第四十三話 皇都血戦 19 アリアの追憶 3

 

 グラマトンの消滅を知ったレイアと私達四大起源は、軌道エレベーターから地上に下り、何故グラマトンを破壊したのかを、レイディウムに詰問した。


「レイディウム。……何故、グラマトンを破壊したのですか? あれは、真っ当に正しい存在とは言い難いですが、それでも、このムーレリアにとっては必要なものだったはずです」


 レイアの言う様に、起源者という超常の存在を生み出した、グラマトンという機械仕掛けの神そんざいは、誕生して以来ムーレリアの発展に大きく貢献してきた存在だ。

 理由も無く、破壊するべきものではない。


「レイアさん、俺には分かるんですよ。グラマトンアレは、邪悪なモノだ。

 例えば、人間ならば欲望を満たす事が最大の行動理由だけど、グラマトンの中には確かな悪意があった。あれはやがて国を滅ぼす。

 それにあんなモノ無くても、俺はもう、グラマトンに匹敵する叡智を得ているのだから」


 レイディウムの返答は、意をなんとなく読み取る事はできるものの、はっきりと要領を得ないものだった。


「……それでは貴方が今後、グラマトンの替わりを務めるというのですか?」


 風の起源者、イドラスフィアが丁寧な物腰でレイディウムに問う。


「いいや……。俺はこのムーレリアを、世界を解放する」


「抽象的で答えになっていませんね。何を言っているのですか? 貴方は」


 イドラの言葉は棘があり、苛立ちを隠していない。


「俺は、ローズル様……いや、戯神ローズルを討ち、ムーレリアを統治した後、世界を、テラリスを統一する」


「……」

 

 レイディウムのその言葉に、我々は動揺する事は無かった。


 おそらくは、そういった事を考えていると、各々想像はしていたのかもしれない。

 だが、すぐに言葉を紡ぐことはできず、皆沈黙していた。


「俺は、ローズルを滅する為に、グラマトンによって造られた存在だという事を知った。

 ……グラマトンの思惑に乗る訳ではないが、それが存在理由として生を受けたのであれば、やはり、それを遂行しなければ俺もレイアさんも、君達も真の意味で自由にはなれない。

 それにローズルも、自らの欲求にのみ従う危険な人間だ。……その様な者に世界を導かせるわけには行かない」


 自らの自由だけを求め、ムーレリアの平和を放棄し、世界を混迷に導くつもりだろうか。この男は。


「レイディウムは、ムーレリアがどうなっちゃってもいいの?」


 レイディウムの意志に、火の起源者であるファルティーナが困った様に眉尻を下げて問う。

 確かに、長年ムーレリアを統治していた存在であるグラマトンに続いて、ローズルを失えば、このムーレリア大陸は混沌を極めるだろう。

 それ程にグラマトンと戯神は、象徴的存在であった。


「ファル。俺は、ムーレリアを滅ぼしたいわけでは無いよ。ムーレリアの民衆は俺が率いるし、今後は積極的に大陸の外を統治していく……やがてテラリス全土を統治し、この星に恒久の平和をもたらすつもりだ」


「随分と、自分勝手な言葉を並べるものだな。それは、お前の理屈だろう。ムーレリアの民衆はそれを望んでいるのか? お前の幸福が、必ずしも他者の幸福では無いのだ。

 それに他国を統治とは言い得て妙だが、要は侵略だろう。私達、起源者の力は侵略行為に使うには強すぎるものだ。過度な力は恐怖を生むぞ」


 私は、レイディウムの言葉に苛立ちを隠さずに、真っ向から否定した。

 私はこの男が、元より好きでは無いのもあったが、何よりも自らの創造主を破壊した。という事に激しい嫌悪を覚えた。

 私で言うところの、母さんレイアを私が殺す。という思考に至るなどあり得ない事だ。

 グラマトンがどうかは知らないが、レイアは上位存在としても、母としても素晴らしい人格の持ち主だからだ。


「アリアンロード、君の言いたいことが分からないわけでもないし、俺の独善的行為と思うかもしれないが、これは将来への布石だ。恒久平和を目指すには、無血と言う訳にはいかないんだ」


「レイディウムさん、僕達も力を貸せば、きっとローズル様と手を取り合う事も、できるんじゃないかな?」


 大地の起源者、ラディウスがレイディウムに意見を唱える。


 しかし、レイディウムの意志が揺らぐことは無かった。


「さっきも言ったが、これは俺が自由になる為の戦いでもある。

 それに、手を取り合うとしても、戯神はどこまで行っても利己的な人間だ。彼にとっては利用できるかできないかしか、他への関心はない。……それは君たちも分かるだろう」


 確かに、ローズルは現在に至るまで、国の舵取りの殆どをグラマトンとレイディウムに任せ、自らの研究に没頭している。

 グラマトンが破壊された事を知っているかすら、怪しいところだ。


「それに戯神ローズルの力など、俺はとうに超えている。ならば、より優れた者が国を、世界を牽引するのは道理であり、力に対した責任だとは思わないか?」


 ――この時、私はレイディウムという男が、既に壊れているのではないかと思った。

 確かに、起源者に力はある。……だが、力があるだけだ。それが他者を、そしてその意思を蔑ろにしていいという理由にはならない。

 寧ろ、優れた力を持つからこそ、持たないものを尊重すべきなのだ。


 だが戯神ローズルも、機械仕掛けの神グラマトンも、自らを神と僭称する程には、力に、知恵に溺れている。そして、このレイディウムもきっとそうなのだろう。


「……貴方の言いたい事は、分かりました。私が制止しても、貴方は止まるつもりは無いのでしょう?」


 レイアは、レイディウムの目を射貫くように見据える。


「いかにレイアさんとはいえ……それに、俺はもう決めた事なので」


 レイディウムもまた、一歩も引かずに視線を受け止めた。


「貴方の選んだ道は、多くの民を犠牲にしかねない。貴方は、私達が止める」


「……そう、ですか。でも、例えレイアさんが敵に回っても、俺は止まらない。もう、止まることは出来ない」 


 その後、腑に落ちぬ所は未だ多いが、我々はレイディウムとの対話を止め、その場を離れ、衛生軌道上に戻った。


「母さん、あれで良いのですか? あの男は、ムーレリアどころか世界を、いやテラリスを破滅に導く者かもしれません」


 私は本音から言えば、レイディウムでは無く、母さんが世界を導くべきだと思っている。

 レイディウムは、平和を目指すと言っていたのは確かだが、それ以上に戯神ローズルを滅ぼして自由になりたいと言っていた。

 それが、酷く人間的感情というか、欲望的というか、汚れた感情の様に私には見えた。

 そんな精神の持ち主が、世界を平和にできるとは到底思えない。


「我々、起源者は本来、人間……いえ、世界の歩みに干渉するべきでは無いと、私は思います。

 ただ人々を護るだけの役割の方が、本当は相応しいと。ですが、ムーレリア人から見た我々や戯神ローズルの様に、力のある者というのは、様々な目で見られるものです。

 頼もしいと思うものもいれば、恐怖を感じるものも居る……それは、ムーレリア以外の国家や民が思う事と同じなのです。……異能力や起源者等、本当は存在しなければよかった。

 それに、レイディウムの目指す平和というものには、困難な壁が幾つもある。……国家間情勢、人種、貧富……そしてその中の障害の一つが戯神ローズルだというのは間違ってはいません」


「でも、ローズル様って、世界征服とか考えてるかなぁ? そんなに野心家じゃないよねぇ? ある意味、レイディウムより何考えてるか、分からない感じ?」

 

 母さんの言葉に、ファルティーナが疑念を感じていた。


「ローズルは、レイディウムの言うとおり徹頭徹尾、自分の事しか考えて居ませんよ。たしかにローズルの知恵によって趨勢を極めたムーレリアですが、それは彼が発展させようとした訳ではなく、彼の研究を発展利用する者が居たというだけです。そして、それは今も変わってはいません。彼は自らの欲求を叶え続ける為だけに生きているのです」


「ある意味、酷い言い様だね……」


 シャルティアは苦笑いを浮かべる。


「仮に、ローズルが星を破壊したいと思い、その研究を始めたら、やがてテラリスはローズルに破壊されるでしょう。……極端な話ですが、それ程に危うい存在であるというのも事実です」


「では、母さんもローズル様を討つべきだと?」


 イドラスフィアが、真意をはかるように問う。


「いえ……。すぐに答えが出る問いでは無いですが……。私は起源者として、ムーレリアだけでなく、世界の守護者として存在しているつもりです。いわば、テラリスの存続が我々の命題だと。

 ですがもはや、我々が極力人々に干渉するべきでは無いと思っています」


「僕も賛成ですね。兵器扱いされるのはごめんだけど、起源者の力は人々と関わるべきでは無いと思う」


 ラディウスも母さんの意見と同じ考えのようだ。

 それに関しては、ここに居る全員が同じ気持ちで居るだろう。


 しかし、異能力者等というものがいる限り、テラリスが平和になる事は無いだろう。

 仮に世界に異能力者が紛れたとしても、ムーレリアのこれまでの歴史から考えれば、恐怖の対象として迫害されかねない。

 レイディウムの世界統一にしても、異能力者が存在する限り、人としての序列はどうしても生まれるだろう。

 そうなれば、力の無い者はきっと辛い思いをする事になる。


 どうしたらいい……? どうしたら、世界に安寧が訪れる……?


「……貴方達に、頼みがあります」


 母さんが突然、視線を鋭いものに変えた。


「貴方達の力を用い、ムーレリアの地とレイディウムを封印してください。

 地水火風の力を互いに干渉させ、結界を張るのです。更に貴方達に、私の豊穣の力で封印を施します。そうすれば、レイディウムによる貴方達への封印の解除も不可能です」


「一体何を……?」


「私は戯神ローズルと、ムーレリアの民を引き連れ、アーレスに向かいます」


「アーレスに!?」


 アーレスとは、このテラリスから遠く離れた惑星。

 大凡、人の住める環境ではなかった筈だ。


「私の豊穣の力の大半を使えば、アーレスをテラリスとほぼ同じ環境にすることができます。

 ムーレリア人と、テラリスに住まう人間とを別の星で住み分けさせ、レイディウムをムーレリアの地に封じておけば、テラリスは本来あるべき姿へ戻っていくでしょう。

 貴方達も、力はほぼ残らないでしょうが、眷属体を創造し、そこに意識を移せば活動も可能な筈です」


 ムーレリアの文明自体を、テラリスから分断するという事か……確かにそれならば、今後、大きな争いは起こらないだろう。


「母さんは、それでいいんですか?」


「私は、ムーレリアの守護者として生まれました。レイディウムの様な事を言う訳ではありませんが、ムーレリア人を護るという役目を負うなら、私が適任でしょう」


 母さんはその時、ただ笑っていた。


 ――その後、我々は母さんの意見を了承し、ムーレリア大陸全土を覆う封印結界を構成する事を決めた。


 母さんの動きに勘づき、ムーレリアの民を集めた首都が、豊穣の力で大地ごと浮かび上がり始めてなお、レイディウムはローズルを殺そうと必死に追い縋るが、ローズルに瀕死の重傷を与えた所で、我々の封印結界が完成し、レイディウムは輝石の中に閉じ込められ封印された。


 やがて、ムーレリアの大地はアーレスへ辿り着くと、母さんはその豊穣の力でアーレスの赤き痩せた大地を、緑豊かな豊穣の地へと変え、ムーレリア人達は戸惑いながらも、アーレスでの生活を始めていった。


 そして幾千年の時が流れ――――。


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