオリジ……」


「彼女は、人間だよ」


 私はアイザリアの言葉を遮り、強い語気で否定する。


「でも、普通の異能者にあんな規模の力の行使なんて……」


 天井に開いた巨大な地上まで続く穴を、指差しながら尚、受け入れないアイザリアに、


「彼女は人間だ」


 槍を突きつけながら、私は再度否定する。


 リノンは――母さんレイアとは違う。

 ならば、起源者等という人の理から外れたものでは無く、人間であるべきなんだ。人知を超えた力に懊悩する事なんて必要無い。

 そうあってほしいという私の願いが、リノンを人間だ。と、私の口から意志を伴って溢れ出た。

 

「……ふぅん。なら、私はそっちの子とやろうかしら。

 ちょっと、シダー。あんた生きてる?」


 シダーは、いまだ地面に突っ伏したまま、動きを止めていた。

 死んだ訳ではないようだが……ふむ、何やら小細工をしているようだな。


「うぃーっす」


 やがて、むくりと起き上がったシダーは、何事もなかったかの様に、首をこきこきと鳴らしている。


 ――狸め。


「リノン、この地下の何処かに戯神がいます。今は話している時間も惜しいですから……」


「分かってる。とっとと片付けよう」


 今度はリノンがアイザリアに、私がシダーに相対し、リノンが勝ち気なことを言えば、アイザリアの表情が一気に歪んだ。


「とっとと片付けるだと? 嘗めるな!! 私は、起源者だぞ!? ションベン臭いガキが生意気なんだよ!!」


 アイザリアがリノンに激昂し、低い体勢から一気に駆け、その間合いを詰める。


「なんだか、不安定な人だね」


 リノンは冷静に太刀を霞に構え、後の先を狙う意図のようだ。


「そういう訳だから、こちらも始めようか」


「……」


 シダーは気怠げに、錬成した木の棒を手に下げている。


生命の樹セフィロート


 シダーは、カツンと棒を床に叩きつけると、私とリノンを隔てる様に、樹の壁がこの空間のあちらこちらから、一気に天井までせり上がる。


「……寝たふりをして、仕込んでいたのはこれか?」


「やっぱ、気付いてたんすか。あの子、少しはできるようだけど、流石にアイザリア姐さんにサシでは勝てないでしょ。

 あの子も、ロプト博士の捕獲対象に入っているから、姐さんも殺しはしないと思うッスけどね」


 なるほど、私とリノンを分断し、私より弱いリノンをアイザリアと戦わせる。

 その後、また二人がかりで私を斃すといったところか。


「クク……」


「な……? なんすか」


 私は思わず、笑ってしまった。


「お前……まさかとは思うが、リノンを弱いと思っているのか?」


 シダーは私の意が汲めないのか、首を傾げている。


「そりゃ、起源者とその他の存在じゃ、比べるべくもない無いでしょ……アリアンロード先輩こそ、何言ってんすか」


「まぁ、リノンは『起源者』とは言えないだろうが……一対一なら、私よりも強いぞ」


 私の言葉を聞いたシダーの顔は、何言ってんだこいつ? と書いてあるような表情だ。


「お前の目的は、アイザリアが戻るまでの遅延戦闘のつもりだったんだろうが……仮に、それに私が乗ってやったとしても、先にお前のあの木の壁を切り裂いて来るのは、確実にリノンだ」


 ――アイザリアの身体能力は、確かに、紅の黎明の部隊長クラスに匹敵すると言ってもいいレベルだ。

 『毒の起源』の力も、相当に危険な力だろう。

 だが、この広い四方を強固な壁に囲まれた地下空間で、起源者といえるレベルの大規模な力の行使をしたのは、私とシダーだけだ。

 単純に、シダーを毒に巻き込みたくないと言うのもあるのだろうが、あの使い方ではただの異能者とそう差のあるものでは無い。


 毒という特性も、こういった状況では使いにくいのもあるかもしれないが、もしかすると、起源者になってそう日が経っていないのかもしれない。

 そうであれば、単純に練度不足というのもあるだろう。

 起源の力よりも、むしろ先程の二人のコンビネーションは、相当なものだった。

 私がリノンを信頼している様に、シダーもまた、アイザリアを信頼しているのかも知れないな。


「それに……地上から、地下にいる私を補足し大穴をあけて、自らが下りてくるなんて発想の奴が、普通な訳無いだろう」


 私は腰を落とし、右手に槍を持ち、穂先を少し下げて構える。


「さて、早くしないと、リノンが来てしまうからな……こちらも始めようか」




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