第三十九話 皇都血戦 15 Side Miel



「ヴェンダーさん、アロゲートのお話をする前に、ちょっといいでしょうか?」


「え――?」


「一応、彼の耳もありますし、情報共有等もしないといけませんから、私とヴィランさんたちは一度部屋から出ますので、機甲師団攻略のミーティングはお二人でなさって下さい。

 総括だけ、後程聞かせていただければ、本隊への引き継ぎはこちらでしますので」


「了解しました」


 私はヴェンダーに笑いかけながらそう言うと、ヴェンダーは、表情を引き締め了承の意を示した。


「では、ヴィランさんおやすみなさい」


「――ぁ」


 ヴィランの頭に触れ、直接『悪夢』をヴィランの精神に干渉させる。

 気絶した様にオチたヴィランは、キールの隣で深い眠りあくむに落ちていった。


「よぉーいしょ」


 二人を担ぎ上げるのに、気合いの叫びをあげると、ガレオンの視線と感情に気付いた。


「分かってますよ、ガレオンさん。……殺しませんから」


「……頼むぜ」


 一応、私からは笑顔を向け話すが、ガレオンの表情は真剣そのものだ。

 

 二人を担ぎ、私は他の部屋に向かう。


 大切なものなら、危険から遠ざけておくべきだと私は思う。

 戦場は、危険で怖い所だ。いつ大切なものを喪っても不思議ではない。

 そんな所に身を置く自分がそんな事を思うのも、自虐的な事だけれど。


 そうでなければ、大切なものなんて最初から作らなければ良いのだ。

 そうできれば……いや、そうしたかった時期が私にはあった。


 この他人の心を理解してしまうという能力びょうきは生まれた時から、私のそばにあったものだ。


 笑顔で会話しながら、内心でお互いを見下している者達、偽りの愛を嘯く者、誰かを利用する者……そんな者達が世の中には溢れている。


 他人の心の内など知らない方が、わからない方が絶対に良い。

 他人の通信端末に、幸せなど入っていないのと一緒だ。

 この分かるという苦しみは、分かる者にしか分からないだろう。


 だが私は、自分に向けられる信頼や親愛を絶対に裏切れない。

 あの人達の私への感情は、本当の物だ。

 だから、紅の黎明の皆さんと共にあり、戦場ココにいる。


 私は、この邸宅の書斎に二人をおろし、端末で顧問に連絡をいれる……が、何度呼び出しても繋がらない。

 呼び出しに、顧問が応答しないのではなく、呼び出しにならないのだ。


 ――おかしいな? 故障だろうか?


 仕方がないので、顧問には再度連絡する事にして、今度は団長に通信をいれる。


「ミエル、どうした?」


「お疲れ様です。団長。少し状況が変わっているのでご連絡いたしました」


 団長にはすぐに繋がった。故障しているのは私のではなく、顧問の端末のようだ。


 ――私は掻い摘んで『幻狼』を戦闘不能にした事、他の傭兵団とその配置、そしてジルバキア傭兵団の事を伝えると、団長の声は少しだけ曇った。


「ふむ。シオンとジュリアスか……シオンの事だ。いつかは戦う事になるとは思っていたが、このタイミングとはな」


 何故か、団長の声は少しだけ愉快げでもあった。


「ジュリアスはどうかは知らんが、シオンに関しては、脅威度評価はアテにするな。

 アレがこうして表に出て来たと言う事は、私に勝てる位には、実力をつけたという事に他ならない」


「え……? 団長に勝つ気、ですか……?」


 団長は灰氷大戦で片腕を失っても尚、抜きん出て並ぶ者が居ない世界最強の傭兵『灰燼』サフィリア・フォルネージュその人だ。

 隣で団長の戦いを見てきた私には分かるが、あの人にはとても『人の身では勝てない』と分かるような、人間の理の外に出たような存在だ。


 そんな人に勝つつもりで挑むなんて、とても正気の沙汰では無い。


「シオンは、紅の翼の頃から私やスティルナと戦いたがっていた。アレは最強の名が欲しいのではなく、強者との戦いを求めている。

 ……狙いはおそらく、私だろう」


「戦闘を行う事になるとしても、皇城と離れているのが幸いでしょうか。シオン、ジュリアス、そしてグレナディア・ブラドーが一カ所に固まる事があれば流石に面倒ですし」


「それは、そうだな。だが……作戦に変更は無い。私は直接皇城を落とす。

 あの『鉄血』を、すぐに片付けられるとは思わないが、なるべく早くそちらに当たろう」


 それは、団長一人で鉄血のグレンと血旋騎シオンと戦うと言う事だろうか?

 それでは私にとって、あまりにも紅の黎明の一員として不甲斐なさ過ぎる。


「他の部隊長は、どういった動きを?」


「第二、第四部隊は交通機関の封鎖にあたる。お互いに二手に別れ、東西南北の主要道路の封鎖を行い、付近の傭兵団の殲滅を行う。

 第一部隊、第三部隊は軍施設の制圧にまわる」


「成程……。こちらに一人、部隊長を回せませんか? そうすれば、こちらでジルバキア傭兵団に対応します」


 私の提案に、団長の声から感じられるのは、迷いと不安だ。


「……シオンは強い。ミエル、お前でも難しい相手だぞ」


「あら、私を心配してくれるなんて、いつぶりでしょうか? でも、大丈夫です。団長も知らない奥の手もありますから」


「………………分かった。では、ヨハンをそちらに向かわせる。

 そのジルバキア傭兵団と交戦する際は、必ずヨハンと合流してからにしろ。でなければ許さん」


 うげ、ヨハンさんか。これは半分お目付け役だろうな。


「了解です……。あと、顧問とリノちゃんにも、通信を入れたのですが、端末に繋がらなくて、連絡が取れない状況です。……無事だといいのですが」


「……リノンとアリアが? ……まさか」


「団長?」


「あぁ、いや、気にしないでくれ。……少し気に掛かる事があってな」


 今の感情は……焦り、だろうか? 電話越しだと、流石に伝わるものは少ない。


「そちらも、本隊が発見次第、情報共有を図ろう。

 ……それとミエル」


「はい?」


「生きろよ」


 死ぬなではなく、生きろ。それは、期待の言葉だ。

 勝て。でもなく、負けそうになったら撤退しろ。でもなく、生きろ。

 団長は常にそれを私達に求めてくる。だから、私達は勝ち続けてきた。

 それに返す言葉は、いつも同じだ。


「必ず」


「良い返事だ。……じゃあ、また後でな」


 団長はそう言うと、通信を終えた。


 ――やはり、紅の黎明は私の居場所だ。唯一の大切なもの。それは誰にも奪わせない。


「シオン・オルランドだろうが、ジュリアス・シーザリオだろうが、私の大切なもの達に危害を加えるなら、なんだろうと……必ず殺す」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る